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このラジオを聞いてくれている人は、僕が元々「シンクロール」という三人組のアイドルグループに所属していた事を知ってると思います。
当時の僕は、大袈裟じゃなくシンロが人生の全てでした。ダンスも歌も大好きだったし、ファンのみんなが笑顔になってくれるのが本当に嬉しかった。
だから、諸事情でシンロが活動休止になったとき、僕は本当に困っちゃったんだよね。よく小説なんかで喪失感を表すのに「心に穴が空いたような」って言い方があるけど、それって本当なんだなって思った。
ここだけの話なんだけど、活動休止とは言ったものの、お休みの期間を挟んだからって僕たち三人が元のように活動できる見込みはほとんどなかった。
なんかさ、アーティストさんとかがみんな言うじゃん。「音楽性の違いにより云々」って。
僕もそれまでは思ってたよ。「音楽性なんて活動の途中でそうは乖離しないでしょ」とか「音楽性は建前で、本当はもっと生臭い話があったんでしょ?」とか。
だからね、メンバーのハルキがアイドルを辞めてピアニストになるって言い出した時にまず感じたのは「まさか例のアレが自分ごとになる日が来るなんて」って、なんか他人事みたいな感想だった。「マジなタイプの『音楽性の違い』じゃん」って。
それくらい現実味がなかった。
僕たちはずっと三人で一緒に歌ったり踊ったりするはずだって勝手に思い込んでた。
その時のケイタ? ケイタはね、ハルキの事すごく応援してたよ。シンロの事は気にせず思い切りやったら良いよ、って
それもあって、僕はなおさら裏切られたような気持ちになった。
シンクロールは長く活動してたからうっかりすると忘れそうになってたんだけどさ、他人なんだよね。僕たちはみんな。
ピッタリ同じ考えの人間なんてありえないんだよ。
僕らはたくさん話し合って、そうして、シンクロールは活動休止を選択した。
当時の僕はその事にとてもショックを受けてしばらく家から出られなくて、昼も夜も関係ないような生活をしてた。
信じられる? インタビューで「あんまり悩みとかないんですよ」って胸を張ってた僕が、ベッドから起き上がれないまま一日が過ぎて、夜になって、また朝が来るのをなす術なく見送ってるサマをさ。
『歌』が聞こえたのは、そんな風に夢なのか現実なのかも曖昧になったある夜の事だ。
◯
僕さ、今は引っ越したから変わったんだけど、前まではずっと海の近くのマンションに住んでたんだ。海って不思議な場所でさ、色んな人がやって来るんだよね。
特に夜はすごい。酔っ払ったおじさんが「ばかやろー!」って叫んでたり、見た事ないくらいあちこち光った車がブンブン走ったりしてるの。
だから普段は外の音なんてひとつひとつ気にすることはないんだけど、その歌だけは唐突に僕の耳に飛び込んで来たんだ。
それは……歌とは言ったけど、明確なメロディとか歌詞とかが聞こえたわけではなくってね、何て言うのかな、抑揚のついたうねりと言うか、意思のある振動と言うか。
とにかく、僕はどうしてもそれが気になって仕方がなくなって、誘われるように海に向かった。
海には誰もいなかった。
いや、正しくは違うな。
人は、誰もいなかった。
僕が歌を辿って砂浜を歩いていたら、ふと視線を感じたんだ。
海の中から。
グレーの滑らかな皮膚の奥にある小さな目が、僕をじっと見ていた。
あの生き物の名前は何だったかな。アザラシじゃなくって、シャチじゃなくって……そう、ジュゴン。
波間から顔を出したジュゴンが、月の光を浴びて神秘的な雰囲気を漂わせていた。
そして僕に言った。
「道を見失ってしまったんだね」って。
「どういう事?」って僕は聞いた。「今の僕に言ったの?」って。
「信じていた道が途中で途絶えてしまったのか。うーん、君へのギフトは何だったかな」
「ギフト?」
「ああ、随分薄くなってしまっているな。君が生まれる時は誰よりも強く光っていたのに。君自身も忘れかけている」
「何を言ってるの?」
「君の才能の話をしているんだよ。生まれる時に持って行っただろう、音色の祝福を」
「僕には特別な才能はないよ」
「忘れているだけだ」
ジュゴンは、無感情な目で僕にそう語りかけた。
じっと見ていると、吸い込まれてしまいそうだった。
実を言うと、僕はね、そんな突拍子のない話にすごく興奮した。
だって、ずっと不安だったんだ。
シンクロールは三者三様と謳っていたけど、楽器ができて作曲も担当してるハルキと、ダンススキルがずば抜けてるケイタに挟まれた僕には、誇れるものが何もなかった。
お仕着せの歌と振り付けになんとかぶら下がって、必死に笑ってた。
そんな僕にも、忘れている才能があるって言われたんだ。嬉しくないはずがない。
そうでしょ?
「その才能を取り戻すことはできるの?」
「君が望めば」
「もちろん、望むよ。望むに決まってる」
「そのために犠牲が必要になるとしても?」
「犠牲……?」
ぽつりぽつりと交わされる会話の合間に波の音が響く。
水面に映る月の明かりが強くなった気がした。
「ギフトの光を取り戻すには、他のギフトから光を取り込まなくては」
「誰かの才能を奪うってこと?」
「奪うわけではない。光り方を忘れてしまうだけだ。そうすると君は、君のギフトのための光を得る」
「でも光り方を忘れたら、その才能は消えるんだよね」
「……それは人による。そもそも、それほどの光はそう多くはなくて――」
「心当たりなら、あるよ」
ジュゴンの言うことが本当かは分からない。だけど僕にはこれしかなかった。
シンクロールが活動をやめて、僕にはもう進むべき道がない。一連托生だと思ってた仲間はそれぞれの道を進もうとしてる。
僕だけこのまま置いていかれるのは嫌だ。
嫌だったんだよ。
「……二人いる僕の友人は、きっとすごく強い光を持ってる」
「うん、いいだろう」
返事をすると同時に、ジュゴンは水面にばしゃんと飛沫を立てて居なくなった。
何か劇的な事が起こると思っていたから、ジュゴンがあっさり姿を消したことに拍子抜けしたけど、僕はそのままなんだかとても眠くなって――
気がついたら、自分のベッドで目が覚めた。
朝だった。
起き上がった瞬間に、自分の中で、周りの見え方が変わった事に気がついたんだ。ぐっと俯瞰したところに自分とは別にもう一つ意識があるみたいな。
世界はずっと生命の音色を奏でていて、僕たちはその一部でしかないんだって気づいた。
それを、曲にしてみようと思った。
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