反省文

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反省文 この度は、教室の窓際にある植木鉢に水をやっていたところ、誤って水が窓の外に出てしまい、たまたま窓の下のベンチで昼食をとられていた水岩先生の頭及び口の中に水が入ってしまったことをお詫びいたします。 ということにしようと思いましたが、良心の呵責を感じ正直に申し上げます。あれは水ではなく唾です。先生の頭および口の中に入ったのはジョウロの水ではなく私の(つば)です。もっと言うと、私のたらした唾に奇跡的なタイミングでカラスが落とした排泄物と重なり混ざり合った、もう何やら解らぬものとなった「なにか」です。ですから口の中がザラザラするとおっしゃっていたのは植木鉢の土ではなく、こればっかりはカラスに聞いてみないとわかりません。つまりこの件は私とカラスの共犯ということになります。しかしカラスに謝罪をさせろというのは無理な話しなので、私がカラスの分も含めて謝罪を致します。大変申し訳ございませんでした。 しかしなぜ私が水岩先生に唾を吐きかけるに至ったのか、その経緯をご説明いたします。まず私と先生は高校の生徒と教師という関係ですが、恋人であり、同棲もしており、もはや事実上の夫婦といっても過言ではありません。この事は二年ものあいだ2人だけの秘密でしたが、どうしても誰かに言いたい気持ちが抑えられず、一番仲の良い芳ちゃんに伝えてしまいました。芳ちゃんはとても驚き、しかしそこで驚愕の事実を教えてくれたのです。水岩先生は空前絶後の女たらしで、各都道府県に女を作っており、私は不本意にも京都の女になってしまったというのです。そしてなんと芳ちゃんは元京都の女でした。確かに先生がやれ残業だ飲み会だと言って月に数回しか家に帰ってこなかったのを少しも怪しんでいなかったといえば嘘になりますが、それでも私に対する愛を信じておりましたので、むしろ家で会えないぶん気持ちは深まっていき、授業中に先生の精悍な顔を見ながら優越感に浸ったりしておりました。しかし先生は軽々と私を裏切っておられたのですね。ですから先生の寝ている間に携帯を隅から隅までチェックする事に何のためらいもありませんでした。すると先生はご丁寧にも女の登録名を「広島 真智子」「北海道 晴美」と県名と名前をセットして登録されていたので、おそらくこれは自分でもワケが分からなくなるから逆に開き直ってこうしているに違いないと思いました。とりあえずその中から「大分 登紀子」という方に電話してみると、かなりお歳の召した声で「はい登紀子です」と返ってきたものですから、恐る恐る確認してみると、やはりその方が大分の女の登紀子さんで、御年八十のお婆ちゃんでした。先生が二十歳の頃からのご関係だそうで、女癖の事もずいぶん前からご存知だそうです。それにもう自分も年だから、他に相手がいるなら好きにやってくれた方がかえって気が楽だし、たまに会いに来てくれるだけで良いという事でした。終始穏やかな登紀子さんと、昨年亡くなった祖母を重ね合わせて少しほっこりした気分で電話を終えました。しかし登紀子さんは良いとしても、私のように何も知らずに先生の事を一途に想ってらっしゃる方が他の県代表の中にもいるのだろうと思うと居ても立っても居られなくなりましたので、とにかく片っ端から県名と名前がセットの番号にかけまくり、確認作業に奔走しました。すると予想に反してというべきか、凛子さん以外の45名は誰も先生の癖をご存じなかったのです。そして当然ですが大半の方が憤りを感じていらっしゃいました。その中でも特に怒りをむき出しにしていたのが大阪の沙耶香さんです。会社経営者である沙耶香さんは、自身が所有するオフィスビルに皆で集まって今後の相談をしませんかと持ち掛けてきました。被害者の会を結成し訴訟を起こすというのです。私はこの時点で大事になってしまったことを後悔していましたが、もう動き始めた船にただしがみついている事しかできませんでした。呼び掛けに応じて集まった47名は年齢や国籍、顔のタイプや体型もバラバラで先生の守備範囲の広さを感じずにはいられませんでした。会議はお互いを牽制しながらの自己紹介から始まり、やれ自分は先生とどこどこに遊びに行った、私はこんなに高いプレゼントをもらった、私だって三日三晩連続で愛し合ったなど、自分がどれだけ先生に愛されていたかという言い争いに発展していきました。そしてしまいには怒号やイスや机が飛び交い、血みどろの大乱闘になりましたが、沙耶香さんが新潟のマイケルを右ストレートでノックアウトした所で一旦みんなが我に返って落ち着きました。するとそれまで静かに隅っこで成り行きを見守っていた沖縄代表の瑞稀さんが立ち上がって言いました。もう誰が一番だとかはどうでも良い、ただ自分が彼にきちんと愛されていたのか、それを確認したい、それが確認できたならすべてを水に流してもいいと、そうおっしゃいました。それなら私に良い考えがあると、割れたメガネを拾い上げながら鹿児島の由依さんがある提案をしてくれたのです。もうお分かりですよね。そうです、先生が何気なく過ごしている日常の中で、ふいに私達の誰かが後ろからソッと近づいて「だあれだ」と言って目を隠すのです。先生はその方の名前を呼んであげます。それだけで結構です。正解できたらその方は静かにその場を去り、もう二度と先生と関わることはありません。これが私たちの出した結論でした。さぞかし驚かれた事と思いますが、これが約一ヶ月にわたって行われた「だあれだ」の真相です。お疲れ様でした。そしておめでとうございます。見事全問正解です。私を除いては。         三年一組 片平 美緒
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