最後の朝に

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 目覚ると、僕はいつもと変わらない暗闇にいた。  埃っぽい畳の上で、じっとひとり膝を抱え込む。電気が通わない無音の室内に、夜の凍てつく寂しさが満ちている。  徐々に慣れだした視界に、外を走る車のヘッドライトが壁掛け時計を白く浮かび上がらせた。  午前3時50分、そろそろだ。 「うっそ! なんてこった」  微かに幼さが残る緊張感のない女性の声が壁越しにくぐもって聞こえた。小春日和みたいな温かい気持ちになれるから不思議だ。 「雪なの!? 傘、傘……どこいったかな」  子供が走り回るような足音が遠ざかり、また近づいてくる。このアパートの壁は驚くほど薄いから勘弁してほしい。  ……なにしてんだか。 「あ…あった!」 「携帯は持った?」  僕は壁に向かって含み笑いで尋ねた。 「携帯……あ、ない! ありがと、キミ!」 「あはは……どういたしまして」 「ねぇ〜笑すぎ! だいたい3月だっていうのになんなの!?」  ガラガラと立て付けの悪い音を立ててベランダの窓を開ける音がする。そっと僕も外を眺めた。    さくらんぼの木が早々と花を咲かせていた。 「ごめんごめん。頑張ってね」 「うん。いってきます!」  気合いを入れるように、窓を閉める音がした。   彼女は僕を"キミ"と呼ぶ。軽く会話を交わすと、僕は彼女を送り出す。これが最近の僕ら2人の日課だ。  風呂無し、ワンKの木造アパートに住むたぶん僕と同世代の若い女性なんて、変わり者に違いない。
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