第1話

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第1話

Action ― 1 「青葉くん、待って下さい。そんな身体では無茶ですよ」 「大丈夫、ちょっと寝不足なだけだし。これくらいで、撮影に穴を開ける訳にはいかないよ」 そう笑いながら言って、玄関のドアを開けると共に、俺の意識はそこで途切れた。 目を覚ますと、見慣れない白い天井が視界に入り、消毒液やら薬品の様な臭いがした。 (ここは・・・病院?あぁ・・・倒れたのか・・・) どうやら俺は、あのまま意識を失って病院に運ばれたのだろう。 (やばい、今何時なんだ?)と、腕を動かそうとしたら、関節の内側に微かな痛みが走った。横目で見ると、痛みがあった所に点滴の針が刺さっていて、管が液体の入ったパックまで延びていた。 辛うじて利き腕は動かせる様で、俺は利き腕だけで、身体を起こそうとした。 少し起き上がった所で「っ・・・」と、思わず声にならない声が出てしまった。 酷い頭痛で頭が割れそうだし、目眩で平衡感覚が保てない。 何とか手を着いて、身体を支えて深呼吸をしていると、突然ドアが開いて「青葉くん、何をしるんですか」と血相を変えて、マネージャーの野崎さんが駆け寄って来た。 「君はまだ、安静にしていないとダメなんですよ。さぁ、早く横になってください」 「でも撮影が・・・」と言った瞬間、野崎さんが被せる様に「暫く仕事はお休みです」と言った。 「え?暫く・・・暫くってどのくらい?撮影だって、他の仕事だって入ってるだろう?」 俺の剣幕に、野崎さんは一瞬たじろいだものの、すぐに気を持ち直したのか、ハッキリと断言した。 「青葉くんには、最低でも一ヶ月は休養して貰います。これは医師の判断でもあります」 「たかがちょっとの寝不足で、一ヶ月の休養とか、医師の判断とか大袈裟でしょ?」 俺は鼻であしらう様に言ったが、野崎さんは大いに真面目な顔をして言う。 「青葉くん、君・・・本当は、殆ど眠れていませんでしたね?」 その言葉にドキッとした。野崎さんの言う通り、実は眠れない日が続いていた。例え眠れても、眠りが浅いのか寝た気は全くしなかった。 「それに、食欲も落ちていましたね?もしかしたら、きちんと食べていなかったのではないですか?」 「仕出し弁当は食べてたよ」と、ボソボソ言うと、今度は野崎さんが凄い剣幕で捲し立てた。 「殆ど残していましたよね?好きな物にも、全く箸を着けた様子がなかった気がします」 さすが長年、俺のマネージャーだけじゃなく、付き人の様な世話係の様な事までしてきただけあると、不謹慎だが、思わず感心してしまった。 「あとこれは私の注意力と言いますか、危機管理も悪かったのだと思いますが・・・」 そこで一旦、野崎さんは言葉を止める様に言い淀んだが、意を決したかの様に力を込めて言った。 「青葉くんは働き過ぎです!碌な休みもなく、スケジュールはほぼパンパン。しかも数年先のスケジュールまで、ギッシリ埋まってるんですよ!」 そう言いながら、野崎さんはスケジュール帳を開いて、俺にそれを近付けた。 俺はそれを横目に、動く手でそっと押し退けながら野崎さんに言う。 「それは俺が望んだ事だから、野崎さんが気にする必要はないと思うけど」 「それです、それ!その言葉についつい、騙されました。普通に考えたら、丸一日も休みがないなんて、おかしいんですよ!」 いつも冷静沈着で理性的な野崎さんが、めちゃくちゃヒートアップしている。そんな野崎さんを宥めようと、俺は正直に思っている事を話した。 「騙したなんて酷いな。そんなつもりはないのに。俺は仕事が好きだし、仕事が趣味みたいなものだから、丸一日も休みがある方が、俺にとっては落ち着かない」 「本心から、青葉くんが騙しているとは思っていません。言葉の綾です。寧ろ青葉くんは演技でもない限り、嘘を吐くのが下手ですからね」 褒めてるのか貶してるのか、よく解らないけど、どうやら落ち着いてくれた様だ。 「ですが青葉くん、例えそれがー」と、野崎さんが話し始めたところで、病室のドアがノックされて、白衣を着た男性と看護師が入って来た。 