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「いいだけ泣いたら、少しはすっきりしたでしょ? 次に行きましょう、次に」
「でも……」
「じゃあ、今も彼のこと、なんとかしてその女から奪ってやりたいと思えてるの?」
彼女は何も答えなかった。微妙な言葉のニュアンスの違いが、本当の気持ちを引き出すため有効に働くときがある。今がその時だと思ったし、実際にその予想は当たっていたらしい。きっと彼女だって、もう頭の中では三回くらい相手の男を殺していてもおかしくないはずだ。どうひっくり返ったって、ちゃんと始末しないで他の女になびいた相手のほうが悪いのに、彼女はきっと「彼に好きだと思い続けてもらえなかった自分が悪い」とでも思っているんだろう。
そんなわけないだろうが!
「自分が悪かったから、魅力がなかったから、彼の心の機微を分かってあげられなかったから。……まあ、そう思う気持ちもわかるんだけどさ。でもあたしが話を聞いた感じ、相手のためにあなたがそんな風に思い悩む必要なんてないよ」
「そうなんでしょうか」
「そりゃもう。そういう気持ちにさせたおまえが悪い……なんて言い訳が通る世の中なら、あたしにだってその理由をもって殺めたい人間なんかたくさんいるよ。でもこの世界って、そうは思ったとしても実際にはどうしようもできないことのほうが多いし。そんなことでいつまでもクヨクヨするのは、ばかばかしいよ」
彼女に向かって話しているはずなのに、なんだか自分へ言い聞かせるようなイントネーションになってきた。年齢的には若さの曲がり角が見えてきていても、まだまだあたしは子供だと思わされる。
「いくら一緒にいた相手が幼馴染だとしても、彼があなたに嘘をついてデートを断った、という事実があるでしょ。一度嘘をうまくつき通せた人間は、何度でも同じように嘘をつくんだよ。それがたとえ『好きだよ』とか『ずっと一緒にいるよ』って言葉であっても。あなたはこの先もずっと、彼の言葉が嘘か本当か、疑い続けることになるの」
「……」
「ねえ、訊くよ。彼には本当に、あなたが貴重な青い時間を削ってそこまでするだけの価値がある?」
彼女はうつむいたまま答えなかったが、別にそれでよかった。大人になったら、無言の中から本意を探らなくてはいけない時が死ぬほど増えてうんざりする。その訓練の成果がようやく出たような心地がした。
ないんだよね。
ないんだよ。
でも、それはあなたが悪いわけじゃないから。たとえ他の誰も赦さなくても、あたしが赦してあげる。
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