獄楽園

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 1ヶ月すぎてから今井に異変が起こり始めていた。  急に涙を流すことがあり、暗い部屋の中で外の景色をじっと見つめることがあり、急に浮かんだ過去の羞恥の記憶に発狂することがあった。  このようなことは下降が起こる前からあったが、この状況に陥ったことで度を超えるようになった。  他人への交流が苦痛な彼は、他人への迷惑について神経質になっていた。部屋の中でも物音を立てないようにしていた。しかし、今の彼は壁を殴りつけ、床を踏みしだくことも多かった。  ため込んでいた整理のつかない不安や恐怖が次第に彼を狂気の中へと引き込んでいくのだった。  それでも彼は完全に狂うことはなかった。突如として涙を流すことがあれど数分もすればまた切り替えて堕落した生活を過ごし、また突如として発狂する。  考えてみればずっと日の光を浴びていなかった。狭い部屋の中で終わりの見えない非現実に漬かっていた。次第に、非現実が当たり前となり。元の日常の常識が薄れていくのも当然なのかもしれない。  少しばかり額が広がってきているように感じた。  今井はもう、元の現実に戻ることに対しても恐怖を抱いていた。自分がおかしくなってきたことについての自覚はあった。そのため、もう元の現実では生きていけないように思っていた。  彼は窓の外を見ながら考える。  もし、自分ではない。例えば、普通に働いて、友人がいて、両親との仲も円満で、それでいて交際中の相手もいる。夢や目標があり、日々充実していると感じている。そんな人が、この異常事態に襲われたらどうするだろう。  誰かに連絡を取るのだろうか。助けを呼ぶのだろうか。もしかしたら、窓をかち割るのかもしれない。そんな風に必死になって、生きようとする。そう思う。  そんなこともできないまま、もうすぐ食料も尽きる。そんな彼はもう、死んでいるのと同義のようだ。  私は一体何なんだ? 今井は強く自問する。  異常事態を受け入れるという選択。いやもっと前だ。貯金を削りながら働かずに時間を浪費することを選んだこと。こんな堕落の日常、こんな味のしない人生。  一体、これは何なのだろう?  もはや、自分が人間なのかすら判断できない。人としての一線を越えているような気がしてならない。もう、この部屋の外では生きられない。水の合わない魚のように、適応なんてできないままゆっくりと衰弱していくに違いない。  この部屋は楽園のはずだった。  でも、次第に苦しみや辛みが侵食してきた。  この部屋は地獄だ。
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