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第1章・角鹿気比社
気比社はナカツヒコ王が即位した昨年、このあたりを治める豪族、角鹿氏との友好の証として建造されたものだ。おやしろといっても現在見る神社の姿ではない。四方の柱に屋根を付け、壁の代わりに筵を垂らしただけの、この時代にある民家と変わりない造りだ。ただ、何棟も連なっているさまはそれなりに風格がある。
中央の屋敷では筵が捲り上げられていて、中からひとりの大男が日本海を眺めていた。穏やかな波を見るその男こそヤマト国の王、ナカツヒコである。身長は2メートルを越え、彼のせいでこの宮の天井はすべて高くなっている。
「それで、明後日の旅陣だが」
王はぽつり呟いた。
「はい」
と返事をしたのは彼の後ろに控えている中年の男。王のせいで背が低く見えるが170センチを越えた、この時代では彼もまた大男であった。宿禰(すくね)のムナイといい、年齢は王より十歳上だが、精悍な顔つきに凛とした立ち姿は若々しい。見た目ばかりでなく、王にとっては安心してヤマト全軍の総大将を任せることのできる、全幅の信頼を寄せる武人であった。
「オキナはここに置いておくことにする」王はそう呟くと振り向いて、ムナイの表情を確かめた。
「いや、后として相応しくないだの憎々しいだの、そんなことを言ってるのではないぞ。そちの勧めで后にしたことには何ら不満はない。それどころか神憑りの力を頼もしく思っておる」
「どうぞお続けください」とムナイは頭を下げた。
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