十二、姫君の記憶 - la Princesse se souvient -

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十二、姫君の記憶 - la Princesse se souvient -

 言われなくても、忘れられない。  こんな獣じみた行為を、幸福を感じながら受け入れた記憶なんて、未来永劫なくなるはずがない。 「はっ…、あ――」  痛い。ギイがまだ入りきっていない部分を奥へゆっくりと押し進めてくると、開かれたことのない身体の奥がキリキリと悲鳴を上げた。それなのに、触れ合う肌が熱く、ギイの息遣いが耳を濡らす度に腹の奥から欲望が溢れてくる。 (このためかも…)  シダリーズは淡くなる意識の中で思った。  このために、今まで純潔を守っていたのかもしれない。誰の妻にもならず、縁談も拒否し続けた理由は、こんなふうに恋に落ちてみたかったから。きっとそうだ。 「ん…」  ギイが頬に触れた。驚くほど優しい手だ。涙を拭われていることに気付くと、ひどく恥ずかしくなった。涙を流すほど感情が昂ぶっているなんて、知られたくなかった。 「息を吐け」  ギイが言った。  そんな熱っぽい目で見ないで欲しい。期待してしまいそうになる。この行為が、愛によるものだと。それなのに、ギイ・ルマレの苦しそうな顔から目が離せない。 「でも、…っ、あ――あなたのが、大き過ぎるんだわ」  ふ。とギイが苦笑した。優しく細まった目に、シダリーズはどきりとした。ひくりと中でギイが動いた気がする。 「そういうことを言うと酷くなるぞ」 「べ、別に平気よ」  いつもの強がりが出た。やっぱりゆっくりしてと訴える前に唇がギイの大きな口に覆われ、舌が触れ合う。同時に、身体のいちばん奥までギイが入ってきた。 「――っ、んん!」 「はっ、ああ…」  男の口から恍惚の吐息が漏れる。 「大丈夫か」  優しい声だ。シダリーズはふるふると顔を横に振ることしかできなかった。恥ずかしさと、痛みと、不思議な充足感でいっぱいだ。身体の更なる奥深くに触れようとするギイの身体しか感じられない。  ギイが頬にキスをし、胸に触れ、先端を撫でながら、もう片方の先端を舐めた。 「あっ――」  身体がギイに噛み付くように収縮したのが分かる。胸に与えられる刺激が無数の針のように身体中を走り回って、腹の奥へ流れ込んでくる。  ギイが懊悩するように眉を寄せてゆっくりと身体を引き、もう一度奥へ入ってきた。この緩慢な律動が、シダリーズの身体の中心に新たな熱をもたらした。  シダリーズは小さく呻いて唇を噛んだ。 「は、きつい…」  ギイが譫言のように呟いて、繋がったまま膝立ちになった。シダリーズは熱に浮かされるままぼんやりとその言動を見上げていたが、当然襲ってきた強烈な刺激に悲鳴をあげた。  入り口の突起に、ギイの指が触れている。奥を突かれると同時にそこを撫でられると、今まで感じたことのない快楽が津波のように押し寄せた。 「いや!ああ、だめ…!」  絶頂はすぐに襲ってきた。今まで感じたものよりも、激しい奔流だった。羞恥を感じる余裕もなくして上がった嬌声が自分の声だなんて、信じられない。ギイがどうしようもなく溶けきってすっかり形の変わってしまった場所を犯す度、腹がぎゅうぎゅうと縮こまって鳩尾が痛くなり、淫らに変化させられた自分の身体の奥でやけにギイの存在を大きく感じた。  わけもわからなくなるほど乱されて、何度も燃えるような快楽の果てに連れて行かれても、ギイは最奥部まで全てを蹂躙するような激しさで律動を続けた。  おかしくなってしまう。痛みと熱が入り交じって、自分が誰かも考えられない。  ギイの目は、まるで青い炎だ。一瞬も逃さずその目に焼き付けるように、シダリーズを見つめている。 「…っ、見ないで」 「なんで」  うっかり愛を告げてしまいそうだから。なんて言えない。シダリーズはギイの首の後ろに腕を絡めて、自ら唇を重ねた。こうしておけば、喋る必要がない。  しかしギイは唇を離して、シダリーズの頬にかかった髪をそっと避け、その目を覗き込んだ。 「きれいだ、リーズ」  ぎゅう、と心臓が締め付けられた。王国の花には言われ慣れた言葉だ。しかし、ギイの唇が紡ぐと、まるで違う言葉だった。 「んっ、あ…!」  身体の中でギイが激しく暴れ、首に噛みつかれて、恐ろしいほどの忘我が襲ってきた。  ギイがシダリーズの身体を境界もわからないほどに抱きしめて一際激しく奥を叩きつけるように突きながら恍惚の呻きを上げた時、シダリーズも甘い叫びを上げて真っ白な無意識に身を委ねた。  急激に襲ってきた眠気に目を閉じる前にギイが耳元で囁いた言葉は、シダリーズの耳には届かなかった。  朝の光をまぶたの向こうに感じて、シダリーズは目を覚ました。背中に別の体温が触れている。所々に古い傷が細い線を描く逞しい腕が、腰に巻き付いている。  シダリーズがもぞもぞと動いて腕から抜け出そうとした時、強い力で後ろに抱き寄せられた。 「どこへ行く気だ?