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「あちい……」
汗が額から滴り落ちる。蒸し暑さが残る中、エアコンの故障した六畳部屋の現実に引き戻される。ベッドから起き上がると、棚に置いたペットボトルの水を飲み干し、うちわを仰いだ。
「ヴァイブラリー端末のローンもまだ残っているし、明日からまたアルバイトを頑張るしかないなあ」
苦し紛れの独り言が漏れる。カエデさんの前では涼しげなエリートを装っているが、現実はファンタジストを目指すしがないフリーター。ヴァベルの勉強のためにヴァイブラリーを長期契約している。
生活費も稼がなければならないので、週四日のアルバイトをなんとかこなしながら、ヴァベルの創作を進めている。
プロのファンタジストになるには、まずヴァイブラリー協会のメンバーに選ばれる必要があるが、選考審査に合格しなければならない。しかしその倍率は五百倍、超難関。
まずは次の選考までに提出作品を完成させなければ……
「おはようございます」
事務所の重苦しい扉を開いて挨拶すると、オーナーさんがタブレットを持ちながら私の元に歩んできた。
「ああ、おはよう、如月君。今日から新しいシニアさんのケアをお願いできるかな? 前任者さんが育児休暇に入ることになったので」
高齢化社会で独り身の年配者が増加。身の回りの世話は介護人形がこなしてくれるが、やはり会話は人と交わすのが一番。そんな高齢者の話相手をする『ハートケアフレンド』というボランティアのような仕事をしている。
渡されたタブレットの画面をスライドして、詳細を確認する。
「わかりました……八十代の女性、業務内容は話相手や散歩の付き添い。住所はまほろ町、高級住宅街ですね。お名前は……鷹山智子さん」
「そうなの、とても古いお屋敷に住んでいる方だから、如月君の刺激にもなるんじゃないかと思って。ほら、ファンタジストとか言うのを目指しているんでしょう?」
仕事柄、世話好きのオーナーさんは私にも気にかけてくれている。
「お気遣いありがとうございます。期待に沿えるよう頑張ります」
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