十九、姫君の総て - la Princesse aime -

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十九、姫君の総て - la Princesse aime -

 扉の閉まる音が合図だった。  ギイが目の前に迫ってシダリーズを壁際に追い遣り、腰を掴んで引き寄せてくる。どちらからともなく唇が引き合い、互いの熱を溶かし合うような深い口付けが始まった。  首に触れるギイの手が熱い。脈動までが伝わってくる。 「んんっ」  シダリーズは口づけの激しさに呻いた。  熱情がぶつかり合って生じた狂おしい衝動に、花を摘むという表現は似つかわしくない。狩人が獲物を狩りに来たのだ。事実、今まさにシダリーズの身体は狩られた獣のようにギイの腕の中にある。  静まり返ったシダリーズの執務室に、激しさを増す口付けと呼吸の音が響く。 「あっ…」  首に吸いつかれたシダリーズの赤く腫れた唇から、恍惚と吐息が漏れた。  やわらかなハシバミ色の目が潤み、頬に血色が上って、乱れたドレスの襟から細い鎖骨の筋が覗いている。  もう限界だ。ギイはシダリーズが驚くのも構わず、その身体を抱き上げた。  ずっと夢想していた。半年もの間、毎日シダリーズを思い浮かべては手に入れたいと願い続けた。全てを失ってでももう一度その手に触れたいと願った女が、何も持たないただの自分を受け入れると言うのなら、全て奪い去るだけだ。  ギイはシダリーズを窓際の長いソファまで運び、そっと下ろして、シダリーズに体勢を整える余裕も与えず、両手の指を絡めてソファに押し付けた。  伏せられた金色のまつ毛がシダリーズの目元を煙らせるように震え、その下から大きなハシバミ色の瞳が覗いて、ギイの目を射抜く。  虜になるとは、こういうことを言うのだろうか。  互いの舌が触れ合い、血流に乗って興奮が巡り、心までをも侵していく。そして、無様にもその女の身体はおろか心も愛も、全てを自分に捧げて欲しいと、全身で懇願するしかなくなるのだ。  ギイはシダリーズの口から舌を抜き、花びらのような唇を啄んで、細い顎へ、喉へと吸い付いた。シダリーズの細い指がもどかしそうにギイの耳に触れ、髪の中に入ってくる。甘い吐息が春の暖かい空気に乗ってギイの肌に染み入り、鼓動を速めた。  丁寧に脱がせる余裕もなく、ギイはシダリーズの背へ手のひらを這わせて小さな留め具を外し、肌を暴いた。  白い肌が肩まで赤く染まっているのがよく見える。シダリーズが恥ずかしそうに目をそらしたのを、ギイは見逃さなかった。  レースのあしらわれた襟が開かれて白く形の良い乳房が露わになると、シダリーズが咄嗟に腕を上げて前を隠した。まだ恥ずかしがる余裕があるのだ。  ギイは淫らな笑みを浮かべ、色づいた実を隠しているシダリーズの手の甲にキスをし、小さく歯を立てた。 「…っ、ギイ」  咎めるようにシダリーズが言った。声が上擦っている。  ギイはまだ腰の下にまとわりついているドレスを足下へ引き下ろしながら、シダリーズの指の間に舌を這わせた。シダリーズがぴくりと反応した隙にその奥へ舌を差し入れ、指の隙間から舌先を潜り込ませて小さな実をつつくと、シダリーズが愛らしい声で呻いた。  シダリーズの身体が激しく反応したのは、その直後だ。ギイの指が臍の下を辿り、身体の中心に触れている。 「あぁっ…」 「なあ――」  ギイが眉の下を暗くして、シダリーズの目を覗き込んだ。 「俺を思い出したか?離れている間」 「なっ、何…」  シダリーズは顔色を変えた。ギイの指が秘所の入り口の突起に触れると、シダリーズは鋭い快感に堪らず身をよじって小さく悲鳴を上げた。  ギイの深い青の目が近付いてきてシダリーズを捉え、からだの奥に触れながら耳朶に唇で触れた。 「俺を思い出して、ここに自分で触れた?」  