十一、姫君の香り - la Princesse fleurit -

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十一、姫君の香り - la Princesse fleurit -

 こんなことは、常軌を逸している。  ギイは身体の下に組み敷いたシダリーズの顔に視線を捕らわれたまま、自分を呪った。  思えば、最初から危険な予感はあった。柔らかな木漏れ日を想起させるハシバミ色の目と蜂蜜色の髪をしたシダリーズは、ギイの忍耐を破るには十分すぎるほど魅力的だった。  今も、月明かりの射す暗い部屋でもわかるほど、その目の強い輝きがギイの心を捉えて放さない。  彼女への欲望については深く考えないようにしていた。彼女との接触は、自分を軽蔑するように仕向け、ここを早々に立ち去らせるための遊戯だったはずだ。多少の逸脱も、互いの闘争心が引き起こした突発的な事象だった。  それが、別の意味を持ってしまった。昨夜の口づけは、互いの精神が初めて触れ合ったことで起きた、一種の化学現象のようなものだ。  そして今日、シダリーズが他の男と踊り、頬を染めて、自分の与り知らぬ会話をしているのを見て、言い逃れのできない、能動的な衝動が起きた。  この女を連れ去り、永遠に自分のものにしてしまいたいと願ってしまった。  こんな感情を誰かに抱いたのは初めてだ。それなのに、よりによって王族とは、皮肉が効いている。しかも、十年も昔のこととは言え隣国の国王と婚約関係にあった女だ。王妃にさえなれる高貴な女。――決して手に入れられる存在ではない。  今の自分は、謂わば使い走りだ。子供の頃に受けた恩義を返すために、この身体と時間を使い、報酬を得ている身に過ぎない。  そんな男が、あまつさえ娼婦が客としけ込むような部屋で、この国で最も尊い血の女を手籠めにしようとしている。きっと打ち首では済まないだろう。しかし家族のないギイには、特に失うものはない。  シダリーズが手に噛み付くまでは、まだ理性が残っていたかもしれない。しかし、もう逃がせない。力尽くでもこのまま自分のものにしなければ、気が済まない。その代償に命を失うことになったとしても、構わない。闘争など、もうどうでもいい。  シダリーズは暗闇の中で、ギイを見つめていた。  軽蔑ではなく、敵意でもなく、戸惑いと純粋な期待がそこにあった。 「やれるものならやってみろ」  と、挑発されているような気がした。  ギイはシュミーズの胸の紐を引いた。シダリーズの肌が冷たい夜気に触れてぴくりと震え、小さく息を呑む気配が暗闇に溶けた。  繊細な布だ。丁重に扱わなければ破けてしまうだろうに、そんな余裕がない。無様なほどに身体が熱くなり、全身を巡る血に操られてしまったように制御が効かなかった。  獣が狩った獲物を貪るようにシダリーズの下着を剥ぎ、温かい肌に触れると、シダリーズは腰を捩って抵抗するような素振りを見せた。が、耐えることに決めたらしい。拳を握って、胸を隠した。  ギイは胸を隠している手を掴んで頭の上で押さえつけ、その裸体を目に焼き付けるように眺めた。暗闇の中にいるというのに、今まで見た何よりも美しいと思った。  シダリーズが恥ずかしそうに顔を横に向けた時、細い首に筋が浮いた。ギイは身体の内側から湧く獣性に満ちた衝動に抗わず、それに噛み付いた。 「いっ――」  シダリーズが小さく悲鳴を上げた。その後ふっくらした唇から漏れたのは、甘い恍惚だ。手首から二の腕へ、更に肩を通って乳房へと手のひらで辿ると、まだ拘束されている片方の手がピクリと動き、ギイの手を握った。  どんな目をしているか気付いているのだろうか。  指の腹を硬くなった乳房の先端が押し上げ、蕩けた目が理性を失わぬよう必死でもがくように揺れている。  ギイは乳房に吸い付いた。舌の上で転がすと、シダリーズは喉の奥で叫び、身体を捩って、ギイの身体を押し返そうとした。  そんなふうに抵抗されたところで、もうやめてやれる段階などとうに過ぎてしまった。 「んぁっ…!」  先端に齧りつくと、シダリーズが悲鳴をあげて身体を震わせた。  身体に触れ、刺激を与えるたびに深い恍惚へ沈んでゆくシダリーズの声が、ギイの思考を侵す。 「ん、あ。ギイ…」  熱に浮かされたように、シダリーズが名を呼ぶ。拘束していた手を解放すると、シダリーズが縋るように肩に掴まってくる。頼りない指が、小さく震えていた。  もう片方の乳房を手のひらで覆いながら、ギイは思った。――王国の花を散らす行為は、何と罪深いのだろう。  どれだけの男がこの罪を犯したいと願ったのだろうか。昔婚約していた隣国の王や、あの騎士も例外ではないだろう。そう考えるだけで、腹の内がぐらぐらと煮えくり返るようだった。  ギイはシダリーズの柔らかい胸に触れながら愛らしい唇を奪い、食らい尽くすような激しさでその口内を蹂躙した。指で触れている乳房の先端が硬く立ち上がって、肌は熱を増し、喉の奥から快楽に漏れる呻きが聞こえる。  胸から鳩尾へと手を滑らせた。薄く滑らかな皮膚が、速まる鼓動に合わせてどくどくと脈打っている。  ギイの指が臍の下を伝ったとき、シダリーズの脚がびくりと跳ねた。 「ここの感覚を覚えてるか」 「お、覚えていないわ」  嘘が見え透いている。