「あ、本條さん、起きてはダメですよ。まだ身体を休めていて下さい」と、開口一番そう言った。 俺は仕方なしにベッドに横になると、看護師が布団を掛けたりして、甲斐甲斐しく世話を焼く。 「え〜と、野崎さん。本條さんに現在の身体の様子と、それに伴う入院やこの先の話はしましたか?」 「いえ、すみません。まだ話していません」 そう言って野崎さんは、申し訳なさそうにしている。 「野崎さんが悪い訳じゃありません。俺が勝手に起き上がった所為です。話なら俺が聴きます」 「ならもう一度お話します。本條さんの意識がない間に、幾つかの検査をしました。それらの結果と、マネージャーである野崎さんの話から、今後の治療計画を立てました」 そう言って医師は、看護師から書類を受け取ると、更にそれを俺に渡して見せた。 「検査結果からは、栄養失調と過労と判断しました。それに加えて、野崎さんの話を伺った上での、総合的な結論と治療計画です」 俺は受け取った書類を見ながら、医師の話を聴いていた。 「まず一週間ほど此処で、ある程度、体力を回復させる治療をします。点滴をしながら、食事と睡眠の管理が主になりますが」 「体力の回復に、一週間もかかるんですか?」と、素朴な疑問を投げ掛けた。 「本條さんはまだ若いから、ピンと来ないでしょうが、本條さんの身体は限界を迎えつつあります。本来なら治療に、もう少し時間が必要になるんです。ですが、この病院では緊急の患者さんも多いですし、予約の患者さんもいます。なので、申し訳ないですが、長期間の入院が必要な患者さんには、他の病院へと転院して貰う事になっているんです」 医師のその言葉を聴いて、思わず(長期間の入院?)と思ってしまった。その間にも、医師は話を続ける。 「私は内科が専門ですし、本條さんの病気の根本的治療に合う医者が、この病院には居ません。ですから、専門の病院へと転院して貰うしかありません」 「あの、俺の・・・病気って、栄養失調と過労なんですよね?それなら内科が専門ではないんですか?」 状況を上手く理解出来ないまま、思った事を口にすると、野崎さんが遠慮がちというか、戸惑い気味に話す。 「あのね、青葉くんの場合その・・・単なる栄養失調と過労ではないみたいなんだよね」 「本條さんの場合、その栄養失調と過労の原因が、精神的な所から来てる疑いが強いんです。なのでそこにも書いてある通り、此処で少しでも体力回復をさせて、専門の病院へと転院して貰い、然るべき治療をして欲しいと思っています。そこに書いてある病院なら、腕の良い専門医のいるので安心して下さい」 「精神的な・・・もの?」と呟いたものの、さっきから状況も思考も全く追い付かない。 「まぁ、まずは体力回復が最優先事項です。点滴をしつつ、少しづつ固形物が食べられる様にしましょう。寝る前の薬も用意する様に指示を出してありますので、忘れずに飲んで下さいね」 そう言うだけ言って、医師は看護師を連れて、さっさと病室から出て行ってしまった。 「あ、青葉くん、その・・・ごめんね」 「別に野崎さんの所為じゃないでしょ。体調管理がなってなかったのは、俺の落ち度だしね。でも精神的なものって何だろうね?」 確かに野崎さんの所為ではない。単なる自分の落ち度だ。だけど、精神的なものが原因と言われても、全く心当たりがない。 「それは専門の病院に入院すれば、解る事なんじゃないかな」 「関谷総合メンタルクリニックね・・・野崎さん、時間があったら調べておいてくれる?」 「解った」と言って、野崎さんは手帳にメモを取っている。 「入院に必要な物は、明日にでも持って来るよ。何か欲しい物はある?」 そう聞かれて、咄嗟に台本と言いそうになったけど、きっと今の俺では反対される気がして、言うのをやめた。 少し考えてから「いつものドリンクかな」と返事をした。 そして、目が覚めてからずっと、気になっていた事を聞いてみた。 「そういえば、今やってる撮影や仕事はどうするの?」 「撮影に関してはまだ決まっていないね。今頃きっと、社長が先方と話し合いをしていると思う。他の仕事は、延期が出来そうな物は延期にして貰ってる筈だよ」 俺は(映画の話は白紙に戻るな)と思った。