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後日談 森を出てから
静かなところへいこうと砧はいったが、それはすぐには実現しないらしい。だから俺はまた砧と一緒に都市へ戻っている。
列車に揺られて竜人の基地に着いたのは森を出た翌日だった。多少無理をすればその日のうちに帰り着いたはずだけど、砧は途中で宿をとったのだ。浴室でさっぱりして、俺たちは隣りあったベッドで眠った。砧は俺にキスしただけで、抱こうとはしなかった。
都市に着いたあとは竜人の基地にある砧の家にまっすぐ帰るのかと思っていたけど、その前に司令官のいる立派な館に連れていかれた。司令官の顔だけなら俺も知っていた。戦争がはじまったころ狼族の同僚が持っていた新聞に載っていたからだ。
戦争は終わったとはいえ俺は鷲族だし、正直いってすこし怖かった。おどおどしないようにするだけで精いっぱいだったけど、司令官の竜胆さんは俺が鳥の種族でも気にしていないようだった。砧は他の竜人や、館を出るときに会った綺麗な狼族の若者にも、俺のことを昔からの知りあいだと紹介した。
砧の家はあいかわらず、月の技術でつくられたすごい機械でいっぱいだった。夕食をおわって、テーブルに砧と向かいあったまま「砧、俺、ここで何をしたらいい?」といったら、砧は不思議そうな表情になった。
「どうしてそんなことを聞く?」
「だってここじゃ、俺のできること何もないよ」
「ゴーシェナイト、今はそんなことを考えるな。今は……」砧は突然立ち上がった。「立って」
なんだろう? 砧は俺の前に来て、いきなり膝をついた。俺のシャツに手をかけたからどきどきしたけど、ひとつひとつボタンをはずしていく砧の指はとても正確で、おちついていて、俺が思ったのとはちがった。砧は上からみっつめまでボタンを外して、俺の胸に顔を近づける。ほっとしたような吐息が胸の尖りをくすぐって、俺はすこしだけふるえた。
「みえるか?」
「なに?」
砧の指は左鎖骨の下をなぞっている。俺はふだん自分のからだをじろじろみない。傷がたくさんあって、醜いから。
砧は俺の顔をみあげて「鏡がいるな」といった。
鏡? そんなのいらない。そう思ったのに、砧はすっと立ち上がり、俺の肩を抱いて姿見のある壁へ押しやった。覆いをまくると銀の表面に俺と砧が映っている。砧とならぶと俺はやけに細く、よわよわしくみえる。竜人と鷲族じゃあたりまえかもしれない。でも俺以外の鷲族はもっと精悍だし、翼を動かすために上半身はずっとたくましいのだ。砧と似ているところがあるとしたら髪の色だけ。最新式でかっこいいのは砧にもらった眼鏡だけ。
でも砧の目は俺のはだけた胸のところをみていた。指が皮膚をなぞったあとに小さな影がある。
「ほら、ここだ。しるしがついた」
「しるし?」
「竜の花のしるしだ。まだひとつしかない」
それは影じゃなくて痣だった。砧の指先くらいの、鉤爪みたいな痣。
「……これ、砧が俺を抱いたからついたのか?」
「ああ。そうだ。……月人はこんなふうに地上の種族にしるしをつけるんだ」
俺は指をのばして、砧の指のあとを追った。俺の皮膚に印刷したみたいにぴったりくっついた影をなぞる。なめらかだった。
「大丈夫か?」
「なんで?」
「嫌じゃないか?」
「なにが?」俺は鏡のなかの砧をみた。
「砧とするたびに……これ、ふえるのか?」
「……七枚で輪になってつながると、完全な花になる」
「すごいよ」
俺は息を吐いた。これは傷じゃないんだ。俺のからだには醜い傷がたくさんあるけど、それとはちがう。これは砧がくれたものだ。
「すごい。なあ、砧」
「ん?」
「早くしてよ。早く……これをふやして。なあ」
俺は体をくねらせて砧に抱きつこうとしたけど、そのまえに竜人の両手が胸のまえにまわってきたから動けなくなった。首に砧の息があたってぞくぞくする。
「今日はだめだ、ゴーシェナイト。急ぐとおまえが壊れてしまう」
