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秋になり、もみじも赤、黄と鮮やかな色彩を描き始める。私は智子さんを車椅子で外に連れ出した帰りに、庭の木々を眺めながら呟いた。
「あ、この木はよく見るともみじというより……楓でしょうか。葉の大きさが少し違いますね」
「どちらも同じカエデ科の植物よ、葉の形の違いで言い換えているだけ。楓はロシアの神話では魂のシンボルとして、特別な意味を持っているの。ほら、葉の形が人の手みたいでしょう?」
智子さんは赤く染まる葉に被せるように、手を広げてみせた。白く細い指が透けるようで、今にも朽ちそうな心細さを感じた。
「そうですね、ここで落葉しても来年にはまた新たな葉に生まれ変わる。輪廻のような死生観があるのですね。ロシア文化にお詳しいのですか?」
「ええ、母がロシア人でしたので」
「やはりそうだったんですね、瞳の色からどこか異国の血が入っているかなと思っていました。そういえば『アルルの時報船』の作者もロシア人名でしたね」
「奇遇ですね、私もそろそろ時報船の汽笛が聞こえなくなることを暗示しているのかも」
「冗談はやめてください、まだまだお元気ではないですか」
「なんとなく感じるものなのよ。如月さんが来てくれたのも、最後のご褒美かもしれないわ」
私は車椅子の前に回り込み、しゃがみ込んで語りかけた。
「私はそんな大層な人間ではないですよ。それよりご家族はどうされてます? お孫さんとか心配されているのではないですか?」
「私は幼い頃から不自由な体なので、ずっと独り身ですよ」
「そうですか、あなたにとても似た方を知っているので、ひょっとしてお孫さんかもと思ったのですが」
青い瞳を見つめ、あの人の名が頭をよぎったがそれを口にすることはできなかった。
「そう……その方はあなたにとって、どんな人なのかしら」
「それは、その、とても大切に思っている人です」
顔を紅潮させた私を見つめて、智子さんはクスリと笑みを浮かべた。
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