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「君の名前は?」
男はたずねた。
「関口はるか。
…ねぇ、ここ、どこ?
あなた、だれ?
…あたし、死んじゃったの?」
はるかは
せきを切ったように
まくし立てた。
「ここは、
現実と虚無の狭間だよ。
…私は、夢売人。
名はない。
それから、
君はまだ死んではいない。
ここにいるからね。
…とはいえ、
生者が長くここにいることは
良いことではない。
…いずれは、死ぬ」
男はゆっくりと答えた。
しかし、
はるかは
男の最後の言葉のために、
ひどくうろたえながら言った。
「ちょっ、ちょっと…
ねぇ、あたし、
死んじゃうの?
やだよっ!
ねぇ、どうしたらいいの?」
「君はまだ
多くのものを失っている。
そのままでは、
君の生きるべき世界には、
帰れない」
「じゃあ、
どうしたらいいの?」
はるかは
不安で不安でしかたがなかった。
死ぬのは、怖い。
「たすけてあげよう。
…一緒においで」
男は
帽子に手をあてて立ち上がり、
座ったままのはるかに
手をさしのべた。
一瞬
躊躇したはるかだったが、
思い切って男の手をとった。
触れた手は、
きちんと温かくて、
はるかは泣きたくなった。
死にたくない、
今はそれだけが、
はるかの進む理由だった。
歩いていくうちに、
永遠に続くかのように思われた草原にも、
変化があらわれてきた。
生い茂る草の丈は、
だんだん短くなってゆき、
芝生のようになるにつれ、
薄茶色の
ごつごつとした岩が見えてきた。
さらに進むと、
その岩の中に
何かキラキラと
光るものが見え、
その量が増えるにつれて、
それが
水晶のようなものであることが
わかってきた。
純度の高い水晶が
現われ始めると、
はるか達の進む道は、
緩やかな上り坂になった。
「ねぇ、
…どこに行くの?」
はるかは
おそるおそるたずねた。
「…夢幻の丘だ。
そこでは、過去かみえる」
「それって、
記憶のことなの?
…あたし、
ちゃんと思い出してるよ。
あの光の球で…」
今度は、
男は微笑むだけで答えなかった。
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