仮想図書館の司書

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「おはようございます……」 「ああ、如月君、話しておきたいことがあるんだけど」  昨日のこともあり、あまり気分が晴れぬまま事務所に顔を出すと、慌てた様子のオーナーさんから声を掛けられた。 「どうしました?」 「鷹山さんが入院することになって『ハートケアフレンド』を解約すると、急な連絡があって」 「鷹山さんは今どこに」 「それが入院先も教えてもらえなくて」 「まほろ町の屋敷に行ってみます」  私は急いで事務所を出ると、まほろ町へと走り出した。坂を駆け上り、屋敷の玄関に立つとインターフォンを鳴らした。何度呼び出しボタンを押しても返答はない。  庭を見渡しても人の気配はなく、ただ楓の葉がはらはらと落ちていくだけだった。 「カエデ……まさか」  私は確かめておきたいことがあり、事務所に戻らずそのままアパートへと帰ることにした。  部屋に入ると、すぐに端末を起動しヴァイブラリーへと没入した。  ——エンター・ザ・ヴァベル  漆黒の闇に浮かぶ受付テーブルに一人の女性が座っていた。 「あなたは——」 「いらっしゃいませ。如月様、お待ちしておりました」  一見容姿は同じだが、おそらくカエデさんではない誰か。 「……慧子さん?」 「モミジ……と申します。本日より第七書庫を公開しておりますので、ご案内いたします」  モミジに促され、花模様が(かたど)られた扉の前に立った。扉を開けるとそこは洋風な屋敷の玄関で、振り子時計が静かに時を刻んでいた。  板張りの廊下を歩いていくと、開いた扉の先でカーテンが揺れているのが見えた。  その部屋に入るとアンティークテーブルに、青い瞳の女性の写真立てが飾られていた。写真立てを手に取り裏返してみると、そこにはサインが記されていた——鷹山智子と。  後ろを振り向くと、天井まで届く書架が壁一面を埋め尽くしていた。  書架にあった一冊の本を引き出し、ページをめくるといつの間にか私は楓の並木に囲まれていた。  並木の向こう側で羽衣を着た女性が蜃気楼のように(かす)んで消えていった。  あなたと紡いだ物語はいつか私が綴ります。  そして伝えることのできなかった想いを今ここに。  ——いつまでも待っている、あなたのことを愛しています。
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