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第16話
Junction ー 5
灯里先生の意識が戻ってから一週間後。幾つかの条件は出されたが、俺は所定の手続きをして退院した。
退院後は、負担の軽い内容のものから、少しづつ仕事を再開した。だが、何処に行っても体調の心配をされ、ほんの些細な事にも気を遣われた。
(本当に、色んな人達に心配掛けてたんだな〜。もう二度と、倒れるような事がないようにしないと。先生にも言われている通り、健康管理としっかりやるぞ)と、改めて決意を固めた。
そんな割りとどうでもいい事を、先生にRINEで送った。すると昼過ぎに返信があって『当たり前です』と、予想通りの事が書いてあった。それを読んで(ほんと先生らしい)と思った。
「先生ですか?」と、車の運転をしながらミラー越しに、野崎さんが聞いてくる。
「そう。如何にも先生らしいからつい・・・って、そんなに顔に出てますか?」
「出てますよ。青葉くんが幸せそうなのは、私も嬉しいからいいんですけど、他所ではくれぐれも、気を付けて下さいね」
「解ってます。ちゃんと切り替えます」そう言って、両手で顔をペチペチと叩いた。
「今日はこの後、移動先での撮影が一つ入ってるだけです。その後、病院に行きます」
「先生に会える!」と喜んだものの、一週間振りに先生に会えるのかと思うと、早くも色んな意味でドキドキしてきた。
先生とはこうしてRINEをし合ったり、時間が合うと電話で話をしたりしている。話してるっていっても、殆ど俺ばっかり喋ってるけど。でも先生はそれを黙って聴いてくれて、敵度に相槌を打ったり、たまに笑ってたりする。
(先生から、話し掛けてくれると言ったら・・・やっぱり体調の事くらいだな。でも今はまだ無理して色々聞くのは止めとかないとな)
そんな事を考えていたら、野崎さんに「もう少しで現場に着きますよ」と言われた。
「は〜い」と返事をしてから、心の中で(よし、切り替え切り替え)と、自己暗示のように繰り返した。
撮影は順調で、予定より早く終わりそうだった。まぁどんなに早く終わっても、先生との約束の時間が早まる訳じゃない。
(そうだ。何か差し入れとか持って行こうかな?終わったら、野崎さんに聞いてみよう)
そんな事を考えていたら、いつの間にか撮影は終わっていて、本当に予定より早く帰れる事になった。なので俺は、さっき考えていた事を野崎さんに相談してみた。
「久し振りですから、それも良いかも知れませんね。え〜と、差し入れを買うくらいの時間はありますよ」
「でも何がいいのか悩む」
「そうですね・・・休憩の時に、皆さんで食べれるようなお菓子とかはどうですか?」
「じゃあ、いつものお店のお菓子にしましょう!」
「それ、青葉くんの好きな物ばっかりになるんじゃないですか?」と言って野崎さんは笑った。
「自分の分は、差し入れとは別に買いますよ」と、俺は膨れっ面をしてみせた。
それから時間潰しのように、お気に入りの店で差し入れのお菓子を、悩んで選んで箱に詰めて貰い、自分用のお菓子を選んで、会計を済ませて店を出た。
「そろそろいい頃ですかね・・・少し早い気もしますけど、遅れるよりは良いでしょう。では青葉くん、行きましょうか」
「待って・・・」そう俺が言うと、野崎さんは心配そうに「どうしたんですか?大丈夫ですか?」と聞いてくる。
「えっと・・・緊張してきちゃって・・・」
「え?青葉くんが緊張ですか?」と、驚いたように野崎さんが言う。
「だって、一週間振りですよ?いざとなると、何かこう・・・どんな顔して会えばいいのか、何を話せばいいのかとか、全く解らなくなってきて・・・」
数時間前までは本当に、先生に会える嬉しさとか楽しみだとか、そういう意味でドキドキしてた。今はそれが嘘のように、物凄い緊張で、別の意味でドキドキしてきた。
「ですが、このままでは遅れてしまいます。通院は必須ですからね青葉くん、ほら行きますよ」
「はい・・・」
先生に会いたくない訳ではないのに、あまりの緊張から行きたくないという・・・なんとも矛盾した思いで車に乗り込む。
「隙あらばRINEしていたり、許可があれば電話さえしてるというのに、そんなに緊張するものですか?」
「文字や画面越しに会話するのと、顔を見て会話するのって全然違うじゃないですか。先生、ビデオ通話嫌いだし」
