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ノラ
私の名前は、一ノ瀬アユミ。
仕事は、『週刊アーモンド・ナッツ』を勤め、巷でスクープした記事をまとめたり、発注したりする、いわゆる、編集者を行っている。
今日の、私の私的なスクープと言えばコレ。
『車に撥ねられた、青年。記憶を失う⁉︎』
おかげで、私は会社を休むことになり、今は病院の近くの定食屋さんで、お昼ご飯を食べている。
「全く、とんだ迷惑だわ…。なんだか、愛想ない奴みたいだし。ハズレくじ引いたわ〜…」
そう言いながら、ため息をつく。
豚の生姜焼きに箸を伸ばそうとした、その時。
「『次のニュースです。今日未明、朝方。新潟上空に《蟲》が飛行しているのが確認されました。《蟲》は北東の方角へ飛行して行ったとのこと。目立った被害は確認されていませんが、引き続き注意が必要です。』」
ー《蟲》ー
Unidentified Flying Insect(未確認飛行蟲)
通称、UFIや、ムシなどと呼ばれていて、
翌年、春辺りから上空に姿を表すようになったと言われている。
今のところ、人的被害は出ていないが、ネットでは、いつか大群が現れて人を貪り食うとか、近隣大国の生物兵器で毒ガスを撒き散らすとか噂されていて、話題が尽きる事はない。
深刻な顔をしていると、
「また、ムシが出たのね〜。ヤダわ〜。殺虫剤でも、上空に撒いて、懲らしめてくれないかしら」
と、定食屋のおばちゃんが不愉快そうな感じでそう言った。
「あはは…。」
アユミは、上空から降ってくる大量の蟲の死骸を想像して、少し引きながら苦笑いした。
生姜焼きを食べ終わると、ごちそうさまとおばちゃんに言い放ち、定食屋を後にした。
* * *
病院へ戻ると、男が腕を組みながら眉間にシワを寄せ唸っていた。
「う〜ん…、う〜ん…。」
「何してるの…?」
と、おそるおそる聞くアユミ。
「自分の名前、考えてた。」
「?」
首を傾げるアユミ。
「いや、さっき、看護婦さんが来て名前なんてお呼びしていいか分からないって言われたから、…どうせ、思い出せそうにないから、それならいっそのこと自分で考えて名前決めようって思ってさ」
「あぁ、…なるほど…ね。」
わりと真剣そうに考えている男に対して苦笑する。
「考えるの手伝ってくんない?」
「げっ…。私そういうの考えるの苦手なのよね。見たままを率直に言うくらいしか…」
「じゃあ、見たままを率直に言ってくれ。それ、名前にするから」
そう言われて、アユミは、まるで大好きなスイーツを選ぶときみたいに、じーっと観察する。
目が合い、少し照れる。
「なんだよ?」
怪訝な眼をする男。
「いや、…犬みたいなつぶらな目してるなって…はは…。」
そして、何か思いついたように、男に指を指してこう言った。
「そうだッ!あなたの名前は、【ノラ】よ!
野良犬の【"ノラ"】!」
男は、何か考えて
「まぁ、いいけど、それで」
あっさり承諾した。
こうして、男の名前は【ノラ】と命名された。
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