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「今日はまた、これまでと趣向の異なる景観ですね。でもどこか既視感のある街並み」
ヴァイブラリーには港に停泊した帆船の演出が施されていた。紅葉のような色彩の屋根が並ぶ港町を一望することができた。
「ええ、『アルルの時報船』の終着港をイメージして景観をデザインしました。第七書庫の公開がもうすぐなので」
甲板で私の横に立つカエデさんが、なびく髪を押さえながら答えてくれた。
「第七書庫とはどんな場所なのでしょう」
「ロシアのスラヴ神話七柱神をなぞって豊穣神の居場所と捉えています。そこにはソフィア・ソコロワ氏のこれまで描いた未公開ヴァベルが収められています」
「ソフィアさんの他の作品も読想できるのですね、楽しみです」
「それと……もう一つお伝えしておかなければならないことがあります。実は私が出張することになりまして、しばらくお会いすることができなくなります」
「それはとても残念です……いつ頃お戻りになるのでしょう」
「いつになるかは……わかりません」
会えなくなる前にひとつだけ気掛かりなことを尋ねておきたいと思った。
「カエデさん、ソフィア・ソコロワ氏は本名なのでしょうか。ロシア語を少し調べてみたのですが、ソフィアは智慧、ソコロワは鷹のことですよね、もしかして」
「これで失礼いたします……。これまで本当にありがとうございました、とても貴重な時間を過ごすことができました」
カエデさんは深々としたお辞儀をすると、私の前をすぐに去ろうとした。
「待ってください、まだ言いたいことが」
カエデさんの腕を掴むと悲しげな表情を見せ、ごめんなさいと一言だけ呟くと私の手を振り払って、足早にその場を立ち去ってしまった。
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