他の仕事に関しても、半分は断わざるを得ないだろう。 「記者会見て社長がやるの?」 「そうなるね。もしかしたら私も、同席する事になるかも知れない」 自分の落ち度で、事務所の人達や関係者の人達に、かなりの迷惑や損害や、心配を掛ける事になる。 当然の事ながら、ファンの人達にも無駄な心配を掛けてしまうだろう。下手をしたら不安を煽ってしまうかも知れない。 最悪、俳優という仕事に戻れなくなる・・・という可能性だってあるかも知れない。そう思うと、不安と焦りが込み上げてきた。 それを感じ取ったのか、野崎さんが話をすり替える様に言う。 「さて今日はもう遅いし、青葉くんはゆっくり寝て休んでね」 「もうそんな時間なんだ」と言うと、野崎さんは慌てて自分の腕時計を外すと、ベッドサイドのテーブルに置いた。 「この部屋には時計がないんだよ。明日、時計も持って来るね。位置は此処で見えるかな?」 「うん見える、ありがとう。あと、ダメ元で聞くけど、テレビやスマホの類は禁止だよね?」 「ごめんね。退屈だとは思うけど、今は何も考えずに、ゆっくり休んで欲しいんだ。それはさっきの先生も言っていたよ」 いくら何でも退屈過ぎるのではないかと思ったが、今それを言っても仕方がないだろうと諦めた。 (まぁ、早く治せば済む事だしな)とその時は、軽く考えていた。 入院した翌日の朝イチに、野崎さんが必要最低限の荷物を持って来てくれたが、色々な対応に追われているのか、早々に帰ってしまった。 検温やら点滴の交換、食事の配膳をする時だけ看護師が来る。 俺が「風呂に入るか、シャワーを浴びたい」と言ったら、看護師は怪訝な顔で「先生に聞いてみますね」と素っ気なく言った。 芸能人とはいえ、相手にとってはただの患者に過ぎないんだろう。まぁ、あまり煩く詮索されたくないから構わないが、愛想が全くないのもどうなのだろう?と思ってしまう。 その日は特に何事もなく時間は過ぎ、夜になった。 運ばれて来た夕食に、少し口は着けたものの、食べる気にはなれず、横になって目を閉じていると、看護師が食事を下げに来たのが解った。 それと入れ違う様に、両親と兄と妹が見舞いに来た。少し驚いたが、野崎さんが連絡したんだなと、俺はすぐに察した。 「わざわざ皆で来てくれたんだ。嬉しいよ、ありがとう」と極力明るく振舞って言った。 「お兄、TVで凄い騒がれてるよ」 「野崎さんに聞いたけど、ちゃんと休みを取ってなかったんですって?」 「俺ですら有給はちゃんと、消化してるぞ」 「うちの会社でも、若い女の子達が騒いでたなぁ」 矢継ぎ早に話をする家族に、上手く軽く相手をしながらも、胸の奥が少し熱くなるのが解る。 (こういう時に、家族の大切さを実感するんだな)と思った。 すると、ドアの向こうから面会時間終了を告げる、無機質なアナウンスが流れてきた。 「またゆっくり来るわね」 「とにかく今は養生するんだぞ」 そう両親が言うと、妹が「早く元気になってね」と言い、兄は黙ったまま俺の肩を軽く叩いた。そして三人は病室を後にし、残された俺はベッドに横たわった。 (急に静かになったな)と思った。 いつもなら、この時間はまだ仕事をしている。たまに早く終わると、誰かと食事をしている事もあった。 そういう事がない時は、家で一人その日の反省をしたり、翌日の仕事について考えたり、台本を読み込んで過ごしていた。 そう思い返すと(この仕事に就いてから、何もしない日なんてなかったな)と、思うと同時に(仕事が出来なくなったらどうしたらいいんだ・・・)とまたしても、漠然とした不安と焦りに駆られた。 ウトウトしながらも、意識はハッキリしていて、考えても仕方ない事ばかりが、頭に浮かんでは消えた。そして、結局いつもと同じ様に、碌に眠れないまま朝を迎えた。 その日も野崎さんは朝イチでやって来たが、差し入れを置いて早々に帰ってしまった。 ただこの日は、入れ代わり立ち代わりで、俳優仲間が見舞いに来てくれた。一人で来た奴もいれば、何人かで来てくれた奴らもいた。 同じ事務所じゃなくても、こうして見舞いに来てくれるのは、素直に嬉しかった。