第2話

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第2話

Karte ― 1 「どうしても答えたくない質問は、無理に答えなくてもいいです。ですが、なるべく正直に答えて下さい」 診察が始まっても表情を変える事なく、淡々と話をする元宮医師。 何となくの知識でしか知らない世界。しかも普通の病院とは違うと思うと、拭い切れない不安がどんどん大きくなる。 「本條さん。先に俺や関谷に対して何か聞きたい事や、話しておきたい事はありますか?それと・・・そうだな・・・え〜と、この手の話は今はしたくないとかあれば、言って下さい」 俺の不安を感じ取ったのか、元宮医師なりに気を遣っているのか、言葉を選びながら話をしている。 「今は話したくない・・・ですか?」 「俗に言う地雷って言うんでしたっけ?若い子達がよく使ってる流行り言葉です」 「あぁ・・・地雷か・・・」と言ったものの、自分でも何がセーフでアウトなのか、解らない。なので、聞きたい事を聞いてみる事にした。 「元宮先生と、関谷先生のその・・・役割りの違いってなんですか?」 「大まかに説明すると、関谷は精神疾患や依存症などの疾患を診ます。俺は心身症からくる身体異常や障害の有無や疾患を診ます。ついでに言うと、俺はカウンセリングの資格もあるので、患者の希望や症状に応じて、カウンセリングも行います」 大まか過ぎて解らない、というのが正直な気持ちだった。更に言うなら、カウンセリングで話を聴いて貰うだけで、病気が治るのかとか、それで何かが変わるのかとか全く解らない。 「細かく説明すると、専門的になり過ぎて余計解りずらいと思うので、そんなものかという認識でいいです」 「そうなんですね、解りました」と俺が言うと、元宮医師は少し考えてから話出した。 「あとそうだな・・・カウンセリングは、愚痴や悩みを聴いて貰う感覚に近いです。単なる話し相手の様な感覚ですかね。でも、カウンセリングは・・・それこそ個人差なので、患者が必要ないと言えば、無理には行いません。強制力もないので今後、本條さんが必要ないと思ったら、カウンセリングは行いません」 「えっと・・・よく知りもしない相手に、そんなに色々と話せるもんですか?」 そう言って俺は、さっきから感じてた素朴な疑問をしてみた。 「知らないからこそ、話せる事もあると思いますよ。身近にいる相手には、心配や迷惑を掛けてしまうのではないかと、逆に構えてしまうでしょ?」 「確かにそうかも」と、心当たりがある身としては素直に納得したと同時に、ふと(ん?)と思ったけど、上手く感情にならなかったので黙っていた。 「他に聞いておきたい事はないですか?」 「特に今はないですね」と俺が言うと、元宮医師は手元のカルテらしき物に視線を落として言う。 「それなら、そろそろ本題に入ってもいいですか?」と元宮医師が言うので、流れのまま「はい、よろしくお願いします」と、返事をした。 ー眠れない、または寝た気がしない等という自覚はありますか? 「はい」 ーそう自覚したのがいつ頃だったか覚えてますか? 「いえ、覚えてないです。忙しくて寝る時間が少ないというか・・・短いのは、日常的でしたから」 ーそれが少しづつ、いつもと違うと思い始めたんですか? 「そうです。漠然とですけど。最初は、何かいつもと違うな〜くらいでしたけど」 ーではそれを強く意識し始めたのはいつ頃ですか? 「強く意識し始めた・・・ん〜そう、感じ始めたのは・・・1ヶ月くらい前かな・・・」 ーなるほど。ちょっと質問を変えます。食欲が失せた、痩せたという自覚はありますか? 「あります。でもこれも、忙しいと後回しにしてしまう事もよくあったので、最初はあまり気にしていませんでした」 ーその頃は、例え後回しにしても、キチンと食べていたという事ですか? 「はい。休憩時間や、移動中などに、時間を見付けては食べていました」 ー今はどうですか?食欲はありますか? 「食べたいとは思います。早く良くなりたいので。でも実際、食事を目の前にすると、食べれなくなります」 ーそういう時、吐き気がしたりしますか? 「ん〜たまに。吐き気というか・・・気持ち悪くなります」 ーその状態になってから、実際に吐いた事はありますか?」 「それはないです。気持ち悪いと思うと、食べれなくなるので、食べないままで・・・。なので、吐くまでにはならないというか・・・」 今までの事を振り返りながら話をしているだけなのに、何故か気持ち悪くなってきてしまった。 そんな俺の様子に気付いたのか、元宮医師が「一旦質問を止めます。少し休憩にしましょう」と言った。 「でも・・・」と俺が言うと、元宮医師は「こういうのは、焦るのが一番良くないんです」と言って、ソファから立ち上がった。 そして、ベッドの傍に置きっ放しにしていた、俺の荷物に気付いて口を開いた。 「そう言えば此処に来て、所持品検査は済ませました?」 「所持品検査?」 