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小さな工場だった。夫婦で営むのに十分な小ささだった。看板には「西川印刷所」とあった。
「こんばんは」
工場に隣接する小さな家のドアを叩いた。すぐに玄関の明かりが灯り、中から中年女性が出てきた。年は取っているが整った顔の女性だった。
「夜分恐れ入ります。名刺を作っていただきたいんですが」
「まあ、それはありがとうございます。主人を呼んできますね」
時間外なのに嫌な顔をせず対応してくれた。感じの良い女性だ。
「お待たせしました。こんな格好で申し訳ありません」
出てきた男はスウェット上下のリラックススタイルだ。もう寝る準備をしていたようだ。それでも笑顔で俺を迎えてくれた。
「いえ、こんな時間に押しかけてしまった私が悪いんです。こちらこそ申し訳ありません」
「とんでもございません。立ち話も何なので中へどうぞ」
いや、もう何も聞く必要はない。
「すみません。実は私、東山くんの幼馴染みなんです。最近起業しまして、まだ名刺がないんです。以前東山くんの奥さんの実家が印刷工場だと聞いていた事を思い出して参った次第です」
「そうですか。それはどうも」
そう言って男は一重まぶたの目を細め微笑んだ。鼻も団子っ鼻だが社長ほど大きくないので東山も気が付かなかったのだろう。
久美さんの父親こそ社長の異母兄弟だったのだ。そりゃ赤ん坊が社長に似ていても不思議ではない。
俺は名刺の注文をさっさと済ませ早々に失礼した。そして事務所に戻り東山にメールを送った。
『調査終了』と。
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