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 誰もが幼い頃寝物語に聞くお伽話を語る桂樹の群青の瞳を、緋桐の感情の浮かばない顔が見つめていた。相変わらず反応は見て取れないが、おそらくは届いているのだろう。自発的に顔を上げて空を仰いだのだ。桂樹の話は少なからず響いたはずだ。  身体の反応を見せない緋桐を動かしたのは、間違いなく『鳥』の歌声だ。彼らの歌声は世界の全てに影響を与える。例えそれが意識を沈めてしまった者でも、例外なく魂を揺さぶるようだ。あるいは『鳥』の歌声が契機で、緋桐の意識が浮き上がることもあるかもしれない。  そんな小さな思いつきは、やがて確信へと変わった。  昼食を取ってから、桂樹は緋桐を歩かせることにした。彼は迷うことも抵抗することもなく、桂樹の後ろを歩く。  変化は、時間を追うごとに現れた。ぼんやりとただ歩くだけだった美しい人形は、時折景気を確認するように首を巡らせた。街へと続く未舗装の道は歩き辛く、山道を行くように時に険しい。草を踏む音、木々を抜ける風の音、森に潜む動物の息遣い。少し遠くで流れる小川のせせらぎ。自身に降り注ぐまばゆい太陽の光。  その一つ一つを確認するように、彼は周囲を見渡して歩く。 「緋桐」  名を呼べば、ゆるく白銀の髪が動いて緋色の瞳が瞬く。手を差し伸べれば、逡巡した後おずおずと手が握られる。  ぼんやりと焦点の合わなかった瞳に、ゆるゆると光が集まり出す。今朝方まで手ずから物を食べさせていたとは、にわかに信じられない変化だった。  ただ彼はその瞳に光を宿すと同時に、桂樹に対して微妙な警戒を示すようになった。  危害を加えるものではないと、理解はしているのだろう。一言も話すことがない彼は、桂樹の後ろに付き従うし、敵意を剥くこともない。ただ、妙な間合いを取る。食べ物を差し出す時、危険な道を行くために手を差し伸ばす時。  じりり、と一拍置いてから、おずおずと手を伸ばす。だから不意に触れようとすると、ビクリとして固まる。  野良猫が警戒を示すのと同様で、一定の距離から近付くことをしないのだ。  それに気付いた時、桂樹の頬は盛大に緩んだ。  美しいだけの人形が、上等の銀色の野良猫になったのだ。  今抱き上げれば引っかき傷を作ってもおかしくないと思いながら、桂樹は『森』から最も近い街まで戻ってきた。  緩やかに人の流れが出来始めると、緋桐の変化は面白いほど顕著に現れた。  初めて桂樹以外の人を見たように桂樹のマントにへばりつき、行き交う人全てに毛並みを逆立てるようだった。  その様が興奮する野良猫を彷彿とさせ、桂樹は落ち着かせるように緋桐の銀糸の髪を撫でてフードを被せる。 「大丈夫だ。被っていれば気にならない」  桂樹を警戒していたことを忘れたように、緋桐は不意に触れても嫌がる素振りも見せなかった。それどころか、少し安心したように握った桂樹のマントから力を抜いた。
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