ナポリの暗号

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ナポリの暗号

天城の言葉に、南雲はうなずいた。それ以外に考えられなかった。 3. 1945年7月14日――。 ドイツの総統官邸でヒトラーと国防軍最高司令部総長ヴィルヘルム・カイテル元帥が会談を行った。議題はもちろんナチス党政権発足後初の対外戦争についてだ。 「ソ連に対する宣戦布告はすでに決定事項だ」 ヒトラーは言った。その表情に迷いはなかった。すでに覚悟を決めているようである。 対するカイテルも落ち着いた様子で応じた。 「もちろんです。わが国はただちに欧州戦線へ参戦します」 「よろしい」 ヒトラーは大きくうなずいた。 「ところで、例の物は完成したのか?」 「はい」 「そうか」 ヒトラーは満足そうに笑った。 「ならば、さっそく使ってみようではないか」 「わかりました」 こうして、対ソ戦の準備が始まった。 4. 7月18日午前11時30分(現地時間)――。 地中海に集結したドイツ海軍の主力艦隊が動き始めた。目標はイタリア半島東岸に位置する港町ナポリである。ここに上陸部隊を乗せた輸送船団が待機しているのだ。輸送船は全部で五隻あるが、そのうち二隻は兵員輸送用の小型船であった。残り三隻の内、一隻は補給物資や武器弾薬を運ぶ貨物船である。そして、残る一隻こそ本命であった。その船の名はSボートVII号。いわゆる潜水艦である。 SボートVII号は全長45メートル、全幅16メートル、排水量900トンという大きさを誇る大型潜水艦である。最大潜航深度は約100メートルで、ディーゼル機関を搭載しており、水上航行も可能だ。武装は25ミリ機銃×6門、魚雷発射管×2基を搭載している。その性能は極めて高い水準にあると言えるだろう。しかし、その最大の利点は隠密性の高さにあった。何しろ、外見上は普通の潜水艦と変わらないのだから。しかも、その巨体にもかかわらず最大速度33ノットもの高速で水中を進むことが可能なのだ。さらに、最大航続距離に至っては驚異の80キロメートルに達するという驚異的な能力を持っている。まさに理想的な潜水艦だった。ただし、浮上時の速度は10メートル/秒以下、最高速度でも40~50ノット程度であるため、海上を移動する船舶からは丸見えになってしまうのだが……。だが、それでも問題はないのだ。何故なら、この艦には強力なサーチライトが搭載されているからである。これにより夜間でも容易に敵艦を発見することができるのだ。まさに無敵の存在だった。 5. 同日正午過ぎ――。 ナポリ沖を航行するドイツ艦隊の旗艦に一通の手紙が届いた。宛先はSS大将宛てとなっている。差出人の名前は書かれていないが、封蝋の紋章から判断して間違いないと思われた。手紙には次のような内容が記されていた。 『先日来貴国が企図しております「バルバロッサ作戦」についてご忠告申し上げたいことがあります』 「ふん、今さら何を言うか」 手紙を読み終えたカイテルは吐き捨てるように言った。ドイツ軍が対ソ戦の準備を着々と進めていることは既に周知の事実である。今更警告などされても遅きに失しているとしか言いようがない。 彼は同封されていた地図を開いた。どうやら、それはナポリ周辺の地図のようだ。赤い印がいくつも記されている。これは何だ? そう考えた瞬間、ハッと気づいた。これは敵の配置を示す暗号ではないのか? だとすれば、この印の意味するところは一つしかない! (やはり、敵はシチリア島の攻略を狙っていたのだな) 6. 同年同月20日午後1時15分(現地時間)――。 地中海のとある海域に多数の艦艇が集結していた。ドイツ海軍の誇る大艦隊だ。戦艦だけでも八隻、空母は六隻もいる。彼らは今、ナポリへ向かっている途中だった。目的はもちろん、ソ連軍に対する攻撃を行うためである。しかし、その前にやるべきことがあった。すなわち、日本海軍との戦闘に備えて準備をすることである。既に偵察機によって日本海軍の動向については確認されている。現在、日本海軍はソロモン方面で大規模な作戦を展開しているようだ。おそらく、近々行われるであろう日本軍の一大反攻作戦に備えているのだろう。日本軍としては何としても阻止したいところだろうが、果たして間に合うだろうか……? その時、一人の参謀が駆け寄ってきた。何やら慌てているようだ。カイテルは嫌な予感を覚えた。やがて、彼の予感は的中した。 「大変です!」 「どうした?」 「我が軍の前方に巨大な船が出現いたしました!」 「なに!?」
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