11月1日

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11月1日

 岡山県岡山市備中高松、ホノカ10歳。 「誕生日おめでとう」  電話で加茂神社の鳥居の前に呼ばれたかと思ったら、いきなりお祝いの言葉をもらった。 「ありがとう、ヨシノリ君」 「どういたしまして」 「──で、呼び出したからには何かプレゼントでもくれるのよね?」 「それなんだけど。たかが10歳程度の僕ではホノカが満足するようなプレゼントを渡すことができないんだよ」 「ヨシノリ君の家はお金持ちだけどお小遣いが少ない事は重々承知してるから無理はしなくてもいいのよ」 「そお言ってもらえると嬉しく思うよ。──でも僕も男だ、ホノカに対して最大限の誠意を示さなければならないと思っているんだよ」 ”最大限の誠意ってキスでもしてくれるのかな? ・・・もしかして大人のキスでもしてくれるのかな。何だかドキドキする” 「ホノカ!!」 「な、なに?」 「中長期的な話で申し訳ないのだが・・・」  中長期的な話し? 「僕は今日と言うこの日から、5年に1度、君の誕生日には必ず文字を一文字送ることにするよ」 「文字?」 「そうだ! 20年かけて君に文字を贈る壮大な計画なんだ」  何だか気の長い計画のようだ。 「文字をもらって何が起こるの?」 「それは文字が出揃って言葉が完成した時のお楽しみだよ。完成の暁には僕が君の元に行きその言葉を君に直接告げる事にするよ」 「何だか面白いわね」 「だろ」 「それじゃ早速今日くれるのよね」 「そうだね、──では最初の文字は『る』だ」  ヨシノリ君が右手を差し出し、ゆっくり手の平を開くと『る』と書かれたクチャクチャな紙切れが出てきた。  ────  ホノカ15歳の誕生日、現在中学三年生。  私は母の仕事の都合で兵庫県西宮市に移り住んでいた。 「ホノカ、封筒よ」 「お母さん、勝手に部屋に入らないでよ」 「いつまでも汚い部屋ね。そろそろ片付けなさい」 「そんなの私の勝手でしょ! で、誰から?」 「ヨシノリ君からよ」 「ダレ?」 「ほら、あなたが岡山にいた頃に付き合ってた」 「・・・あ〜 彼とは付き合ってないわよ。ただの友達なんだけど」 「全く、マセガキなんだから」 「だから付き合って無いって。もう出て行ってよ!」 「はいはい」 「ヨシノリ君か〜 懐かしいわね。・・・今時封筒なんて。──どれどれ」 ”ホノカ、誕生日おめでとう。君に文字を送るよ。今回は『て』だ”  封筒から『る』と『て』の紙切れがヒラヒラとこぼれた。 「あ! この紙切れ見覚えがあるわね」  確か最初が『る』で今回が『て』だから、『るて』?  「そういえば20年かけて文字を贈って言葉を完成させるとか言ってたけど、なかなか言葉の全容が見えてこないわね」  ────    ホノカ20歳の誕生日、私立奈良国際貿易大学在学中、現在3年生。 「あ、お母さん!」 「あなたが全然帰って来ないから心配で電話かけたのよ」 「心配って子供じゃないんだから」 「帰って来ないと言う事は彼氏でもできたの?」 「そりゃ私だってそこそこ大人なんだから彼氏くらいいるわよ」 「そんな事言ってていいの、ヨシノリ君が悲しむわよ」 「・・・」 「この前岡山の友達から聞いたんだけどヨシノリ君医大生になったらしいわよ」 「へ~」 「へ~じゃないわよ。あ、そうそう、荷物送ったんだけど届いているでしょ」 「うん、まだ開けてないけど」 「その中にヨシノリ君から来てた封筒が入っているわよ」 「え! 封筒?」 「あなたたちはいつまでも古風な事やってるわね、今時文通?」 「そんなんじゃ無いわよ! ──あ、あった」 「ちゃんと返事書くのよ。それじゃね」 「うん」 「あ、そうそう、誕生日おめでとう」 「そんなついでみたいに言われても嬉しくないんだけど」 「ヘソ出して寝ると風邪ひくから注意するのよ」 「わかったわかった、それじゃ~ね」  封筒の封を切ると『る』と『て』と『し』の紙切れが落ちてきた。 ”ホノカ、誕生日おめでとう。今回君に贈る文字は『し』だ。それじゃ5年後に次の文字を送るよ”  もらった順番だと『るてし』だけど『してる』が語呂が良いので多分そうなのだと思う。  ここまでくればなんとなく想像はつくのだけど、恐らく次は『い』でその次は『あ』であるはずだ。  ヨシノリ君はあの時言っていた通り文字を送る事をやめないでいてくれている。  もし言葉が完成したとてヨシノリ君は私の元にやって来て言葉を(つづ)ってくれるのだろうか?   いや、ヨシノリ君ならきっと実行するのだろう。  そしてその時が遅くも早くも10年後にはやってくると言うことだ。  今付き合っている彼氏は私の事をとても愛してくれている。卒業後には結婚して欲しいとも言われている。彼の実家の親にも挨拶にうかがってとても良くしてもらった。  私は今の彼氏とこのまま付き合っていてはいけないような気がだんだんしてきた。  ヨシノリ君は律儀にも中長期的な計画を忘れずに遂行している。幼い頃に聞かされたこの計画に賛同してしまった私はヨシノリ君に誠意を示さなければならないのかもしれない。  ・・・・・・ ”と言うか今のヨシノリ君はどんな姿なんだろ?”  ”私の姿を見て嫌いにならないだろうか?” ”何だか急にモヤモヤしてきた”    ────  ホノカ25歳の誕生日、株式会社黒粒 札幌営業所勤務。 「ホノカから電話してくるなんて珍しいわね。