つきささる非日常

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つきささる非日常

抜けるような青空にポーンと白球が弧を描く。 「よしのぶー。そっち行ったよ!」 「オッケー。任せろ!」 レフト方面に伸びた打球は外野手が声を掛け合い、しっかりと守備する。 と、その時。 「うわああっ!」 少年の眼前に金属製の剣のような物が突き刺さった。彼はとっさに避けるが、せっかくとらえた球を落としてしまった。 「おいっ、何だこれは?」 「なんでこんな場所に?」 深々と地面に食い込んだ金属製のブレード。ねじ曲がっているが、素人目にもヘリコプターの回転翼だとわかる。 試合が中断され、球審や両チームの監督たちが安全確認のために子どもたちを下がらせた。 九回裏二死満塁、逆転のチャンスに水を挿された選手たちが憤っている。 「それよりも、ヘリコプターはどうなった? パイロットは?」 大人たちは目を皿のようにして機体を探すが、空には雲一つない。 「すぐ近くに墜ちたかも知れない。探してきます!」 男性教師がグランド隅の自家用車へ走っていく。 南鴨嶋諸島は本土から船で三日半かかる。中心となる南鴨嶋からさらに船で一時間。鳥も通わぬと謡われる沖の鴨嶋でたった一つの中学校。 「東亜安保軍の一番近い基地でもここから何千キロは離れていますよ。航続距離の範囲外だ」 相手チームの監督が首をかしげている。 東亜共和国の政府は問題を最重要視し、駐留極東安保軍に対して事実関係を問いただした。だが、回答は素っ気ない内容だった。 「そのような機体も機種もわが軍には存在しない」 それに満足する東亜国民ではなかった。たちまち議会が炎上した。 基地の司令官は緊急記者会見の場でしどろもどろに釈明した。 「いえ、隠蔽でも否認でもなく、本当にそんなヘリコプターは世界中のどのメーカーにも存在しないんですよ」 東亜政府は独自の専門家チームを編成し落下事故現場に派遣した。持ち帰った部品を国内外の航空機メーカーに提示し、徹底的に調べ上げた結果、司令官の証言が裏付けられた。 「あるはずのないヘリコプター。どこから?」 「自作自演ヵ?」 新聞の一面をさまざまな憶測が賑わした。特に悪質なのはスポーツ紙だ。断定的と見せかけて小さく「か?」と疑問符を添える。 それに急進的なネットユーザーが脊髄反射した。たちまち沖の鴨嶋島民や学校に抗議が殺到する。 「賠償金目当ての自演だろう」 「いくら貧乏だからって嘘で島おこしとか、ないわ」 「元島民として恥ずかしいです」 島の人々は根拠のない噂に傷ついた。 しかし、事故現場からこっそりと残骸を持ち帰った男がいた。 彼は兵器メーカーの開発責任者だったが、派閥争いに敗れ、逃げるようにしてこの島へ来た。 今では漁船向けの金属部品を加工して細々と食いつないでいる。 この島の平均寿命は高い。わりに、人が良く死ぬ。外の人間は『ポックリさんの島』と呼んでいるそうだ。 縁起でもない、と島の人間は憤る。亜熱帯気候。燦燦と降り注ぐ陽光、南風原がマンゴー林を駆け抜ける。豊富な海と山の幸。 どこがポックリなのだ、むしろ命の洗濯ができる。楽園だ。 しかし、暑い。西日が傾いても気温は30度を軽く超えている。 ドライヤーで焙られれば、蠅だって逃げ出す。強烈な日差しはまっすぐな地平線を波うたせている。 かつて、ここが水深百メートル地点だったと誰が信じようか。 ひび割れた地面に二つの人影がゆらめいている。 「もう死ぬ、すぐ死ぬ、今日死ぬ、今死ぬ~!」 一人は汗だくになって喘いでいる。もう一人は涼しい顔で笑っている。 「まだ死なないよ、大げさだなあ」 もう一人の少年は手にした棒状の機械を操作しながら、手ぶらの少年に言った。 「あと十メートル、もう少しだよ」 「いや、無理、無理だから、俺、帰る」 手ぶらの少年がよろめくように立ち上がった。 「大丈夫? ほら、頑張って」 汗まみれの少年は差し出された手を拒み、一人で歩き始めた。 「じゃあ、また明日ね」 「ああ……」 二人の少年は帰路についた。 彼らの足元には小さな白いものが落ちていた。それは風に吹かれてコロコロと転がっていく。 そして、夕日を浴びた瞬間、まばゆい光を放った。 その光が合図であったかのように、遥か沖合に黒い染みが生まれた。 見る間に膨れ上がった黒い影は巨大な船影となり、ゆっくりと近づいてくる。 「あ、あれ何!?」 「津波?」 「クジラ?」 島の人々が一斉に騒ぎ始めた。 だが、彼らは知らない。それが鯨でもなければ、ましてや潜水艦でもないことを。 人類史上最大最強の戦闘艦、戦艦大和であることも。
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