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俺はおっさんほど愛想がいい話し方も笑顔も間もとれない。数えきれないほどのお祈りメールを見てきた。やっと採用された会社は健康食品の営業部で、営業周りを始める前にパンデミックが起きた。
「3年のうちに新人が何人も入社してきて、俺は先輩なのに押し売りができなくて」
「うん」
積まれた本を何度読み返しただろう?大事なとこにはマーカーをつけて、付箋を挟んで。1冊また1冊と本ばかりが増えていた。
【営業に必要な3か条】
【巧みなトーク集】
【リピーターを増やすには?】
ビジネス書を読んで知識を得たはずなのに、営業としては花が咲いたことはない。おっさんは相槌を打ちながら俺の表情を見ている。知らないおっさんに愚痴るとか、相当参ってたんだな俺。
「気づいたら後輩のほうが営業に長けていて、俺は内勤の営業電話になってもダメで」
センチメンタルがまた押し寄せてくる。弱々だからダメなんだ。後輩についていけと上司に言われたときには、傷がまたひとつ心にヒビを入れていた。
「俺に出来ることと言ったら、花見の場所取りぐらいで・・3年前の桜は綺麗だと感じたのに、今では桜が嫌いになって」
『伊賀先輩、またボーナス狙いでしょ?まぁ花見の場所取りなんて気楽でいいっすよね』
ニコニコ笑顔で営業トップの後輩に言われて、逃げるように来た。送られているラインには、注文が多い。衛生的な観点でダメなところは知っている。けれどそれ以外に送られているのは。
【映えの桜でよろです】
なんだよ?映えの桜って。
【両隣の人に聞いてくださいよ?何人くらいいるのか。おっさん集団は女子社員NGなんで】
花見の場所まで気を使わねばいけない。何よりも抉られたのは。
【待ちが長いなら、営業の練習いや伊賀先輩はチキンでしたねwww】
ライントークには爽やかで優しいメッセージなどない後輩が営業トップなのだから。顔を手で覆い、今まで耐えて耐えて耐えすぎて出てくる熱いものを押さえる。両瞼を強く押さなければ、頬に伝いそうになるから。
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