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問題のチョコアイスバーの流通と在庫は半月ほどで正常化し、翠がその争奪戦の事も忘れかけていた頃、いつものように帰宅途中でコンビニに寄った。そして会計を済ませて外に出た瞬間、店の中から追いすがって来る人物がいた。
「あ、あの! すみません!」
「はい? 私ですか? あ、あの時の……」
彼が以前、勢いでチョコアイスバーを押し付けた男性だと気づいた翠は、少々驚きながら足を止めた。すると彼は、満面の笑みで礼を述べてくる。
「はい! あの時、チョコアイスバーを一本頂いた、滝口と言います。先日は、どうもありがとうございました。大変、美味しく頂きました!」
「ご丁寧に、ありがとうございます。美味しく食べて貰って、私も嬉しいです」
(こっちはもう忘れていたのに、大人な上に律儀な人だなぁ。本当に味わって食べてくれたみたいだし、あの時、思い切って分けてあげて良かった)
翠がしみじみと考えを巡らせながら自分の行為に満足していると、彼がいつかの翠のように、手早くビニール袋の中の箱を開け、チョコアイスバーを一つ差し出してくる。
「あの、それで! 今、買いましたので、お返しにどうぞ!」
「あ……、ええと、そこまで気を遣っていただかなくても、大丈夫ですよ?」
(どうしよう……。確かにあの時、気安く受け取って貰えるように『この次買った時は分けてください』なんて言っちゃったけど、本気じゃなかったのよね。真面目な人なんだわ。口は災いの元、今後気をつけないと)
困ってしまった翠は、どう言って納得してもらおうかと思いながら、口を開いた。
「あのですね」
「実は以前から、あなたの事はこのコンビニで、時々お見かけしていました。ずっとあなたの事が気になっていて……。それでできれば、連絡先を交換してください! お願いします!!」
「……………………え?」
自分の台詞を大声で遮りつつ、チョコアイスバーを差し出したまま深々と頭を下げて懇願してきた相手に、翠は本気で固まった。悪い事に、その時二人はコンビニの出入り口を塞ぐ形で向き合っていたため、出入りする複数の客に囲まれて迷惑そうな顔をされてしまった。それで翠は慌てて彼の手を引っ張り、場所を移動する羽目になったのだった。
※※※
「今まで言ったことはなかったけど、これがお父さんとの馴れ初めなのよね」
母娘でアイスを食べていた時、ひょんなことから語られた内容を聞いた縁は、小学生には似合わない少々冷めた目を母親に向けた。
「……お母さん、チョコアイスバー1本で釣られたの? それってどうなのよ?」
「釣られたというか……、先に1本渡したのは私だけど?」
「それはそれで、お父さんがチョロ過ぎると思う」
縁の正直すぎる感想に、翠は思わず苦笑いした。
「さっきも言ったけど、前々から見覚えはあったって言ってたし、要は出会いの切っ掛けなんて、どこに転がっているか分からないものよ」
「で、お父さんったら、前々から気になってた女性に藪から棒にアイスを貰って、呆然として固まっているうちに逃げられて、奮起しちゃったわけだ。じゃあ私って、このアイスのおかげで生まれたと言っても過言ではないわけね。これから、ありがたくいただきます」
「食べるたびに拝まないでよ? 恥ずかしいから」
縁は食べていたアイスの棒を器用に両手で掴み、拝むような真似をした。それを見た翠が苦笑を深める。
「それにしても……。そうなるとこれって、私が生まれる前から売られているんだよね? 流行り廃りがあるのが常なのに、そう考えてみると凄いよね?」
手元のアイスをしげしげと眺めながら、縁が口にした。それに翠が深く頷く。
「確かにロングセラーと言えるわね。それだけ固定ファンがいるのと、味が認められているってことでしょう?」
「うん、納得。時々、無性に食べたくなるよね」
そう言って手にしたアイスにかぶりついている娘を見ながら、翠は穏やかに微笑んでいた。
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