「でも先生の写真を見ているなら、耐性はあるでしょう?」
「先生の写真持ってないんです。一枚でいいからって頼んでも、撮らせてくれなかったんです」
「それはツーショットだからではないですか?」
「ツーショットなんて俺が無理です。だから退院する時に、先生の写真をお守り代わりにするから、撮らせて欲しいって頼んだんですけど、物凄~く嫌そうな顔をして断れました」
「その時の先生の顔が、頭に浮かびます。撮られるのが嫌いな人って、意外といますからね。それに、万が一の事も配慮してくれたんじゃないですか?」
確かに、万が一を考えれば断れるだろうとは思う。けど、あの時の先生はそんな感じではなかった。きっと本当に嫌だったのだと思う。
「青葉くん。緊張している所すみませんが、病院に着きました」
「ぅぅ・・・よし、切り替えだ!あ、ねぇ野崎さん。髪型とか服装とか、どっかか変じゃない?大丈夫?」
「大丈夫ですよ。いつも通りカッコイイです」
「ありがとうございます」
俺は野崎さんと一緒に、裏口から病院内に入ると、野崎さんが警備員の人に話をして、受付へと行ってしまった。俺は言われた通り、カウンセリングルームで待たされた。
(やっと先生に会える。けど緊張して何を言ったらいいのか解らない。野崎さんの言う通り、時間があれば連絡は取っているけど・・・)
「でも違うじゃん!」
「何が違うんですか?」
「わぁああ・・・ビックリした・・・もう、驚かさないで下さいよ」
「驚かせてないですよ。寧ろ今の本條さんの声に、俺がビックリしました。それに、ちゃんとノックもしましたし、声も掛けましたよ」
「あ、すいません。ちょっと考え事をしていたので、聴こえてなかったです」
「そうみたいですね。何か深刻な悩みとかでも?」
先生が心配そうに聞いてくるので、ここまで来る間の顛末を話した。先生は笑わずに、黙って最後まで聴いてくれた。
「あぁ、それは・・・」と言って、先生は話を止めた。不思議に思って先生の顔を見ると、先生は罰の悪そうな顔をしていた。
「どうかしたんですか?」
「いや、その・・・」と、言葉を濁す先生があまりにも不自然だったから、俺はつい「素直になるんじゃなかったでしたっけ?」と、意地悪な事を言った。
「そうですけど、少しづつって言いましたよね?」
ムキになってそう言った先生は、拗ねたようにそっぽを向いてしまった。それがまた可愛く思えて、俺は椅子から降りて先生の傍まで行くと、その身体を抱き締めた。
「此処は病院ですよ?一応、使用中の札は出してありますけどね」
「ハグするくらいは良いでしょう?これも、何とかセラピーってやつです」
「なんですかその、何とかセラピーって・・・」と言って、先生は笑った。
最近の先生はよくこうして、笑ってくれるようになった。こうして、甘えるような素振り・・・いや、先生なりに甘えてるのだろう。そういうのも、少しづつ言葉や態度でも、見せてくれるようになった。
そういう、誰もが当たり前のように出す感情を、先生は押し殺してきた。だから俺は、そんな些細な事でも凄く嬉しいし、凄く愛おしいと思う。
「確かにセラピー効果はあるとされています。でもそれは、する側とされる側の親密度や、信頼度にも大きく左右されると思います。まぁ、日本では治療に用いる医師は少ないですけどね」
「先生はどうですか?俺のハグは効果ありますか?」
「ありますよ。本條さんの前で、他の人の名前を出すのも、比べるのも気が引けますが、関谷にされるよりも、抜群に効果あります」
そう言うと先生は、俺の身体にしがみつくように、抱き返してきてくれた。
「相変わらず、関谷先生には手厳しいですね。それとも、何か言われたりしたんですか?」
「聴いて下さい!アイツ朝から「今日はご機嫌だなぁ」だとかそういった事を、顔を合わせる度に何回も言うんです」
「あ〜いかにも、関谷先生っぽいですね」
その時のその光景が容易く想像できて、笑ってしまいそうになった。
「本当に何回、殴ってやろうかと思った事か・・・」
「どんな理由があっても、殴ったらダメですよ」
「解ってますよ。しかも職場ですからね、ちゃんと我慢しました」
「よく出来ました。でも先生・・・そう言われるって事は、顔とか態度とかに出てたんじゃないですか?」
俺が何となく言った言葉に、先生の身体が一瞬だけビクッとした。