後輩達が来てくれたのも、単純に嬉しかった。 その翌日は、事務所の社長やスタッフさん達が来てくれた。 「社長、本当に迷惑を掛けてすみません。一日も早く治して、遅れを取り戻してみせます」 俺がそう言うと、社長は少し困った様な顔をして言った。 「役者は身体が資本だ。後の事は俺達に任せて、とにかく今は治す事だけに専念しろ」 「でも・・・」と俺が言うと、社長は「たまには、俺の言う事も聴いてくれ」と、懇願する様に言った。その言葉に、俺は黙って頷く事しか出来なかった。 その日を境に、人足は少しづつ途絶えていき、退屈な時間だけが増えた。野崎さんや、仲間達が差し入れてくれた本も、半分は読み終わってしまい、一層、退屈な日々を送る羽目になった。 そして気付けばとうとう、転院の前日になり、俺が回診を受けている間、野崎さんは転院の準備をしていた。 「やはり、これといった大きな回復は見られませんね。まぁ、本当に少しづつですが、食事の量が増えた事だけは、良い傾向だと思います」 「すいません。頑張ってはみたんですが、どうしても食べる気になれなくて」 俺がそう言い訳すると、医師は「転院しても、最初は今と同じ様な治療がなされると思います」と言った。 「ただし専門医が診ますから、他にも違うアプローチで、治療が行われると思います」 「そうですか」 「大丈夫だよ、青葉くん。治らない病気ではないそうだから、ちゃんと治療すればすぐに元気になるよ」 そう言って、野崎さんは励ましてくれたが、何故か俺にはピンと来なかった。寧ろ、不安が増した様に感じられた。 そんな不安を抱えていた所為なのだろう。いつも以上に寝付きが悪く、眠りも浅かった。 転院当日の朝。ボーっとしながらも、着替えと荷造りを済ませて、野崎さんが来るのを待った。 「青葉くん、おはよう。その様子だと、あまり眠れなかったみたいだね」 そう、心配そうに言う野崎さんの方が、心配になる様な顔で言った。 「柄にもなく緊張してるのかも」と誤魔化して言う。 「そうだろうね。演じるのと、実際に経験するのでは、感じ方も、受け止め方も、全く違うだろうからね」 野崎さんのその言葉を聴いた瞬間、胸の奥底や頭の隅っこの方で、何かがチカチカする様な、モヤモヤする様な変な感じがした。 (ん?今なんか・・・)と思ったとこで、野崎さんに声を掛けられた。 「青葉くん、退院手続きは済ませてあるから、そろそろ行こうか」 俺は「はい」とだけ言って、野崎さんの後ろを着いて行った。 車で移動する事、約1時間と少し。着いた病院は、俺が想像していたイメージとは反対に、明るくて、広々とした印象だった。 院内も廊下や壁や柱には白を基調に、様々な淡く優しい色が点々と、散りばめられていて、所々に観葉植物などが置いてあり、落ち着いた雰囲気だ。 「なんかもっと、鬱蒼とした暗いイメージがあったけど・・・」 俺が思った事をうっかり口にすると、野崎さんが「あ〜、解るなそれ」と、クスクスと笑いながら言った。 「この手の病院と言ったら、そういうイメージがあるよね。でもよく見ると、あちこちに防犯カメラがあるんだよ。きっと監視も兼ねているんだろうね」 言われてよく見ると、院内にも関わらず、防犯カメラがあちこちにあった。野崎さんの言う通り、監視目的にも思えてくる。 実際はなんの為のカメラなのか解らないが、本当に監視が目的だとするのなら、さっきまで感じていた印象が、一気に覆る様だった。 受付を済ませると、待合室ではなくいきなり病室へと案内された。 中に入ると、先生が来るまで着替えて待つ様にとだけ言われ、案内をしてくれた事務員の人は部屋から出て行った。 俺が着替えている間、何となくお互い無言になった。 さっきは冗談とも誤魔化すともなく、思い付きで緊張するとは言ったけど、これは本当に緊張してるかも知れない。 (オーディションを受けるのとは全く違う緊張感があるな)と思った。初めての経験だから、余計そう思うのかも知れない。 着替えが済んで20分程待たされた頃、ドアのノック音が聴こえた。 「失礼します」の声と共に入って来たのは、白衣を着た男性と、白衣ではない医師服を着た・・・男性?だった。 