獄楽園

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 鼓膜を通り越し、脳に直接刺さるようなアラームの音で目を覚ました。  今井は現在職をもってなく、溜まった貯金を崩しながら生活をしている。アルバイトもせずにマンションの一室で引きこもりの生活を送る。そんな27歳である。  彼はあまり社交的な性格ではなく、また後腐れを嫌っていた。高校の友達とは高校まで、大学ゼミでの仲間はゼミが終わるまで、職場の同僚は仕事を辞めるまで。  そんな風に、彼は節目ごとに他人との関わり合いを消していた。そういった行為は両親にまで及び、彼は社会人となった際に両親との連絡を絶った。お互いの電話番号を知っているため、まだつながっている状況ではあるが、今の彼は電話が鳴っても出ることはないだろう。  そんな今井だからこそ、無職の今は完全なる孤独であった。世界から孤立した人間。  それでも、彼はちゃんと夜に寝て朝に起きている。また職に就く気持ちは薄くある。生活リズムの乱れが生じたとき、もう戻れなくなるような気がしていた。  今井は、ベッドから起き上がると体を伸ばして大きなあくびを一つしてカーテンを開いた。 「ん?」  外を見た瞬間、大きな違和感を抱いた。すぐにそれは違和感とは呼べるものではなくなった。なぜなら現在進行形で異変が起きているから。 「なんだ……これ?」  上昇していた。  外の景色が上へ上へと昇っていく。  目に見える景色ではそう映ってはいるが。現実は違っていると今井は理解し始めていた。  景色が上に昇っているのではなく、この建物が降下しているのだった。それは、落下ではない。エレベーターで下へ降りるように等速でまっすぐに下へと降りて行っているのだ。  今井は掃き出し窓を開けようとしたが、フックを回しても窓は開かず、力をいくら入れてもびくともしなかった。  すぐに玄関へと向かう。扉を開けようとしたが、窓と同じように開くことはなかった。  どうしようもないと悟った今井は、とりあえずいつも通りの朝を送るように、コーヒーを一杯淹れて昨日買っておいた総菜パンを頬張った。  彼は食事をとりながらも、今起きている事態について少しでも把握しようと努めた。  まずテーブルに置いてあるコーヒーはマンションが下降しているというのに波の一つもたっていなかった。この部屋は揺れてないのだ。また、下に降りて行っているような音も聞こえない。  それに食べているパンについては、昨日朝食用に買っておいたもので間違いなかった。つまり、この事態については昨日という現実から地続きとなった「今日という現実」なのだ。  状況を掴もうとするほど、混乱してく。天井を見上げると、電気がついている。アラームを消すのと同時につけた。でも、建物が落ちているなら電気が使えるはずもない。  蛇口を捻ってみると透明な水道水がいつも通りに流れた。これもおかしい。  もう一度外の景色をじっくりと見てみようと窓を見たとき、ちょうどその景色は光を奪いながら地中へと降りていく瞬間であった。  途端に部屋の中に影が増して、LEDライトの白くて目に痛い光だけが頼りとなった。狭いワンルームではその光だけで充分ではある。  外の景色はすぐに暗闇ではなくなった。  まるで高速道路でトンネルの中を走っているときのように、等間隔に配置された小型のライトが上へと昇っては下から現れるのを繰り返し始めた。  彼を淡々と地の底へと運んでいく。そんな非日常が始まったのだった。
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