「いや、だから、さっきの本條さんの話じゃないですけど・・・俺も、本條さんと似た様な事を考えたり、思ったりしてたんです。やっと会えるんだと思ったら、嬉しくてずっとそわそわしたり、変な緊張をしたりして、落ち着かなかったんです。たった一週間、会えなかっただけなのに、これじゃあ先が思いやられます」
「それで関谷先生に、言われ続けてたんだ」
「顔や態度には出してないつもりだったんですけど、流石に関谷にはバレますね」
そりゃあ、先生の素の顔を見る事が出来るのは、俺以外だと、関谷先生か副院長先生くらいだろう。しかも、家族同然の仲なのだから俺以上に、先生の色んな顔を知っているハズだ。
(今度からは俺も、先生の色んな顔を見る事が出来るんだな)
「あ~これ、ハグしてる方も癒されますね」
「ただこうして抱き合ってるだけなのに、割りと効果ある気がしますね」
「治療に取り入れますか?」
「入れないです」と言って、先生は首を横に振った。
「即答ですね」
「例え治療だとしても、今の俺には本條さん以外の誰かと、こういう事をする気はありません」
先生はそう言いながら、俺の身体に顔を擦り付けてきたので、思わず(猫みたいだな)と思った。
「随分と甘えてきますね」
「甘えてるというより、本條さんを充電してます」
「物は言いようですね」
「本條さん、本当に緊張してたんですか?」
「してましたよ。でもさっき、先生に事の顛末を話したら、スッキリしました。それに、先生もそう思っていてくれたんだと思うと、嬉しくなりました」
そうは言ったものの、さっきとは違う緊張をしている。先生が俺の腕の中に収まっているのだと思うと、どうしても意識せざるを得ない。
(キスしたいけど、今って一応カウンセリング中・・・でも、ハグならもう少しこうしてても平気かな?)
「本條さん」と不意に呼ばれて、心臓が口から飛び出るかと思った。
「は、はい。あ〜そろそろ離れないとダメですよね」
俺がそう言うと、先生は俺の顔を見てボソボソと呟いた。
「いや、その・・・仕事中なんですけど、キスしたいなと思って・・・」
「先生は俺の心が読めるんですか?」
「は?」
「俺も同じ事を考えてました。でも一応、カウンセリング中だから我慢してたんです」
「普通はそうです。そう、常識的に考えてそうなんですけど・・・でもこんな事してたら、嫌でもそういう気になります。それに一応そういう仲なんですし・・・」
先生は表情こそいつも通りだが、不慣れながらも、ちゃんと気持ちを伝えようとしてくれている。先生の言葉には、ちゃんと気持ちが込められている。
「じゃあ、キスだけなら大丈夫ですかね?」
「大丈夫だと思います」
「なら、しましょうか・・・」
そう言うと俺は、先生のその唇に触れた。退院するまでの間、二人で過す時間があればキスはした。だいぶ慣れた気がしなくもない。それでもまだ、ほんの少しの気恥ずかしさと、自分でも解るたどたどしさ。
(上達してんのか自分じゃ解らないけど、何となく先生の顔がエロくなっていってる気が・・・いや、それはちょっと自惚れ過ぎかな)
俺は口を離して「あの・・・先生。これくらいにしておきませんか?」と言った。
「あ、そうですね。これ以上は色々と、我慢出来なくなりますね」
先生のその言葉に、思わずドキッとした。初めて先生と途中までやった時の、先生の言葉が未だに思い出される。
(そりゃあ、ここじゃあ最後までは出来ないし、しないけど。なら、いつなら出来るのか・・・って、我ながら下心丸出しだな・・・)
好きだった人と付き合えて、こうしてキスしたり、それ以上の事も、少しだけどやった。まぁ、普通はそういうものだとは思う。思うけど「でもなぁ〜」と、思わず口に出てしまった。
「でも・・・何ですか?まさか、ここで最後までヤるつもりですか?」
「あ〜違います、そうじゃないです。しませんよ。ここ先生の職場ですし・・・」
「ここが職場じゃなかったら、最後までしたかったですか?」
(ん〜それはそれで何か違う気がしなくもないんだよな。それじゃあまるで、ソレ目的みたいじゃん)
「でも、本條さんが通院の時にしか会えないです。そもそも、お互いの勤務時間が不規則ですから、予定を合わせるのが難しいんですけど・・・」
「そうですね。俺も今はまだ復帰したてって事で、割りと時間は作れますけど、本来の仕事量に戻っちゃうと、先生と電話すら出来ないんじゃないかって不安になります」