お姫さま」  耳に起き抜けの掠れ声が触れ、シダリーズはどきりとした。昨夜の熱を思い出して、全身が炎を浴びたように熱くなる。同時に、胸がチクリとした。「お姫さま」と呼ばれると、自分がそういう身分の人間だと、一線を引かれている気がした。だが、事実は変えられない。一夜のことならいざ知らず、これからの自分はシダリーズ・アストルでなければならない。 「…わたしの侍女と騎士が心配しているでしょうから、もう戻るわ」 「じゃあ、もう終わりか?」  誘惑する危険な男の声が耳朶を舐め、肌を走った。この体温に囚われたままでいられたら、どんなにいいだろう。でもそんなものはいっときのことだ。  それよりも、シダリーズには王族として、王国のために、果たすべき使命がある。そして、ギイとの危険な関係を継続することは、支障になるだろう。ギイへの疑念が晴れたわけではないのだから。 「…悪い遊びはもう終わりよ、ルマレ閣下」  シダリーズはギイの腕から抜け出して、毛布を引っ張り上げて身体に巻き、ベッドの脇から床に立った。その瞬間に腰と脚が悲鳴を上げて力を失った。  シダリーズが崩れ落ちる前に、ギイが抱き止めた。 「初めてなのに激しくしすぎたな」 「ひ、一人で立てるわ」  可愛くない言い方をしてしまった。だが、もう遅い。 「あなたのおもてなしに感謝します、ルマレ閣下」  シダリーズは顎を上げた。  ギイが不愉快そうに眉を寄せたのは、見ないふりをした。 「…もてなし(・・・・)?」 「ええ。楽しかったわ。どうもありがとう」  シダリーズはにっこりと王国の花の笑顔を貼り付けて、握手のために手を差し出した。  が、ギイは応じなかった。 「そうかよ」  それだけ言って、ギイは裸体のままベッドを降り、昨夜脱ぎ捨てた服を拾ってさっさと身につけた。シダリーズは動揺した顔を見せないように後ろを向き、毛布を被ったままもぞもぞと下着を身に付け、ドレスを足元から引っ張り上げるように着た。  しまった、と思った。マノンがいないから、留め具が付けられない。 「意固地な女だな」  背後でギイが言った。怒ったような声をしているくせに、きちんとシダリーズのドレスの留め具を留めている。 (本当にこの人を疑わなければならないの?)  胸が裂けそうなほど痛い。 「ギイ――」  と、気づいたときにはその名を口にしていた。顔だけ後ろを向いたが、ギイがドレスを見ているせいで目が合わない。 「…領主について、知っていることを教えてほしいの」  ぴたりとギイの手が止まった。が、すぐに何事もなかったようにまた動き出した。ギイにとって都合の悪いことを口にしたのだろう。 「エラデールには、王国政府から学校設立の支援金を送っているはずよ。ここへ来る前に収支報告にも目を通したわ。でも、書類の内容はどう考えても領民の暮らしぶりと一致しない。税率をみんな知らないなんて、おかしいわ。エラデールの人たちが読み書きできないのは、領主にとって都合の悪い事実を知られないようにするためではないの?ずっと長い間こんなことが続いてきたなら、今から正さなきゃ。ねえ、ギイ。何か知っているなら、どうか教えて」 「やめろ」  ギイは低い声で言った。 「それが本当に起きていようがいまいが、あんたが首を突っ込むことじゃない」 「でも、王国政府の人間としてこのままにはしておけないわ。何か…悪いことを隠しているなら、あなたのことも、場合によっては――」 「裁くのか?あんたが」  嘲笑するような声色だ。これほど敵意に満ちたギイ・ルマレの態度を、シダリーズは初めて見た。  ギイは付け終わった留め具から手を離してシダリーズと向き合った。昨夜炎のように自分を包んだ青い目は、今は冷ややかにこちらを見下ろしている。 「…法が裁くのよ」 「俺を利用する気か?懐柔して、思い通りにしようとしてるのか。報酬(・・)を前払いして――」  バチ!と狭い部屋に乾いた音が響いた。人の頬を――しかも、自分より背の高い男性の頬を打つなんて、信じられない。しかし、止められない。怒りと失望が、胸の中で渦を巻いた。 「馬鹿にしないで!」  ギイはシダリーズの手を掴んで睨め付けた。 「そのまま返すぜ、お姫さま」  冷たく言うと、最後にシダリーズの指にキスをして、部屋を出て行った。  扉の閉まる音が、人間を冷たく拒絶する能力を持っているなんて、知らなかった。  シダリーズは昨夜いつ脱いだかも思い出せない短いブーツに白い足を入れ、立ち上がった。身体の奥がヒリヒリ痛い。しかしそれは不快な痛みではなかった。それよりも、心が問題だ。  崩れ落ちて恥も外聞もなく泣き叫びたい気分だった。 (いいえ、だめよ)  心の中で獅子心姫が言った。  ――折れそうでも、一人で立つのよ。  シダリーズは自分の価値をわかっている。一緒に立ってくれる人がいるのだから、安心して立てばいい。そこに例え愛する人がいなかったとしても、自分の道は自分のものだ。
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