最終回 恋に疲れたオレと、枯れた幼なじみ ―後編―

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最終回 恋に疲れたオレと、枯れた幼なじみ ―後編―

 タクシーを捕まえて、空港まで向かう。  オレは、何もわかってなかった。  白瀬(しらせ)はずっと、オレにアプローチしていたんだ。  それをオレは、ずっと見ないフリをして。  女性とどう接していいか忘れてしまったオレは、臆病になっていた。  そんなオレでも、白瀬はそばにいてくれたのに。  空港に到着した。 「白……雪乃(ゆきの)!」  オレは白瀬を、下の名前で叫んだ。  広い空港に、オレの荒っぽい声が響く。  しかし、そんな怒鳴り声も、虚しく反響するだけ。 「雪乃!」  もう一度、わめいてみた。  しかし。結果は同じこと。  窓の向こうで飛ぶ飛行機の音に、オレの精一杯の声はかき消されてしまった。  ノドがかすれて、痛い。でも、もっと痛いのは。  空港周辺を、見渡す。  便が飛び立ったばかりで、スカスカだ。  雪乃の姿も……。 「え、雪乃?」  あった。  雪乃が、オレの目の前にいる。  どうして?  「えへへ。リモートでいいって言われちゃった」  雪乃が言うには、出張先の隣りの国が紛争に巻き込まれたらしく、危険なので行かなくてもよくなったそうで。  乗る直前になって、出張先から連絡が来たという。 「うーん、でもどうしよう。荷物のほとんど、実家に送り返しちゃったんだよね。家具は向こうで揃えよう、って思ってたから」  仕事用のノートPCと着替えくらいしか、今は持っていないらしい。 「オレの家に住めよ」 「え、いいの?」 「ああ。リモートでもなんでもやれよ。ずっとさ。いいだろ、雪乃」  雪乃が、キャリーケースを握りしめる。  オレは、雪乃を抱きしめた。 「さみしい思いをさせてゴメンな、雪乃」 「ありがとう。伸之(のぶゆき)くん」  雪乃の手が、オレの背中に回ってくる。  このまま、会社まで一緒に帰ることになった。  テスト明けなのか、昼前なのにJKが駅から駆け下りてくる。  おっさんの運転する車に、JKは乗り込んだ。  あの二人はこの間、雨の日に送り迎えしていたJKと親とおぼしき男じゃないか。  だが、二人は車内で濃厚なキスを交わしていた。 「ほらああ! 私の言ったとおりじゃん!」  勝ち誇ったかのように、雪乃がニヤニヤする。 「はいはい」  まったくブレない雪乃に、オレはため息しか返せない。    翌日から、オレと雪乃は一緒に暮らし始めた。  雪乃は流暢な英語で、相手と対話している。オレにはナニを言っているのかわからないが、順調なのは確かだ。 「ねえ、この人どう思う? 私、口説かれてる?」  取引先のヒゲオヤジから、リモート飲み会やろうぜって、しつこく誘われているらしい。 「ヘタするとさ、チン凸とかされそうなんだけど」 『チン凸』とは、性器の写真を送りつけられる行為だ。 「お得意さんにチン凸とか、無礼にもほどがあるだろ。やらねえよ」  まったく、相変わらず雪乃は妄想しすぎだな。 「雪乃、左手の薬指を見せてやれ」 「わかった。じゃーん」  オレの指示通り、雪乃が左手を見えやすくアピールした。  相手先が笑いながら、「オーマイガー」とか言っている。  雪乃が美人だから、惚れちゃうのはわかる。  でも、オレだって同じだからな。  指輪も、空港から宝石店へ直行して買ってきたものである。 「なあ、雪乃?」 「なに? 伸之くん」 「オレずっと、恋愛とかダセえとか思ってた。不経済だなとも」 「うん」 「でもさ、ホントはオレ、めっちゃお前と恋したい。ダサくてもいいって思ってる」 「うん。私も」  取引先に見えないスペースに座り、オレは雪乃と指を絡ませた。 (完)
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