官能的な低い声と羞恥と背徳感が、シダリーズの身体をぞくぞくと震わせた。 「ど、どうして…、そんな」  女性経験が豊富だと触っただけで自慰行為をしたかどうかが分かってしまうのだろうかと混乱し始めたとき、ギイの目が可笑しそうに細まった。 「したんだな」  嵌められた。と気付いたときには遅かった。言い返そうとした言葉もギイの唇に呑み込まれ、舌を挿し入れられて抗議もできないまま、身体の中心を暴く指に翻弄された。 「う、んんっ…」 「可愛いな、リーズ」  ギイの声が上機嫌に笑っている。 「いやっ、恥ずかしい。見ないで」 「無理だ。あんた分かってるか?俺を受け入れることがどういうことか」  シダリーズは恥ずかしさに涙目になりながら、胸元へ唇を滑らせてこちらを挑戦的に見上げるギイを睨んだ。  喉が震える。ギイの唇が乳房の中心を啄むと同時に秘所の入り口を撫でられ、身体の中に嵐が起きた。内側から激しい情動が生じて、もっと深いところまで触れて欲しくなる。 「…っ、わ、わかってる」 「本当に?」  ギイが胸から顔を上げた。強い視線に灼かれそうだ。 「あんたが思うより俺はあんたに執着してる。全部欲しいんだぞ。身体も心も、あんたの人生丸ごと奪うつもりだ」  シダリーズは身体の内側から起きる情動に抗うことなく、ギイの頬を両手で挟んで引き寄せ、深い口付けをした。 「あなたが好き」  シダリーズは生まれて初めて愛を告げた。一度溢れた言葉はまるで泉のようになって心に満ち、身体を柔らかな熱で満たした。こんな気持ちになるものだったなんて、知らなかった。 「知ってしまったからには、あなたもわたしにすべて捧げるのよ」  ギイの顔が優しい笑みで満ちた。少年みたいな笑顔だ。愛おしさで胸が苦しい。 「仰せのままに。俺のシダリーズ」  蝶がとまったような口づけの後、ギイのキスが身体中に降ってきた。それは春の嵐のように荒々しく、身体中に無数の花びらを散らして、身体の奥に新たな快楽を植え付けた。  腿と臀部を掴まれ、秘所にギイが吸い付いた時、シダリーズは自分でも驚くほど容易に絶頂を迎えた。ひくひくと蠢く内部にギイの指が入ってきて、優しくほぐすように内壁を探ると、激しい快楽に堪らずシダリーズはびくびくと身体を震わせて悲鳴を上げた。  脚の間からギイが顔を上げ、親指で濡れた唇を拭った。その仕草がひどく淫靡で、美しいと思った。目の奥が暗く欲望を湛えて、シダリーズを欲している。  シダリーズは初めて起きた衝動を、躊躇なく実行した。  身体を起こしてソファの上で膝立ちになり、ギイの身体の上に乗り上げて、ベストとシャツを脱がせた。  精悍な肉体が黒いシャツの下から現れ、首筋に鼻を付けてギイの匂いを吸い込むと、一度ならず果てて欲望を解放したはずの腹の奥が再び疼き始める。  シダリーズはギイの首に吸い付き、胸へと唇で辿って、硬い筋肉の隆起を肌で感じながら臍へ、その下へとキスをした。  長い金色の髪が肌を滑って波を描くと、ギイの静かな呼吸が次第に熱を帯びて、シダリーズの衝動が更に大きくなる。  ズボンの下で、ギイの一部が熱くなっている。 「リーズ、触れてくれ」  苦悶するような声で、ギイが懇願した。  シダリーズの指が恐る恐るベルトを外し、ズボンのボタンを外して、露わになったギイの張り詰めた部分に触れた。  頭上でギイが息を呑み、熱い息を吐くのが聞こえる。  こんなことをするのははしたないかもしれない。けれど、シダリーズは本能に従った。どうしたいか、ギイがどうして欲しいかは、知っている。    信じられない思いだ。  ギイは金色の長い髪から覗く細い肩を凝視して、シダリーズの麗しい唇が自分を飲み込むのを感じた。余りの快楽に恍惚と漏れる声を耐えることができなかった。  貞淑な王国の花が、気高き獅子心姫が自分の一部を口に含んでいる。熱い口内の粘膜が自分を包み込み、遠慮がちに舌を下から上へと這わせてくる。