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「エリス=バーガンディ辺境伯令嬢! 君との婚約を破棄する!」
皆様、婚約破棄の現場へようこそ。
私は今、王太子殿下に婚約破棄を申し渡されている最中なのでお構いも出来ませんが、どうぞご容赦下さいませ。
ちらりと様子を伺うと、陛下と王妃殿下は真っ青になっておられました。
やはり、王太子殿下の暴挙はご存知なかったのですね。
王太子殿下の生母であられる第二側妃様は扇子で顔をお隠しになっておられましたが、笑みをこらえきれないご様子です。
どうやら、この婚約破棄は第二側妃様と、その父上であられる宰相閣下の思惑のようです。
ふと気づけば、王太子殿下の傍らには一人の女性がお立ちになっていました。
確か、ビリジアン伯爵家のご令嬢だったと記憶しております。
「私は、彼女と新たに婚約を結ぶ事を決めた!」
……なるほど。
「真実の愛」とやらのお相手ですか。
ですが、ビリジアン伯爵といえば後ろ暗い噂の絶えないお方ですが、本当によろしいのでしょうか。
ああ、第二側妃様達は、全てご承知の上なのですね。
私は、真っ直ぐに王太子殿下を見つめました。
「その婚約破棄を受け入れるわけにはまいりません」
「何故だ!?」
「私には、一切の非がないからにございます」
穏便に婚約解消、というなら受け入れるのもやぶさかではありませんが。
「非ならあるだろう!」
「どのような?」
「猫だ!」
王太子殿下は吐き捨てるように、その言葉を口にされました。
「君のまわりには、常に猫、猫、猫だ!」
確かに、王太子殿下のおっしゃる通りです。
私の周囲には、常に猫の姿があるのです。
実のところ、婚約破棄の真っ最中である今も、私の傍らには複数の猫が座っているのです。
猫は、その大きな目で王太子殿下を値踏みするかのように見つめています。
「毛は飛ぶし、汚ならしいし」
失礼な。
きちんとブラッシングはしていますし、そもそも猫は自身で毛繕いをする生き物なのですから、余程の事がなければ汚れたりはいたしません。
「この私に向かって、牙を剥いたのだぞ!」
それは、王太子殿下が私を怒鳴り付けたからではありませんか。
猫達は、常に私を護ろうとしているのです。
「やめないか!」
とうとう、陛下が口を挟んでこられました。
私としては、もっと早く止めていただきたかったところですが。
「すまぬ。どうか、此度の事はなかった事に……」
私に向かって頭を下げる陛下に、王太子殿下はもちろん、お集まりの貴族の皆様も驚かれたご様子です。
「父上!?」
王太子殿下は、きっと私を睨み付けました。
「猫を操るお前は、やはり魔女なのだろう! 父上さえも操るとは!」
王太子殿下が片手を上げてご命じになられました。
「誰か、こやつを捕らえろ!」
仕方ありません。
この辺りが潮時なのでしょう。
「分かりました。婚約破棄を受け入れます」
「そ、そうか。だが、魔女である罪は免れないぞ!」
王太子殿下はそう言って、高々と掲げられている旗をお指しになられました。
その旗には、王家の象徴である竜の姿が金糸で刺繍されています。
「我が国の守護竜が、お前のような罪深き者を許すはずがない!」
守護竜、ですか。
私は小さく息を吐きました。
背筋を伸ばし、凛と声を張り上げます。
「《誓約者》バーガンディの末姫、エリスが命ずる! 今後、王家は竜の加護を求める事はまかりならぬ!」
「な……」
陛下は言葉を失い、膝をお着きになられました。
王太子殿下のご教育を怠ったご自身にも、非があった事をお忘れなきように。
「お前!」
王太子殿下は我を忘れたように、私に向かって手を伸ばしてこられました。
「王家に対して、そんな口をきくとは!」
さっと、猫達が私を護るように立ち塞がりました。
毛を逆立て、牙を剥き出し、王太子殿下に向かって唸り声をあげます。
昔、遥か昔、この地を救い、加護をもたらしたのは竜ではありません。
竜と、その背に乗った一匹の猫なのです。
よく見てみれば、王家の象徴である竜の背に描かれているのは翼ではなく、猫だという事にお気づきになる方もおられるでしょう。
そして、猫が《誓約》を誓ったのは王ではなく、我がバーガンディ家の始祖となるお方でした。
始祖の妹姫が王家に嫁ぐさい、猫と竜は王家に対して加護を与えました。
今後は、猫がバーガンディ家に、竜が王家に、それぞれ加護を与えるというものでした。
ただし、王家がバーガンディ家に対し何らかの危害を加えた場合、その加護は《誓約者》により取り上げる事が可能である、との取り決めでありました。
それ以来、我がバーガンディ家と王家は常に何かしらの繋がりを持っておりました。
王太子殿下と私の婚約も、その一つだったのです。
第二側妃様や宰相閣下の良からぬ噂を耳にしていた両親や兄達に、身を護るため、常に猫達と共に行動するようにと言い含められておりました。
事実、何度か命の危険にさらされた事もございます。
もちろん、初代の血を受け継ぐ猫達が護ってくれましたが。
そして、また。
王家の者が私を害しようとしたならば、その加護を取り上げるように、とも言われておりました。
おそらく、我がバーガンディ家は近い内に独立する事となるでしょう。
猫の加護をいただくバーガンディ領は、気候に恵まれ、作物は豊富に実ります。
兵達も加護のおかげなのか、凄まじいまでの強さを誇ります。
独立したところで、バーガンディ家には何の痛手もないのです。
対して、竜の加護を失った王家は、おそらく没落していくのでしょう。
すでに、私には関係ない事ではありますが。
ああ、そろそろ猫達に食事を与えねばなりません。
この辺りで、お暇させていただく事にいたしましょう。
それでは、皆様、ごきげんよう。
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