② 十二月/西條冬木

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[7] 再会  俺と洸夜の関係はこじれたままだった。  洸夜は土曜だというのに仕事があると言って朝から出かけてしまった。信じられないことにここ二ヶ月セックスできていない。午前中家事に没頭することでその欲求を逃すことにする。いや、本当は洸夜の服が入っている引き出しの一番上にあったアンダーシャツを頭から被って抜いた。その後いつも会社に来て行くワイシャツの脇部分に鼻を擦り付けながら抜いた。  寂しさにため息が出た。  午後になって出かけることにしたのはこのまま部屋にいたらミイラになりそうな気がしたからだった(ヌき過ぎで……アホだ)。  人で溢れる繁華街を選んだのは自分の中にある孤独感をどうにかしたくてだったのだが、かえってどうしようもないやるせなさが雑踏の中に浮かび上がる。  無目標のままその商業ビルに入ったのはやっぱり来週水曜日の洸夜の誕生会のことが頭にあったからだろう。  ……一体何を着ていけばいいんだ?  パーティーって言ったらやっぱ燕尾服とかタキシードなのか? いや違うだろ。っていうかテレビドラマの見過ぎだ、俺。  ちょっとした強迫観念に囚われながら衣服を見て回る。何もいい案が浮かばない。夜、洸夜に相談しようか。  ぶらぶら歩きながら俺は感心していた。最近はこういうところにスポーツジムも入っているのか。子供専用ジムってなんだ。今は子供もジム通いする時代なのだろうか。その奥には土日開業のクリニックまであった。なるほど……怪我しても大丈夫そうだ、と馬鹿なことを考える。  多分俺は注意散漫になっていたんだろう。クリニックから出てきた人影に気づかずぶつかりそうになってしまった。  カタンと何か硬いものが落ちる音にハッとすると、床に一本の杖が転がっていた。 「すみません!」 と慌てて拾い上げ相手を確認する。  その瞬間俺は「あっ」と声を上げてしまった。中腰で杖を受け取ろうと俺の方に手を伸ばしていた相手も俺と同じ気持ちだったのだろう。同じ形で口をポカリと開けている。 「……お兄さん」 「お兄さんじゃない。浩暉と呼べ」 「あ、はい。浩暉さん」 「……いや、名前もどうなんだ……新堂さんでいい」 「嫌です。お兄さんのことを新堂さんだなんて、他人行儀に呼べませんよ」 「……ここは通行の邪魔だ。移動しよう」 「それにしても、昨日の今日って感じだ……」 「いえ……、つい昨日光森さんが俺を訪ねてくれたんです。昨日はひどく寒かったのに、わざわざ」 「……へぇ……、光森君がね」 「ええ、どうしても会いたかったと。相当真剣でした」 「君の恋人はうちの弟だろう? つまり、恋愛対象は男なのでは」 「俺は自分の恋愛対象が男限定と感じことはありませんよ。最初に付き合ったのは高校の同級生の女の子でしたし」  そう言った俺の頭にふと、高校の時少しだけ付き合った彼女のことがチラリと頭に浮かんだが、すぐに消え去る。あれはなんていうか……風邪みたいなものだった。すぐにフラれたし……。洸夜が県外の大学へ行った寂しさでつい寄り道したしょーもない過去の出来事だ。 「じゃあ、香水店に一緒に来ていた彼は浮気相手か?」 「気持ち悪いこと言わないでください。小林は友人で、俺は彼の買い物に付き合っていただけです」 「小林はあの後恋人に振られまして。光森さんのこと……ちょっと気に入ったみたいですね」 「振られてすぐに次を探すというのは軽薄ではないか」 「同意します。本人にもその点は指摘しましたが、人肌寂しいそうなので致し方ないですね」 俺はちょっぴり意地悪な気持ちになって目の前の大人を観察した。 「光森さんも最近恋人に別れを告げられたばかりとか」 「何が言いたい」 「別に言いたいことなんか、僕からはありませんよ」
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