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始まりの光
はじめに、光があった。
青白い光だ。
小さな小さな光は暗闇の中を
フワフワと漂い、発光しながらまるでそれは
精子のように、ある目的地を目指し進んでゆく。
瞬間ー。
《パァァァァァァアアア!》
突如眩い光に見舞われ、目を僅かに開いた。
「だ、大丈夫ですかッ…⁉︎⁇⁉︎」
眼の前の女が話し慌てて話しかけているのが
見える。
「うう………、。」
何か話そうとしたが、呻き声のようなものが出ただけで、その女に話しかける事が出来なかった。
救急車!救急車!大きな声で誰かが叫んでいる。
身体を動かそうとしても、石のように重たく、言うことを聞いてくれない。
辛うじて動いた右手は、べっトリとした赤色で染まっている。
「………。」
道路の真ん中に、一人の男性が血塗れで横たわっていた。
ぼんやりとした視界と意識の中、遠くの方で甲高いサイレンが響いている。
やがてそれも静かに、それもゆっくりと
聞こえなくなった。
* * *
二度目に目を開いた所は、白い空間だった。
しばらく、虚空を見つめていたが、
「気がついた?…」
女の声がする。
その一言で意識がクリアになり、視線だけを声のした方向へと動かした。
「貴女は、一体………?」
身体は、ピクリとも動く事ができないが、
どうやら、喋る事は出来るらしい。自然と声が漏れていた。
「私?…私は、通りすがりの者よ。…あなたが目の前で車に撥ねられたところを見ていたから…ついてきたの。」
女が答え、
「なるほど…。」
キョロキョロと辺りを見回す。
「ここは、病院よ。…かなり、車のスピードが出ていたものだから、死んでいてもおかしくはなかったわ…。助かって良かったわ…。」
「ありがとうございます」
俺は、女の心配をよそに、無粋に返事を返した。
「それよりも、あなた、名前はなんていう名前かしら?」
「名前…?」
俺は、頭を捻った。思い出そうにも、名前が一ミリも出てこないのだ。
「困ったわ…。あなた、身元確認がまだできていないのよ。それに加えて、名前も思い出せないなんて、、、。」
ー…コン、コン。ドアがノックされ、白衣を着た白髪混じりの医師が部屋へと入ってきた。
「…気がつかれましたか。」
「はい。喋れるようにはなったのですが、どうやら記憶がないようで…。」
困った顔で、代わりに女が返事をする。
医師が俺に話しかける。
「何か、思い出せることはありませんか?なんでもいいんです。家族のことだったり、自分の住んでいる町だったり、」
「家族?自分の住んでいる町?……」
少し考えてみたが、やはり、何もでてこない。
「すみません…。何も思い出せないです。」
女と同じように、医師も少し困った顔をして
「ふむ。…おそらく、事故による逆行性健忘症でしょう。一時的な記憶障害の可能性もありますし、…少し様子を観てみますか。
何か思い出したら知らせてください。」
そういうと、医師は軽く会釈し、部屋を退室した。
「アンタは?」
「何が?」
女が答える。
「いや、アンタは出て行かなくて大丈夫なのかな〜って。」
「ほっとけないわよ。自分の名前も分からない、ワタシは誰?ココは何処?状態の人が目の前にいるんだもの。それにー…」
「それに?」
「今日、会社休んじゃったし。…ま、あなたが出て行ってほしいなら出て行くけど」
「俺は、どっちでもいい。」
冷めた口調でそう言う。
「心配して、付き合ってあげてるのに、ヤな奴」
ツンとした表情で女が答える。
「じゃあ、お言葉に甘えて何か、食べてくるわ」
そう言うと女は部屋を出て行った。
しばらくして、俺は真顔になり
「俺は…一体、誰なんだ…」
そう呟いた。
* * *
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