なに?」 「・・・今日は私の誕生日だから電話してあげたのよ、悪い!」 「あら、そうだったわね」 「それでお母さん、アレよアレ」 「何よ?」 「ヨシノリ君から封筒来てるでしょ」 「あ~ そお言えば来てわね」 「・・・」 「もう愛想つかされたんじゃないの」 「そ、そう。遅れているだけかもしれないから来たらこっちに転送してちょうだいね」 「ナニナニ? 喧嘩でもしたの?」 「喧嘩なんかしてないわよ!」 「そんなに怒らなくてもいいじゃない。まあ来ないかもしれないけど来たら送ってあげるわね」 「お願いね」  私は20歳の誕生日から半年後に彼氏と別れた。それ以降誰とも付き合っていない。そして慣れない土地で仕事をしているせいかついつい弱気になってしまっている。現状での寄り所はヨシノリ君からの封筒だけだ。それも今年は来ていないと聞くと何だか悲しくなっしまう。 「喧嘩できるものならしたいわよ!」    ────  25歳の誕生日から数日後、岡山県岡山市備中高松  私はいてもたってもいられず飛行機に乗っていた。そして勢いに任せてヨシノリ君の実家にやってきた。  ヨシノリ君のお父さんは開業医でこの街の名士だ。おのずと家も立派で、とてもアポ無しでピンポンできる様子ではない。  だが一念発起してここまで来たのだから押すしかない。 「ままよ!」 「どなたでございましょ」 「ヨシノリ君の小学校の同級生で夜野(やの)ホノカと申します。ヨシノリ君はご在宅でしょうか?」 「少々お待ちください・・・ 門のロックを開錠しますのでそのままお進みください」  執事さんだろうか? 丁寧な物腰の声だ。  私は大きな門をくぐってホテルの入り口のような玄関前に向かった。すると品の良さそうな奥様風の女性が出迎えてくれた。 「もしかしてホノカちゃんなの? 綺麗になったわね」 「はあ」  ヨシノリ君のお母さんのようだ。会ったことはあるのだろうけど記憶にない。 「あなたのお母さんとはコミュニケーションツールで頻繁にやり取りしているのよ」  お母さんのそんな話を聞いたことがない。 「もしかしてヨシノリに会いに来てくれたの?」 「はい、ヨシノリ君はご在宅でしょうか?」 「それがね、ヨシノリは私たちの反対を押し切って国境無き医師団に入っちゃったのよ。だから今は日本にいないと思うわ」 「え!」 「生きてるのか死んでいるのかさえ分からない状態なのよ」 「そうなんですね」  ヨシノリ君の話をするお母さんの表情は暗い。 「少し寄っていかない? 晩御飯でも食べてって」 「いえ、急ぎで帰らないといけませんので」 「あら、そうなの。残念ね」 「それでは帰ります」 「ヨシノリが帰ってきたら電話させるわね」 「いえ、何だかスッキリしたので電話はいいです」 「あらあら」 「ありがとうございました」  ヨシノリ君は私の誕生日の事などもうどうでも良くて自分のやりたいことを見つけようだ。私は何だか呪縛が解けたような気分になった。  ────  ホノカ30歳の誕生日の10日前、兵庫県西宮市、結婚式まで秒読み態勢 「ホノカ、海外から宅配が来てるわよ」 「え、誰から?」 「さぁ?」 「開けてみたら?」 「うん」  差出人の名は書かれていないが差出人の住所は書かれていた。どうやらベラルーシ共和国から送られて来たようだ。  中を見ると緩衝材が沢山入っており真ん中にボイスレコーダーが1つ入っていた。  ボイスレコーダーの電源を入れ再生ボタンを押してみると聞き覚えの無い低い男性の声がボソボソと聞こえ始めた。 「ホノカが僕に会いに来てくれたこと母親から聞いたよ。そして結婚する事も聞いたんだ。もしかしたら僕の声が君の所に届く頃には結婚式の後かもしれないね。なので先に結婚おめでとうと言っておくよ。   色々と伝えたいことはあるけどそれを話し始めると長くなるので一つだけ聞いてもらいたい。君の25歳の誕生日に文字を贈れなかったのはわざとじゃないんだ。君に手紙を書いている最中に医療施設にミサイルが飛んできて僕は吹き飛ばされてしまったんだよ。そして最近まで記憶が戻らなかったんだ。だから文字を贈らなかったのはわざとじゃないんだよ。その事だけはわかって欲しい。──それじゃ最後に。今まで僕の計画に付き合ってくれてありがとう。いつまでもお元気で。────さよなら───愛している。────愛していたんだ!!プチッブブブブブブブブ」 「ホノカ? 泣いてるの」 「もう、こんなの聞かされたら我慢できないよ!」 「ちょっとホノカ、もしかして何処かに行くつもり?」 「ベラルーシ」 「あなた10日後の結婚式はどうするのよ!」 「お母さんが結婚したらいいじゃん。私はヨシノリ君以外いらない!」 「いらないってどうするのよ」 「どうにでもして」 「・・・もう仕方ない娘ね。私が何とかしておくわ。年の差20歳だけど何とかなるでしょ」 「お母さんのオッパイエロいから彼はすぐにメロメロよ」 「もうすでにメロメロかもね」 「もしかしてすでに喰ったの?」 「ホノカ、これは貸しよ。後できっちり清算してもらうからね」 「貸しってすでに喰ってるじゃん!!」 「味見程度よ」 「ヨシノリ君には手を出さないでよ」 「分かってるわよ」 「・・・ねえお母さん」 「なに?」 「ベラルーシってどうやって行くの?」 「知らないわよ。ネットで調べなさい」 END
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