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3
木は少年を半分ほど呑み込んでいた。幹から上半身が生えるように出ており、腰から下は全て木の中に埋もれている。樹液のような半濁した液体が衣服まで溶かしたのか、少年は白い肌をさらに青白く晒していた。半濁の液体にまみれる少年に意識はなく、くったりとしていた。
桂樹はあまりにも異様な光景に息を飲み、その場で固まった。樹術師として世界中の『森』を回って三年、多くの『森』を見てきたが、この光景には遭ったことがなかった。そもそも、『森』は生き物を受け付けないはずなのだ。
束の間その異様さに飲まれた桂樹は、すぐにはっとして少年を飲み込む木に駆け寄った。
「おい、大丈夫か!?」
意識がないとわかっていたが、幹に手を付き少年に呼びかける。あるいは意識を取り戻すかと思われたが、ぬちゃりと粘着質な音が手のひらを通して伝わっただけだった。
ぬるりとした感覚に眉を顰め、桂樹は腰に差していた短刀を引き抜く。
樹術師として『森』の木々を傷付けるなどと、あってはならない。その矜恃に短刀を持つ桂樹の手が躊躇われた。だが、意識のない蒼白の少年を目の前にしてしまえば、それも霧散した。少年を傷つけないよう木と少年の間に刃を立て、慎重に幹から引き剥がす。
埋め込まれるという形に近い状態で木の中にいた少年は、出来た隙間から桂樹が抱えるようにして引き抜くと、ボコリと音を立てて外に滑りでた。一緒に纏わりついてきた半濁した液体が、ぬちゃりと桂樹をも濡らし、緑の大地を容赦なく汚した。
桂樹は少年を抱え直し、纏っていた黒のマントで素早く包む。半濁した液体に汚された裸の少年は、それ故ひどく痛々しさと淫靡さを感じさせた。包んだ漆黒のマントから覗く足の白さが、生々しいほどよく映えていた。
「おい、しっかりしろ!」
少年と言うに相応しい成長途中の身体は薄くしなやかで、桂樹の腕の中で骨から溶けたようにくったりとしていた。
再度呼びかけ、頬を軽く叩く。かすかに震えた瞼から、一対の双眸が現れた。
「―――!」
目の覚めるような、緋色の瞳だった。吸い込まれそうなほど美しく、鮮やかに澄んでいた。
色を失った唇が、かすかに震えた。
「……ひぃ………ぁぎ……り………」
拾えないほど小さな、喘ぐような声だった。
桂樹ははっとするが、彼の美しい双眸は再びくったりと意識を失っていた。
(……ヒギリ……?)
束の間戻った意識が紡いだ声は、名前だろうか。ぐったりとした少年が再び意識を戻すことはなく、桂樹は一先ず『森』から出ることにした。軽すぎる少年を抱き、桂樹は道なき道を行きの半分の速さで戻っていった。
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