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仕事帰りに翠は例によって例の如く、近所のコンビニに立ち寄り、最近は夢にまで出てきてしまっているアイスを探した。
(今日もこっちはないか……。なんだか永遠に、巡り合えない気がしてきたな。運気も尽きたかも……)
冷凍ボックスを覗き込み、落ち込んだ気持ちのまま、翠は壁面の冷凍ケースに目を向けた。しかしその日は、これまでとは事情が異なっていた。
(あ、あれ? あったぁあぁぁぁぁっ!!)
この数日在庫が一つもなかった所定の位置に、赤地にチョコアイスバーの絵が浮かび上がっている箱が存在していたのである。
(よし! 一週間ぶりゲット!! 神様、ありがとう!!)
翠は内心の喜びを抑え込みつつ、足早に冷凍ボックスを左から回り込み、右手を冷凍ケースの取っ手に伸ばした。そしてそれを掴んだ瞬間、誰かの手が重なる。
「え?」
「あ……、す、すみません! 失礼しました!!」
「いえ、大丈夫です」
目指すアイスだけ見ていた翠は全く気がつかなかったが、彼女とは反対側の右側からやって来た同年配の男性が、殆ど同じタイミングで取っ手に手をかけたのだった。だが手が重なったのは一瞬だけで、彼が慌てて翠の手から自分の手を離す。動揺している男性に軽く会釈してから、翠はケースのガラス戸を開けて目的の物を取り出した。
(うわぁあぁぁぁ~ん! 夢にまで見た箱、漸くゲット! しかも在庫がこれだけだから、余計に嬉しい!! 今日一日、仕事を頑張った甲斐があったぁ~!!)
ホクホクしながら籠にアイスを入れ、翠はまっすぐレジに向かった。
「これをお願いします」
「はい」
そこで会計をしていると、自分の後ろを通り過ぎていく人に気がつく。
(あれ? あの人、何も買わないの?)
先程、ケースの前で出くわした男性が、何も買わずに出て行くらしい後ろ姿を見て、翠は不思議に思った。
「ありがとうございました!」
(ひょっとして、あの人もこれを買うつもりだったとか? 多分、そうだよね?)
二人が手を伸ばした冷凍ケースの中で、他に在庫が切れていた商品など無かったのを思い返しながら、翠は反射的に店の外に出て、先程の男性を追いかけた。
「あの……、すみません」
「え? あの……、どうかしましたか?」
それほど先を歩いていなかった男性に追いついた翠は、控え目に声をかけてみた。すると立ち止まって振り返った彼が、怪訝な顔で問い返してくる。どう言ったものかと、翠は若干考えが纏まらないまま、質問を繰り出した。
「いえ、その……、先程、冷蔵ケースでアイスを買うつもりでしたよね?」
「ええ。さっきはすみません。考え事をしながら手を伸ばしたので、うっかり手を触ってしまいまして」
「それは良いんです。買おうとしたのって、私が買った物ですよね?」
「はい。なんでも最近、アイドルが贔屓にしている商品だとかで女の子たちが買いあさって品切れが続いているとか。久しぶりに見つけて嬉しくなって、買って帰ろうかと思ったので。あ、でもまたこの次買いますから、気にしないでください」
苦笑気味にそんな事を告げられた翠は、そこで激しく同意した。
「本当に腹が立ちますよね! ただ贔屓にしているアイドルが食べているから買うって、アイスにも失礼ですよ!」
「でも、それがきっかけで手に取った若い子達が、この良さに気づいてくれてリピーターになってくれたら嬉しいですよね。値段設定が類似の物より高めですから、良いアピールの機会になったんじゃないですか?」
(ああ、なるほど。そういう考え方もできるんだ……。私と同年代なのに、大人なんだなぁ……。よし、決めた!)
穏やかな口調で宥められ、翠は感心すると同時に気持ちが落ち着いた。それで思いついた事を、その場で実行する。
「あの、ちょっと待っていてください!」
「はぁ、構いませんが……」
再び怪訝な顔になった彼をよそに、翠はビニール袋からアイスの箱を取り出し、少々乱暴に開封した。次いで、中に入っている一本を取り出し、強引に彼の手に押し付ける。
「はい、どうぞ! お裾分けです!」
「え? あの……」
翠の勢いに押されてた彼は、咄嗟にアイスバーを受け取ってしまった。そして溶けないよう律儀に棒の方に持ち直している彼に、翠が満面の笑みで伝える。
「さっき『久しぶりに見つけて嬉しくなった』って言ってましたよね? 正に私もそうだったんです! ですからその喜びを、分かち合いたいんです! 味わってください!」
「いえ、でも、せっかく買ったのに、さすがに悪いのでは」
「気になるなら、今度会った時にお返ししてください。それじゃあお疲れさまでした! 溶ける前に、食べてくださいね!」
「あ、え、その、ちょっと!」
(あの人なら、きっと味わって食べてくれるよね! 良い事をした後は、本当に気持ちが良いわ!)
箱をビニール袋に入れ直した翠は、一刻も早くアイスを食べるため、当惑している彼を放置し、自宅に向かって上機嫌で駆け出して行った。
翌日。昨夜、コンビニであった一部始終を昼休憩の最中に聞かされた彩花は、頭痛を堪えながら問い返した。
「……それで?」
「紅茶と一緒に1本食べて、残りは冷凍庫に入ってる」
平然とそう述べた翠を、彩花は思わず叱りつける。
「違う! あんた本当に見ず知らずの男に、いきなりアイスを1本押し付けて逃げたわけ!?」
「変な物とか仕込んでないわよ? 目の前で箱を開けて、そのまま1本渡したんだから。それに逃げたんじゃなくて、普通に部屋に帰ったんだけど」
「私が言いたいのは、そういう事じゃない……」
会話の噛み合わなさに彩花はがっくりと肩を落とし、翠は何を気にしているのかと不思議に思いながら、平然と昼食を食べ進めたのだった。
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