羞恥のせいか興奮のせいか、頬を真っ赤に染めたシダリーズの湿った唇から熱い息が漏れ、こちらの様子を窺うように潤んだ目で見上げてくる。  興奮と快楽が溶け合って全身を巡り、獣のように目の前の女を貪ることしか考えられなくなった。 「んぅ」  シダリーズが唸ったのは、口の中でギイが更に大きくなったからだ。 「ああ、くそ」  ギイはシダリーズの頬を両手で挟んで顔を上げさせると、仰向けのままシダリーズの腰を掴んで軽々と自分の身体の上に抱き上げ、膝で脚を開かせて、恥ずかしそうに睫毛を伏せたシダリーズを抱き寄せた。  シダリーズの中心と自分の熱が触れ合い、じくじくと熱を増した。  長い睫毛の下から大きな瞳がこちらの目を覗き込んでくる。 「リーズ、愛してる」  狩られたのは自分だ。  人生を投げ打ってでも欲しかったものは全て、この女に置き換えられた。呪いから解き放たれたと言えるかもしれない。しかし、そんなものはどちらでもよかった。 「あんたを全部俺にくれ。今すぐ」  シダリーズの美しい貌に、嫣然と笑みが昇った。この顔を見るためなら、魂をも差し出したっていい。 「じゃあ奪って。対価はあなた」  ギイはシダリーズの腰を掴んで身体の奥に入り、熱く柔らかい彼女の肉体を更なる快楽へ導いた。甘い声が心を震わせ、悦びが肌を通じて血流に溶け込み、新たな自我を得たように感じた。 「愛してる、ギイ」  シダリーズが身体の奥を震わせてギイを強く包みながら、法悦に身を委ねた。 「愛してるの。いつもそばにいたい。わたしを逃がさないで、つかまえていて」 「…っ、リーズ」  ギイは繋がったままシダリーズ抱き上げてソファの上に押し倒し、何度も強く内部を打ち付けて、全身を溶け合わせるような激しさでシダリーズを貫いた。  愛の言葉は、何度告げても尽きない。きっと毎日繰り返しても足りないだろう。そしてその予感は、絶対的に正しいものであるはずだ。  何しろ獅子の姫は狩人を、愛を乞う獣に変えてしまったのだから。  こうして、王国にロマンスが一つ増えることになった。  翌朝、結婚の報告にやって来た従妹とその夫を、国王は苦々しい顔を作って迎えた。 「報酬の辞退を許した覚えはない。自儘にも程がある」  と言って、二人は重大な「処罰」を受けることになった。  五年以内にエラデールの領民の生活水準を王国内の平均値以上へ向上させ、識字率を八割以上に向上させること。  加えて、正統な領主が定まるまで、シダリーズとギイ・ビゼが領主代理としてエラデールを取り仕切ること。  なお、達成できなかった場合は、ビゼ家に返還された領地の運営権と爵位は永久に剥奪されるものとする。  これが、国王が課した処罰だ。  正統な領主とは則ち、もともとエラデールの領主であったビゼ家の後継を指すが、ギイは既に辞退してしまったから、その子が正統な領主ということになる。  そして、その後継者の誕生は、これから一年ほど待たなければならない。  こうして新たな指導者と美しく聡明な女主人を手に入れたエラデールには、華々しい時代が訪れた。  王都へ続く街道が拓かれ、ペンの製造が発展した。領民の多くがペンを持ち、多くの文章を書くようになったことで、使いやすさを追求し始めたためだ。  エラデールで造られた木製のペン軸と軽金属製のペン先は各地に広まって評判を呼び、一大産業となって、この地に富をもたらした。  優秀な補佐役を育てて領地の運営が安定した頃、シダリーズとギイは一年の半分を王都で過ごすようになった。  シダリーズの華々しい肩書きの数々は、減ったわけではないのだ。‘王国で最も忙しい女性’などという肩書きが増えた時には、夫婦揃って笑い声を上げた。  そしてエラデールの花の時代を築いたビゼ夫妻は、今日も愛の闘争のさなかにいる。
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