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自分という存在がいる限り、もうここは地獄であり続けるのだ。この世の地獄なのだ。
今井はただただ絶望していた。
実際のところ彼の人生にズレなんてなかったのかもしれない。彼は小学生の頃に、夏休みに物足りなさを感じていた。まるで自分だけ、時間の進みが違うかのようにあっという間に夏は過ぎ去っていく、クラスメイトが新学期へと切り替えていくのに自分だけが遅れていた。「休み気分がぬけてない」と何度も言われた。
ただそれだけだった。もっと長く休みたい。宿題とか、新学期とかそんな終わりに急かされながら終わっていく休みじゃなくて、嫌になる程長い休みが。
その考えは年を取るごとに強まって行った。その、「終わりに急かされない休み」は彼にとっての楽園だった。
他人との交流、社会との繋がり。これらは、終わりを作り出す。終わりを急かしてくる。楽園を汚してくる。だから切り捨てた。
しかし、そうやって手に入れた楽園なのに。今となっては地獄。
自分自身。または、生きるということ。それが、切り捨てるべき最後の現実。
また、楽園に戻ろう。
突如、電灯が点滅を始めた。蛍の光のように力なく消えては輝きを繰り返す。しかし、だんだんとその点滅は速さを増していった。
今井が窓の外を見ると、明らかに下降の速度が速まっていた。早くなっているだけではない。窓の外は激しく揺れていた。それは、下降ではなく落下だった。
しかし、部屋の中に揺れはない。ただ、電灯の点滅が早くなっていく。
慌ててスマホを手に取ったがそこには『圏外』の文字が映し出されていた。
終わりの時を悟った。
終わりに急かされない日常では、突如として終わりが襲い掛かってくるものだと、そんな当たり前の様な事を今井は理解した。
そして獣のように甲高く鳴いた。笑ったつもりではあったが、泣いているのかもしれなかった。
その心の中には、楽園を去る名残惜しさも。地獄から解放される安堵もない。
そうして完全な暗闇が訪れた。
もはや己に形が残っているのか分からないまま。今井の思考は溶けていく。
一体、彼はいつ死んでいたのだろうか。また、いつ死ぬのだろうか。
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