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「わがままだよ、私」
「上等です。だいたい、わがままじゃない人間なんていませんよ」
「そうかな」
「そうです。それに、自分で欠点に気づけてる人なら、まだ救いがある」
彼のほうがうまく対応してくれる、ということか。生意気な。
けれど、彼らしい。仕事でもそうだ。彼にはそういうところがある。
周囲に合わせられる柔軟性、自分の主張を表に出さずにいられる強さを彼は持っている。そんな風だから彼は、自分でさえうまく見られない場所に、消えることのない痛みを飼い続けることを厭わない。
いつか引きずり出してやろう。本当の彼を。一緒になりたいと言うのなら、隠してばかりいられては困る。
こたえる代わりに、私は彼を抱きしめ返した。彼の両腕はもっと強く、きつく私を抱き寄せる。
こうしているだけで、積年の呪縛が少しずつほどかれていくような気がした。私の中に静かに溶け込む彼の熱が、心とからだに深く刻みつけられた見えない刺青を薄くしていく。
きれいには消えない。だから今は彼の色を何度も重ねて、記憶の奥底に眠らせよう。
新しいタトゥーは、消したくないと思えたらいい。新しく刻まれる色を開いた心で楽しめたら、少しは楽になれるかもしれない。
「一緒に行きましょうね、来週」
私を抱きしめる腕の力を緩めると、舎川くんは私の目を見て笑いかけた。私は反射的に眉根を寄せた。
「どこへ? 映画?」
「違いますよ。まぁ映画も観ればいいんですけど、福引きね、おれが行きたいのは」
私は眉間のしわを深くし、彼をにらんだ。
「イヤ。舎川くん一人で行ってよ」
「なんでですか。係長がもらった福引き券ですよ」
「言ったでしょ。はずれるのがイヤなの」
「今さらだなぁ。映画だってアタリハズレのあるコンテンツなのに」
「映画は別。物語の世界に浸りたくて観るんだから」
ブツブツと文句を垂れる私の隣で、舎川くんはもぞもぞと動いてソファに背を預け、横顔で小さく息をついた。
「いいじゃないですか、はずれたって。係長はもうすでに、おれっていうアタリくじを引いてるんだから」
クサい。でも、舎川くんらしい。
自分で言ったくせに照れ笑いする彼と一緒に私も笑った。別れた夫とこうして笑い合えた日がどれくらいあっただろう。
コーヒー飲みます、と彼は私に尋ねてソファを離れた。
手伝う、と答えてあとに続いた私を、彼は拒絶しなかった。
【刺青/了】
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