「後から入ってきた先生、綺麗だねぇ」と、野崎さんが耳打ちする。 俺は黙ったまま頷いたが、目が合った瞬間、露骨に嫌な顔をして視線を逸らされた。 (なっ、感じ悪っ)と、いつもなら心の中で思うだけで、顔に出す事もないが、この時は何故か顔に出てしまったようだ。 白衣を着た男性が、すぐに察したように「すいません愛想のない奴で。こう見えて評判は良いんですよ。同じ医者から見ても、優秀ですので安心して下さい」と言った。 「あ、いや・・・こちらこそ、不躾にすいませんでした。今日からお世話になります、本條青葉です」 「本條のマネージャーをしております、野崎と申します」 そう言いながら、野崎さんは名刺を差し出した。それを受け取りながら、白衣の男性は胸ポケットからネームプレートを取り出し、俺と野崎さんに見せながら自己紹介を始めた。 「初めまして、本條さん。貴方を担当させて頂く、精神科医の関谷です、よろしく。そして・・・ほら、お前もだよ」と言って、もう一人の男性を見て言った。 もう一人の男性はニコリともせずに、胸ポケットからネームプレートを取り出しながら、怠そうにボソボソと自己紹介を始めた。 「心療内科医で、カウンセラーの元宮です。関谷と一緒に、貴方の担当になります」 (綺麗だけど、無愛想で能面みたいな顔してカウンセラー?)と思っていたら、俺を見て「作り笑いで良ければサービスしますよ」と言って微笑んだ。 俺はドキッとした。思っていた事を見抜かれたというドキドキと、作り笑いとはいえ、その微笑みがとても綺麗だったからだ。 (いやいや、相手は男。男相手にドキっとか綺麗とかないだろう。いやでも・・・) 「患者さん相手にやめなさいって。ほら、始めるぞ。お二人もいいですか?」 関谷医師がそう言うと、俺も野崎さんも黙って頷いて、勧められるがままにソファに座った。 個室だからだろうか。ベッドの他にもソファとテーブルが置いてある。他にもドアがあるので、そこはきっとトイレと、風呂場もしくはシャワー室になっているのだろう。 そんな事を考えていたら、関谷医師が話を始めた。 「今回この病院に来た経緯は、紹介状に書かれているのを読ませて貰いました。身体数値に病的な・・・所謂、大きな病気になりそうな異常は見当たらなかったという事ですね。あぁ・・・なるほど」 紹介状を見ながら関谷医師が納得してした様に言うと、野崎さんが食い気味に話し始めた。 「そうです。それで療養を兼ねて、こちらの病院に転院する事を勧められました」 「ではうちに入院する事は、本條さんご自身も承諾されているんですね?」 「青葉くんも私も、最初こそ納得いかないといった感じでしたけど、今ではちゃんと納得してます」 すると、手に持っていた紹介状を机の上に投げながら、元宮医師が野崎さんに向かって言う。 「関谷は、本條さんに質問してるんですよ」 「あ・・・すみません」と、野崎さんは縮こまってしまった。 そんな野崎さんを見て、元宮医師に反論しようと口を開く前に、元宮医師が言った。 「関谷。関谷は野崎さんを連れて、別室で話を聴いて。まぁ、俺が本條さんを別室に連れて行ってもいいけど」 「はぁ・・・解ったよ。じゃあ、応接室に行くから、ちゃんと診察してくれよ?」 溜息混じりにそう言うと、元宮医師は無言で威圧した。 「では野崎さん。悪いんですけど、応接室でお話を聴かせてください」 「解りました」と言った野崎さんは、俺を軽く振り返ってから、元宮医師に会釈をして、部屋から出て行った。 取り残された俺は、黙ってそっぽを向いたままの、元宮医師が話し始めるのを待った。 「じゃあ・・・改めて、担当医の元宮です。主にカウンセリングを行います。よろしく」 「本條青葉です。よろしくお願いします」 改めて自己紹介されたとこで、愛想も何もない医師に、嫌味なくらい愛想良く挨拶を返した。しかしそれにすら無反応で、一体、何をよろしくすればいいのか解らなかった。 (俺ちゃんと治るのか・・・)と不安なまま、最初のカウンセリングが始まろうとしていた。
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