恥ずかしいのか、両手で顔を隠してしまった。  頬が緩んだ。底意地の悪い顔になっている自覚はあるから、見られなくてよかったかもしれない。 「あ…っ」  ギイは薄布の下着をずらして、シダリーズの秘所に触れた。すでに濡れている。 「ふ」  思わず笑みが漏れた。シダリーズが咎めるように大きな目を向けてくるのが、どうしようもなく可愛かった。「あなたのせいよ」とでも言いたそうだ。 「思い出したか?」  ギイが唇を吊り上げて訊くと、シダリーズは唇を結んでふるふると首を振った。恨み言を秘めた唇が、妙に愛らしかった。 「じゃあ、思い出させてやる。リーズ」  指を奥へ滑り込ませ、長い指で入り口の突起に蜜を塗りつけて円を描くように触れると、シダリーズが手の甲で口を塞ぎ、腰を反らせた。甘い叫びが空気に触れ、ギイの耳を震わせ、血を奮わせた。  欲しい。  この女の、骨の髄までをも自分のものにしたい。 「あっ、いたい…」  ギイが柔らかい身体の奥へ指を侵入させたとき、シダリーズが訴えた。よく濡れているが、開くにはまだ足りない。  異変を感じたシダリーズが、膝をにじり寄せて逃れようとした。が、ギイは許さない。 「逃げるな」 「だ、だって、何するの…」  不安そうな声だ。自分の脚の間に身を沈めようとするギイを、怯えるように見つめている。――その目がギイの欲望を深くさせるとも知らずに。 「きゃっ!あ――」  ギイが口付けたのは、シダリーズの熱く熟れた中心だ。蕾が甘い香りの蜜を滴らせて開花を待っている。花の蜜を吸う虫のように、ギイは舌を奥へ伸ばした。シダリーズが悲鳴を上げ、頭を掴んでくる。快楽に耐えているのか、引き剥がそうとしているのかも知れない。が、どちらでもよいことだ。  入り口の上部に小さく立ち上がった突起に吸い付くと、高い声を上げて腰を反らせた。 「あぁッ、も…それ、いや」 「まだだめだ」  ギイは背筋を迫り上がってくる嗜虐的な興奮を声に滲ませた。もう中に入りたくて仕方がない。しかし、それでは苦痛を与えることになる。シダリーズに快楽を刻みつけてこそ、ギイの本願は成就するのだ。  蕾の花びらを一枚ずつ開いていくような丹念さで、ギイはシダリーズの内壁に沿って指を挿し入れた。入り口の実に吸い付きながら奥へ進んでいくと、狭い内部が熱くうねってギイの指を締め付け、秘所から蜜が溢れた。  ギイは甘く叫びながら強くシーツを掴むシダリーズの指に触れ、自分の指をきつく絡めた。  シダリーズが腰をくねらせて快楽を受け入れ、溢れる蜜がギイの指を伝い、舌先に触れる実が硬く熟れ始めた。シダリーズが耐えきれずに漏らす声が更に熱を帯びて、絶頂が近いことを報せている。 「あっ、あぁ――!」  ギイが実を強く吸い、内壁の奥の上部を指でつついたとき、シダリーズが内部を激しく蠢動させて一際高い悲鳴を上げた。名残惜しそうにひくひくと収縮する内部から指を抜くと、あふれ出した蜜が臀部まで滴った。  ギイは指で唇を拭って身体を起こし、シダリーズの脚の間に膝をついて、その肢体を見下ろした。頬が、月光に輝いている。涙だ。  拒絶の涙ではない。頬に触れたギイの手のひらに、シダリーズが肌を擦り寄せてくる。絶頂のために全速力で走った後のような荒い呼吸をして、身体を熱くしている。恥ずかしがっているのか、長い睫毛は伏せられ、視線は他所を向いたままだ。  ギイは説明のしようのない焦燥感に駆られるまま、ベストを脱ぎ、シャツを頭から抜いて床に放り、シダリーズの頬を両手に包んで正面を向かせ、唇を重ねた。どれほど貪っても渇きが絶えない。シダリーズが苦悶するようにギイの腕を掴み、首の後ろに触れた。ざわざわと仄暗い恍惚がギイの背を走る。  唇が離れた後、シダリーズの潤んだ目に自分の顔が映っているのを見て、これまで感じたことのない高揚感を覚えた。 「拒まないのか」  愚問だ。こんなことを訊いたところで自分の答えは決まっている。 「拒んだら逃がしてくれるの?」 「逃がさない」  言うなり、ギイはシダリーズの唇をもう一度塞ぎ、息もつかせないほど舌を絡めて、その間にベルトを外した。柔らかい腿を掴んで脚を開かせた時、シダリーズの腰がびくりと震えた。 「あっ」  シダリーズの唇から声が漏れたのは、ギイの身体の熱くなった部分がシダリーズの中心に触れたからだ。 「痛かったら、噛んでいい」 「え?ひゃっ、あ――!」  ギイは中に押し入った。この瞬間だけは、罪を忘れた。ただ、全身を焦がす快感と、愛おしい女を手に入れた陶酔だけがあった。  シダリーズが身体を震わせて、爪が皮膚に食い込むほど腕にしがみついてきた。中は、きつくて狭い。まだ半分しか入っていない。本当に男を知らないのだ。全身の血が沸くような気分だった。  そして、シダリーズは、苦痛に顔を歪めていても美しかった。だが、苦痛だけではない。可憐な顔は快楽に蕩け、甘い吐息を夜気に昇らせている。  今までどんなふうに女に触れていたかなど、もう思い出せない。何度も他の女性と経験した行為なのに、初めての時のように感情が昂ぶった。 「この痛みを、覚えておけ。リーズ」  シダリーズの頬にもう一度涙が伝った。
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