「大丈夫だよ、俺は痛いのとか平気だから」
「やめてくれ。俺が平気じゃない」
砧の声はふるえていたので、俺はだまった。砧の手がゆるんで、俺の頬にふれ、そっと眼鏡をはずしてどこかに置いた。鏡に俺の背中をおしつけて、キスをする。竜人の舌は長くて、口の中に入ってきて弄りはじめると、俺の膝はすぐにがくがくしはじめる。
「……き、きぬた、ずるい」
やっと唇が自由になったから、俺は呻いた。砧は不思議そうな顔をする。
「どうして?」
「だって……俺、俺、もう」
とたんになんていうつもりだったのかわからなくなった。砧が膝をついて俺の股間を弄びはじめたから。下着をさげられて、立ったまま竜人の唇と舌で舐められたり吸われて、俺は砧の髪をつかんで腰をゆらし、我慢できず口の中に出していた。気持ちよくてぼうっとしていたけど、砧の喉がごくっとうごいたのがみえたとたん、恥ずかしくてたまらなくなった。
「の、飲むなよ」
「なぜだ? 甘い」
「うそ……あっ」
竜人が立ち上がり、俺をひょいっと抱き上げた。びっくりしてしがみつくと、砧はくすくす笑っている。そのまま寝室に、柔らかいベッドに運ばれて、砧は残っていた俺の服をはぎとった。やっぱり、してくれるんだ。俺はそう思って嬉しくなったけど、砧は自分の服は脱ごうとしない。俺だけがはだかで、いじわるな唇と指にあちこち弄られたあげく、力の抜けた足をもちあげられた。
「まだ……だめだな」
俺は恥ずかしいところをさらしているというのに、砧ときたら冷静すぎる。一瞬そう思ったけど、尻の中にとろりとしたものが入ってきて、その瞬間おかしな声が出てしまった。
砧の指が優しく尻穴の入口をなぞり、すこしだけ入ってくる。浅いところをさぐられるだけでびりびりした感覚が走って、涙が出てきた。痛かったからじゃなくて、気持ちよかったから。
「砧、おねがい、砧も脱いで」
砧の指が動くたび腹の奥のほうがきゅうっと疼いた。俺はうらめしい目で砧をみたけど、ぜんぜん効果がなかった。
「だめだといっただろう。これは薬なんだ」
「ひどい」
「ひどいのはおまえだ、ゴーシェナイト。そんな煽るような目で俺をみて」
「だって……」
つぶやいたとたん、竜人のからだが俺のうえにのしかかる。
「おまえを傷つけない。今までおまえに触れたやつらのようなことはしない。おい、泣くなって」
「俺、泣いてないよ」
俺はそのつもりだったけど、いつのまにか頬が濡れていて、唇をなめると塩の味がした。
「今日がだめなら、明日は? 明日はいい?」
「……いい子にしていたらな。俺もまだ時間はあるし、おまえは鳥の種族だから……負担がかからないように、ゆっくり……」
「俺、はやく砧の花になりたい」
「俺だってそうだ。でも……くそっ、俺は七年もがまんしたんだぞ」
今度うらめしそうにいったのは砧のほうだった。俺はまばたきした。
「そんなに前から?」
「……竜人はひとめぼれ体質なんだ」
砧の目のしたがほんのり赤くなっている。
「砧、俺……口でもできるから――」
「だからそんなふうに煽るな! とまらなくなるだろうが」
竜人の腕が背中にまわり、俺をぎゅうっと抱きしめた。
「ゴーシェナイト、海をみたことはあるか?」
「海? いいや」
他の鷲族ならちがっただろう。鳥の種族はどこにでも飛んでいけるものだ。
「それなら海辺につれていこう。誰の邪魔も入らないところで、おまえに残りのしるしをつける。いいか?」
砧は返事を待っている。俺はもごもごといった。
「いいよ。よくないはずない」
「明日発つぞ」
なんだか胸の奥がしめつけられるような気がしたけど、痛いわけじゃなかった。たんに俺がいままでこんなのを知らなかったというだけだ。俺はだまって竜人の肩に顔をおしつけた。ずっとこうしていたいと思った。
(おわり)
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