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今のキスが夢だったんじゃないかと思うほど、工藤千里の言動は意外に意外を重ねていた。だけど、私の唇からは、彼女のリップバームの香りが仄かにしていて。その甘やかな香りが、告白を受けたのが夢ではないことを物語っていた。
無意識のうちに、私は自分の唇を舐めてしまっていたらしい。
「うぇっ?まっず…!」
途端に石鹸をかじったような味が口の中に広がって、私は顔をしかめた。手の甲で唇をごしごしと強く拭ってから、鞄の中からお茶のペットボトルを取り出す。残り3分の1ほどの中身をぐびぐびと飲み干して、工藤千里の味を口の中から追い出した。
私に声を掛けてほしい一心で、この苦いリップバームをずっと付けていた工藤千里。
彼女はもうここにはいないのに、甘い香りが呼吸器にこびりついたように残っていて、存在を主張している。
その香りには、もう以前のような上品さは感じなくて…じっとりと熱を帯びた、大人びた気配だけがあった。
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