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「慧子さん、ありがとう」
智子さんが声をかけると、介護人形は一礼して部屋を出て行った。
「介護人形に名前をつけているのですか?」
「ええ、彼女にはもう三十年以上お世話になっているわ。私にとっては家族のようなもの。私達の名前を合わせると『智慧』になるのよ」
「とても大切にされているのですね」
部屋の中に視線を移すと、大きな書架が壁一面を埋め尽くしていた。私はあまりの珍しさに思わず立ち上がると書架に向かい、いくつかの本を取り上げてページをパラパラとめくった。
「これはすごい、今では古物商でしかお目にかかれない印刷された小説。本がお好きなんですか?」
「ええ、昔から体が不自由でしたので本ばかり読んでいました。趣味で集めているうちに、こんなになってしまって」
「私もファンタ……いえ、作家みたいなものを目指していまして、とても興味があります」
ファンタジストと言ったところで、高齢の方には話が通じないだろう。
「あら、どんな本を書くのかしら、読んでみたいわ」
「残念ながら紙の書籍ではないので、お見せすることはできないのです」
「それは……ヴァベルのことかしら」
「ヴァベルをご存じなのですか? 失礼しました、仮想化技術を使ったものなので、ご存じないかと」
「うふふ、聞いたことはありますよ」
「それでは仮想図書館というところで体験した物語のお話でもしましょうか」
「面白そうね、お願いするわ」
「最近体験した物語は『アルルの時報船』という題名で、少女が旅に出るお話なのですが——」
これまでのストーリーを話して聞かせると、智子さんは愛想良く相槌を打ってくれ、打ち解けた初回訪問を終えることができた。悲しいと感じる場面があったのだろうか、たまに涙を浮かべる姿が印象的だった。
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