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 アキの家へ行ったことを甘い余韻として残しながら、ヨシダは次にアキと会う計画を練っていた。職場へ向かう電車の中である。メールでぽちぽちと、週末に喫茶店で会いましょうと言った旨を打っていると降車駅のホームがもう見えて来た。待ちわびるまでもなく終末がやってくる。平日の虚しさは儚い。拙い昔話をするヨシダ。年末の都内と喧騒と、新しい年がやってくることの不思議な期待感をこの時期は多分に含んでいる。先日のアキとの会話でヨシダはアキがみちのくプロレスを見たことがないということを知り、みちのくプロレスについて熱く語っていた。ご自慢のテイである。 「みちのくプロレスはプロレスの原点を知ることができる団体なんだよ。プロレスの原点とはなにか。それはいかがわしさ。胡散臭さといいたったものだよ。猪木の時代の新日本プロレスから、その胡散臭さというのはぷんぷんと香っていてものだった。そのプロレスの胡散臭さだけを抽出して、濃度を高くしたものがみちのくプロレスだと言ってよいと思うよ。そこで、ちょうど開催が発表され、一週間後に開催予定の覆面ワールドへ行きませんか。4年に1度のマスクマン達の祭典だよ。」 「ぜひ。」 アキは大きくうなずいた。とても興味のそそられる祭典である。 覆面ワールドでは、サスケ、ライガー、デルフィン、タイガーマスクらの日本のレスラー以外にも、メキシコ、アメリカの覆面レスラーが集結した。メキシコからはCMLLのミスティコ、ドラゴンリーや、大陸仮面アトランティスらが襲来した。また、一度も見たことがないようなマイナーなレスラー、如何わしいレスラー達が集結し、ワンデイトーナメントである。 本日の開催地はアレナ・コラクエーンである。今日は水道橋駅でアキと集合した。ホームに降り、改札へ向かう。緑色のPコートを着て、あったかそうな毛糸の帽子をかぶったアキが、小さく胸元で手を振っていた。とても穏やかな気持ちになる。改札を出ると、駅前の大きな橋を渡り、東京ドーム方面への横断歩道を渡る。周りには、プロレスTシャツを着たプロレスファンと思わしき男性が、数人歩いていた。まだ試合開始まで一時間以上あるし、チケットも入手済みなので、二人は、チェーン店のコーヒーショップに入った。 「今日は寒いね。その帽子かわいいね。とてもよく似合っているよ。」 ヨシダは自然とそんなことを口にした。ヨシダにとって、女性をほめたことなどこれまで数えるほどもないことである。自然と思ったことを口にしていた。 「ありがとうございます。高校の頃から被っていたお気に入りの帽子なんです。耳まで隠れるのでとても暖かいのです。」 「いいですね。長野は東京よりも寒いでしょうから。」 「はい」 「今日の試合はみちのくプロレスの覆面ワールドリーグ戦です。今日の一押しはなんといっても、団体の顔であるザグレートサスケであり、他にもウルティモドラゴン、SATOいわゆるディック東郷ですね。それとCMLLもスペルエストレージャのカリスティコがやってきます。みちのくプロレスの強みはメキシコの選手との強いつながりがあるということです。昔こまちというレスラーがいましたが、後にCMLLのスペルエストレージャになっています。それと試合には出ませんが現社長の新崎人生を忘れてはいけません。」 「はい。ヨシダさんはいろいろなプロレスを知っているのですね。ルチャからジャパニーズプロレスまで知っているのはすごいですね。とても楽しみです。ザ・グレートサスケは私も知っています。東北の英雄ですね。」 「そうです。それではそろそろアレナ・コウラークエンへ向かいましょう。」 黄色いビルの前に着くと、いつものように横にはWINSで馬券を握りしめて、大きな画面を見ている競馬ファンのおじさん達が煙草をふかしながら難しい顔をしている。会場に着くと、空席はまだまだ残っていたが、すでに熱気を帯びていた。いつもの新日本プロレスとは微妙にファン層が異なるのが良くわかる。男性の年輩のファンが多いのである。試合開始が近づくと、アリーナ席はほぼ満員となった。 ほどなくして、場内が暗くなり、リングアナがリング中央に現れ、本日の試合順が次々に報告される。第一試合が始まり、二人のマスクマンが登場し、華麗な飛び技を披露していった。第二試合、第三試合と試合が進むにつれて、試合は熱を帯びていき、早くも中盤の休憩時間が訪れた。 みちのくプロレス今まで見ていた新日本プロレスの試合とは違い、すこし緩やかなプロレスの攻防と、緩やかななかにも厳しい技の攻防があり、そして笑いを含んだ様々なムーブがちりばめられている。アキはとてもうれしそうに、試合を眺めていた。時に大きな声を上げながら、初めて見るレスラーの攻防に、声援を送っていた。アキはその中でも、サスケに大きな声援を送っていた。ヨシダ、試合を観戦しながら、みちのくプロレスのことを知らないアキに都度細かな説明をして、説明を聞くたびに、アキは大きくうなずいていた。