隔離街ファリーゼ

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隔離街ファリーゼ

 バルセロナに着くと、駐車場へ向かった。  相変わらずレックスは周囲を(うかが)いながら歩いている。 「疲れたろう。  もう少しの辛抱だ」  黒塗りのコンパクトカー。  オーストリアから乗った車と似ていた。  助手席に乗ったガラクは、ドアを閉めると(せき)を切ったように喋り始めた。 「私の両親に何が起こったのですか」  疑問の核心だった。  行先などどこでもいい。  両親は無事なのか。  いつ会えるのか。  笑顔が脳裏を何度もよぎっていた。 「詳しいことは話せない ───」  重苦しい沈黙が呼吸を苦しくした。  ずっと考え続けたせいか、思考が整理されていた。  ガラクは冷静だった。 「父も母も、聡明(そうめい)です。  きっと訳があってこのようなことに」  レックスはちらりと助手席に目をやった。 「ラルフは君のことを、聡明な娘だと自慢していたよ。  信じているのだね。  家族とは、いいものだ」  景色が、真っ暗になった。  深夜に近い。  街灯もないところでは、どこを走っているのか見当がつかなかった。 「レックスさんは1人ですか」  表情から孤独を読み取っていた。 「まあ、ラルフとゼツが子どものようなものさ。  血のつながりはないがね。  だからガラク、君は私の孫だよ。  この老体に鞭打って、何があっても守り抜く」  カタルーニャ地方に入った。  小高い丘を中心として小さな小屋が立ち並ぶ。  ある者は都市部から流れ、ある者は雑居街に身を潜める。  「隔離街ファリーゼ」は訳アリな人々が、ひしめき合う街だった。  ベージュの岩場の間にレンガ造りなどの簡素な家がある。  仮住まいと言った方がしっくりくる住居である。  その一角に車を止めた。 「君が住んでいた町よりも大きいが、訳アリな人が流れては出ていく街だ。  『隔離街』の名の通り、世間から離れて身を隠すには良い街だ。  ただし、どんな人がいるかわからないし、聞かないのが暗黙の掟だ。  小さいが、自分の家だと思ってくつろいでくれ」  レックスの家は崩れかけのようなレンガ造りだった。  そうとう年季が入っている。  中に入ると、コンロと戸棚、テーブルとイスが並んでいる。  奥に2間あって、シャワーと洗面所がセットになったユニットバスがついている。  ふう、と大きく息をつきレックスは椅子に座った。  オーストリアからフランスを経由してスペインまで、1400kmを一気に往復したのだ。  老体には(こた)えただろう。 「歳は取りたくないなあ。  すぐにもう一度行って来いと言われたら、命がけだな」  少し休んでからレックスが床を触った。  床板を外し、中から何かを取りだしている。 「ガラク。  これは大事なものだ。  君に渡すために用意しておいた。  いつも身につけておくように。  風呂に入るときには脱衣場の、自分に近い場所へ目立たないように置くんだ」  小型のホルスターと拳銃だった。 「これは ───」 「『ベレッタPX4・ストーム・サブコンパクト』だ。  護身用に持っていなさい」  ガラクはためらった。 「私、銃なんて ───」 「初めて持つかな。  大きな街に出るときにも、持っていた方がいい。  君も20歳になったのだから、自分の身を守る術も知るべきだよ。  明日からさっそくエアーガンで訓練しよう」
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