「先々の事を考えて不安になる気持ちは、俺も同じです。かといって、何をどうこう出来る訳ではないんですけどね・・・」
先生と俺は、カウンセリングという本来の目的を忘れ、全く違う事に頭を悩ませ始めていた。そこへ、ドアがノックされる音が聴こえて、慌ててお互いの身体を離した。
ドアのノック音で我に返り、身体を離しながらも、心の中で(チッ・・・)と舌打ちをした。
「カウンセリング中に申し訳ありません」と言って、関谷と野崎さんが入って来た。
「まだ時間じゃないですよね?何か急ぎですか?」そう俺が聞くと、関谷が「あ~急ぎのような、そうでもないような・・・」と、曖昧に答える。
俺は今日一日分のイライラをぶつけるように、関谷に「時間が勿体ないので、ハッキリ言ってくれませんか?」と言った。
関谷は俺の物言いを気にもせず、唐突に「元宮先生は、確か明日休みですよね?」と聞いてきた。
「明日?そうです、休みですけど・・・?」そう言いながら、何となく本條さんを見た。彼も、何が起きているのか解らないといった顔をしていた。
(例え俺が休みでも、本條さんは仕事なんだよな〜)と、何となく寂しい感じがした。このカウンセリングが終わったら、また来週まで会えないのが、解っているからかも知れない。
(たかが一週間、されど一週間。一週間がこんなにも長くて、待ち遠しく思う日がくるなんて・・・考えた事もなかったな)と思った。
「それで、野崎さんは?もしかして、急な仕事でも入りました?」
彼は真剣・・・というか仕事モードな顔をして、野崎さんに聞いていた。
「違います。明日の仕事ですが、先方の都合で、急遽キャンセルになりました」
「え、じゃあ明日は・・・」と言って、そこで言葉を切ったかと思うと、子供のような顔をして俺を見た。
「はい。一日お休みです」
「やった〜!一週間振りの休み!って俺、まだそんなに仕事してないですけどね」
休みという事に素直に喜んでいたのが、急に恥ずかしくなったのか、急に謙虚になった。そんな彼を見て(本條さんらしい)と、微笑ましく思った。
すると、野崎さんが俺を見て話し出した。
「それでですね、元宮先生にお願いしたい事があるんです」
「お願い・・・ですか?」
「はい。明日・・・いや、出来るなら今日の夜から、青葉くんのお世話をお願いしたいんです」
「えっ?!」と俺だけじゃなく、彼までもが驚いてしまった。
野崎さんは俺達が付き合っている事を、彼が退院する時には既に知っていた。きっと、彼が話したんだろうとは思うけど。
「急にこのようなお願いをして、本当に申し訳ないんですけど、青葉くんが休みになっても、私は休みにならないんです」
「いや、でも、だからといって・・・」
「先生はお料理も出来るそうですし、何より、青葉くんの変化にも、すぐに気付くでしょう」
(いやいや、なんでこうなる。確かにさっきまで、なかなか会えない事を、二人で憂いてはいた。一緒に過ごせるのは、素直に嬉しい。だけど・・・)
このあまりの急展開に、俺の思考が追い付かない。
「カモフラージュの為に、先に私が青葉くんを連れて帰ります。それに先生はまだ、仕事が残ってるでしょうから」
俺はどうしたらいいか解らず、彼の顔を見たが、顔を赤くして固まっていた。仕方なく、関谷を見ると、何故か神妙な顔をしていた。
(なんでこういう時だけ静かなんだよ)と、嫌味を言いたくなった。すると関谷が「大丈夫だろ」と、まるで、俺の考えを読んだかのような事を言って、話しを続けた。
「仕事が終わったら、俺が送って行くよ。買い出しもするだろうしな」
「いや、俺まだ行くって言ってない。大体、着替えとかもないだろう」
「え、先生、来てくれないんですか?」と彼は、しょんぼりしたような顔をした。
(その顔は狡い・・・断われないじゃん)
「仮にこの話を断って、明日こっそり二人で会うという事になっても、現状では何処にも行けませんよ。キツい言い方になりますが、二人が付き合うという事はそういう事です」
確かに、野崎さんの言う通りだ。冷静に考えると、二人で休みを過ごす事は、普通の同性愛者達以上に、簡単にはいかないだろう。
退院したての本條青葉が、昼間から男とデートさながらに遊んでるなんて、ゴシップ誌がいかにも喜びそうなネタだろう。