試合後に、二人は新木場駅の近くの古びた中華料理屋で、皿をつつきながら、お決まりのプロレス談義が待っていた。 「みちのくプロレスの面白さは、その如何わしさに尽きるのだよ。プロレスというのは、簡単にその要素を区分すると戦い、お笑い、いかがわしさの3つに尽きる。新日のストロングスタイルや全日の四天王プロレスは戦いに特化しており、より詳細に記載すると戦いも二つに分類され、総合格闘技的な戦いとプロレス的な戦い、いわゆるスポーツ的な潰しあい、これは四天王プロレスや、新日のオカダカズチカが進めているプロレスにもあてはまる。このスタイルは見ていてとても高揚して、もっとやれ、もっとやれという気持ちになるが、とても刹那的なプロレスリングスタイルである。戦いのコンセプトを保ったまま、技のすごさ、美しさ、闘志あふれる姿で、前者と同様にファンを高揚させることができれば、それはとてもスマートなレスラーであり、理想のレスラーとも言える。今の棚橋や内藤はこの状態だと思うんだ。」 「そうですよね。でもお笑いの要素はプロレスに必要なのでしょうか。」 「戦いの要素に加えて、お笑いの要素は、プロレスには不可欠なのだよ。プロレスというと世間一般の人たちは、『野蛮』、『やらせ』のイメージしか持っていないが、プロレスには『お笑い』の要素が色濃く反映されているんだ。メインイベント、セミファイナルでお笑いの要素が取り入れられることはほとんどないけれど、第二試合、第三試合ではお笑いの要素を取り入れたプロレスが、多々見られるんだ。一回のプロレス興行において、すべてぎちぎちに固められたメインイベントのような試合では、観客はつかれてしまうし、飽きてしまうからね。メインイベントで本当にそのプロレス団体が見せたい試合をして、中盤の試合ではある程度力の抜けた試合で観客を喜ばせているという構成になっているんだよ。」 「ほう。そういえばそうですね。」 「それに、第一試合は、ほぼ若手のシングルマッチであることが多い。プロレスのお笑いの要素というのは、固定のムーブであり、お約束のお笑いである。固定のムーブに、観客は喜び、安心するんだよ。その中に、お笑いのムーブもある。プロレスとは摩訶不思議なもので、戦いの仲にもお約束の戦いがある。お約束の戦い、お約束のお笑いはプロレスファンの大好物なんだよ。」 「その気持ちはよくわかります。私も棚橋選手の試合最後の愛してますという叫びを聞きたくて、試合会場に来ているような一面もあります。プロレスラーの決め台詞はまさに笑いのカブセのギャグに通じるものがありますね。」 「その通りだね。そしてもう一点挙げていたのが今回、試合を見に来たみちのくプロレスで、この団体でもっとも重要なのがプロレスの3要素のうちの一つである、『いかがわしさ』だね。」 「いかがわしさですか。」 「みちのくプロレスの起源は、ザ・グレートサスケ、新崎人生と共にある。ザ・グレートサスケの最盛期のプロレステクニックは素晴らしく、ルチャリブレスタイルを日本に持ち込んだ第一人者なのですよ。そのルチャテクニック、飛び技は素晴らしく、当時の日本人は決してやることがなかったし、決して真似できないファイトスタイルでした。トップロープから場外へのトペコンヒーロは日本ではまだ見られていなかったムーブであり、またサスケスペシャル等、サスケのオリジナルムーブはとても多いんだ。サスケスペシャルは現在でも、多くのハイフライアーがリスペクトを込めてサスケのオリジナル技として敬意を評して使用している。サスケのいかがわしさ、何者なのかわからない感じ、岩手県会議員になりながらも、とんでもないオカルトファンでもあり、映画通でもある。怪しい連中とのかかわりも疑われながらも、やはり、リング上のサスケのムーブは面白く、激しく、華麗であり。ファンは目を離すことはできない。サスケの上半身を見れば、デスマッチで受けたと思われる強烈な傷痕や、レスリングスーツの上からでもわかる、ひざの留め具等、大変な戦いの人生を歩んできたことは容易に理解できるのだけど、その悲壮感がサスケのファイトスタイルからは決して感じられない。あの不思議に明るく、怪しげで、奇奇怪怪とした如何わしい感じ、そしてとびぬけた身体能力を持っている点は、アントニオ猪木に通じる部分があるのかもしれない。両者が似ていると思っているのはは僕だけではないだろう。実際にサスケは新日本プロレスの門を過去に一度叩き、入門しているが、すぐに退団したという過去を持っているんだ。新日の厳格な掟の中では、自由な振る舞いをするサスケにとって厳しかったのかもしれない。サスケを面白がるファンは多々おり、体力的にも衰えてきて、華麗な技を繰り出すことができなくなった現在においても応援し続けており。私も、プロレスを見始めた時からサスケのファンであり、現在もずっと追いかけ続けている存在でもある。初めて購入したサスケのマスクを被ったときの感動は今でも忘れられないでいる。」
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