瀬を踏んで

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 ――瀬を踏んで淵を知る  そんな言葉があるが、私がまさにそれであろう。私はひどく臆病なのだ。浅瀬を踏み、そこに潜む目に見えぬ危機を探りながらでないと前に進むこともままならない。私はそういう人間だ。  だから私は、先の見えぬこの真っ暗な暗闇の中で、ただただ、願うことしかできない。前に進むことも、後へ戻ることもできず、私はただ、その場で願うのだ。私を救う、たった一筋で構わないのだ、そういう光がこの暗闇に差し込むことを。  けれど、そもそもである。そんな臆病な私がどうしてこんな暗闇にひとりで立ち尽くしているのか。  きちんと確かめたはずだったのだ。それがなにであるか、そこにどんな危険が潜んでいるのか、私はしっかりと思慮を重ねた上でそこに身を投じた、そのはずだった。けれどもこの結果である。  結局のところ、私の思慮は足りていなかったのだ。気が急いていたのは否めない。私はいつになく、そう、高揚していたのだろう。心の臓が、これまでに経験したことのないほどの強さで鼓動を打っていた。呼吸も浅くなっていたと思う。指の先もじんじんと痺れていた。きっとそのときに、私は私の腹の中に飼っていた臆病の虫を無意識に殺してしまったのだ。  孤独な暗闇の中、私は、涙のひと粒も出なかった。私はただ目を閉じて、この現実を受け入れるしかないのだ。  瀬を踏んで、なお、私は――
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