これが、同業者や同年代の友達なら、なんとか誤魔化せるかも知れない。けれど、俺みたいな一般人とでは、誤魔化し切れない。
そう思うと、頭も心も不安でいっぱいになる。それでも俺は、彼自身も彼の心も想いも、大切にしたい。何より俺が、彼を失いたくないと思ってる。
(まぁでも、現実はそう甘くないんだよな。かと言って、彼の為に身を引くのは、何か違う気がするし・・・)
そんな事を考えていたら、彼が先に口を開いた。
「でも俺は、先生と別れるつもりはありませんから」
「解ってますよ。別れさせようなんて、1ミリも思ってません。第一、無理にでも別れさせようとすれば、青葉くんの事ですから、仕事を辞めると言い出すでしょう?」
「そりゃあ・・・仕事好きだし<辞めたくはないです。でも、それ以上に先生の事が大切で大好きなんです。なので、どっちかを選べと言われたら、俺は迷わず、先生を選びます」
「あっはは・・・やっぱり本條さんですね。そう言うと思ってました。ね、野崎さん」
そう言って笑いながら、関谷は野崎さんを見た。それを受けて、野崎さんが再び話し始める。
「そうですね、青葉くんらしいです。話を元に戻します。そういう訳ですので、二人には申し訳ありませんが、我々が最善策を打ち出すまでは、こういう方法しか取れないという事を、覚えていて欲しいんです。行動など制限され、退屈で窮屈に感じるかも知れませんが、もう少し我慢して貰えたらと思います」
「つまり、別れなくて良いって事ですよね?それなら俺は、いくらでも我慢します。でも・・・」
そう言って、今度は彼が俺を見た。プライベートなのに、いつになく真剣な顔をしている。その顔を見て俺も、腹を括る事にした。
「野崎さんや事務所の方に、交際を認めて貰ったと言っても、世間体などを考えたらそう甘くないのは解っています。それに、本條さんの立場を考えるなら、別れた方が良いのだろうという事も考えました。これから先の・・・将来的な事も含めた上でも、生産性のない関係は破綻しやすいです。ですから、選択肢の一つとして、別れるというのもありだとは思いました」
「先生・・・?」と、今度は不安そうな顔をしていた。そんな彼に、俺は(大丈夫)という気持ちを込めて、無言で頷いた。
「確かに将来の事は解りません。ゴシップ誌に面白可笑しく書かれたり、後ろ指を指されたりするかも知れません。そんな事になれば、本條さんの経歴や将来に傷が付く。俺の所為で、病院側にも迷惑が掛かる事も解っています。でもそんな事を嘆いて憂いて、今の幸せを手放す気はありません。今の俺は、本條さんと一緒に居たい、という気持ちでいっぱいです。なので俺も、野崎さんの提案を受け入れます」
この一週間の間に、あれこれ考えていた事や、思っていた事を、一気に吐き出すように話すと、関谷が驚いた顔をしていて「変わったな」と呟いた。
「これからはずっと、先生と一緒に居られる・・・」
「今日と明日だけですよ」すかさず俺がそう言うと、彼は「そうですけど~」と言って、またしょげてしまった。
「では話が纏まった所で、少し早いですが私は会計を済ませて、青葉くんと先に帰ります。元宮先生には、青葉くんの部屋のスペアキーをお渡しておきます」
「お預かりします」と言って、俺は鍵を受け取った。
「じゃあ、俺達も早いとこ終わらせますか。あ、そうだ、本條さん。食べたい物があったら、今のうちにリクエストしといた方がいいですよ」
関谷の余計な一言に、俺が口を挟む間でもなく、彼は物凄い勢いで食い付いてきた。
「え、先生の料理が食べれるんですか?本当に?」
「あ〜・・・はい。俺の料理で良ければですけどね」
「食べたいです!嬉しいなぁ〜何がいいかな?でも先生も仕事の後で、疲れてて作るの大変だろうし・・・簡単に作れる物でいいです!」
興奮している所為か、いつもの如く声が大きくて煩い。でも、満面の笑みで答える彼が可愛くて、二人が居る事も忘れて、思わず抱き締めたくなった。
「では仕事が終わり次第、一旦帰宅して、買い出ししてからお伺いします」
「待ってます!」
俺は(変な事になったな〜)と思いつつも、心のどこかで、浮かれている自分が居る事に気付いた。こんな気持ちを抱くのも、初めての事だ。
(好きな人の家に行くだけの事なのに、こんなにも浮かれるなんて・・・何だこの乙女思考)
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