なんの事だから解らず、オウム返しの如く俺が言うと、元宮医師は「ったく・・・」と呟いて、眉間に皺を寄せた。 「此処では持ち込みが可能な物と、そうでない物があるんです。入院案内に書いてあった筈です。入院手続きが済んで病室に行くと、念の為に所持品検査をする決まりになってます」 「そうなんですね。所持品に関しては、野崎さんに任せっきりでしたが、持ち込み禁止の物は入っていないと思います」 「それを確認する為の所持品検査です。看護師は何をしていたんだ」と、明らかに不機嫌になった。 「この病室までは、事務員の方が案内してくれましたけど、看護師の方はいませんでしたよ」 告げ口の様な事を言うつもりはなかったけど、隠してもすぐにバレるだろうし、病院側の落ち度なら、野崎さんが悪く言われるのは嫌だと思って、正直にそう答えた。 すると、元宮医師がポケットから院内用の物であろう携帯を取り出した。 「あ、俺だけど。いや、まだ終わってない。あぁ・・・そっちもか。けど急ぎの用件が出来た。至急こっちに戻って来て欲しい・・・それは後回しだ。いいから早く戻って来い」 相手は恐らく、野崎さんと一緒に応接室に行った関谷医師だろう。 (関谷医師って、次期副院長と言われてるんだよな)と、野崎さんが調べてくれた、この病院の事を思い出した。 (そんな次期副院長に対して、戻って来いって命令するこの人って・・・)と思った。 大きな病院内でのカースト制度の事は、仕事の関係で聴いた事はあるけど、詳しくは知らない。だから単純に、医師一覧の様な物に書かれてある順に、偉いんだと思い込んでいた。 でも確かに、元宮医師と関谷医師の遣り取りを最初から思い返してみると(あながち間違ってないんだな)と思ってしまう。 「関谷達が戻って来たら、所持品検査をします。これは強制で、入院する方は例外なく受ける決まりですので、ご了承ください」 ハッキリと言い切る元宮医師に、俺は素直に「はい」と答えるしかなかった。 ドアがノックされ、関谷医師と野崎さんが入って来る。応接室は隣りだと行っていたから、戻って来るのに時間は掛からなかった。 「此方の不手際とはいえ、呼び戻してすみません」と、元宮医師が野崎さんに謝罪する様に言うと、関谷医師に向かって露骨に怒りを顕にした。 「ちゃんと指示は出してたんだろうな?」 「当たり前だろ。あ、でも今朝はほら・・・」 そう言葉を濁しながら、必死に取り繕うとする関谷医師に、元宮医師は一瞬、眉尻を上げたかと思うと、俺達の存在を忘れるかの様に、凄い剣幕で怒鳴った。 「言い訳は要らないんだよ。小さいミスが取り返しのつかない大きな事故になるんだ。今朝の事だってー」 「灯里。患者さんの前だぞ、落ち着け。それより早く検査しないと、問診の時間がなくなるぞ」 元宮医師の言葉に、関谷医師がその肩を掴みながら、被せる様に諭す様に言った。 元宮医師はハッとして「あっ・・・すみません」と、呟く様に謝った。 あの無愛想な顔が、この時だけは少し、苦痛に歪んでる様にも見えた。 「それでは始めますか。本條さん、不快に思われるかも知れませんけど、決まりなんで持って来た荷物を、全部見せて貰ってもいいですか?」 関谷医師が笑顔でそう言いながら、俺の手元を覗き込む。俺は「あ、はいどうぞ」と言って、荷物を取り出してその場に広げた。 「え〜と・・・下着、Tシャツ、部屋着・・・あ、本條さん。すいませんがズボンの紐を外してもいいですか」 「ズボンの紐もダメなんですね」と言ったのは、さっきから黙っていた野崎さんだ。 「ズボンもダメですね。見えないだろうと思っていても、見てる人は見てるもんなんですよ」 関谷医師がそう言うと、俺も野崎さんも「へぇ・・・」と関心する様に、声に出してしまった。 「全員が全員という訳じゃありませんけどね。あぁ、退院時にはちゃんとお返しするんで、心配しないでください。元宮先生、これ預りです」 そう言いながら、元宮医師に紐を渡す。渡された元宮医師は、メモを取ると、紐をジッパー式の袋に入れた。 「これはMP3か・・・どうする?」 「最新のやつか。音楽だけならいいけど、余計なアプリなんかは、今の段階だと許可しにくい」 「あの、大丈夫です。音楽しか入ってないというか、聴いてないです」 俺は慌てて否定する様に言うと、元宮医師は頷いてから話を続けた。 「あとイヤフォンは、ワイヤレスじゃないと許可は出せないですけど・・・」 「イヤフォンはワイヤレスです」と野崎さんが、実物を指を差しながら言った。 それを受けて、元宮医師は俺を見て念を押す様に言った。 「でも、本当に音楽だけですよ。ラジオ等の視聴も控えて下さい。あと充電器は預かります」 「充電が必要な時はどうすればいいですか?」 「看護師か、関谷か俺に言ってください」と言って、さっきと同じ様にメモを取って、充電器も袋に入れた。 それからも、関谷医師と元宮医師で、話し合いながら仕分けをしていく。終わった時には、持って来た荷物の3分の1くらいが、預かり対象になっていた。 「大丈夫だと思っていた物も、ダメな物が多いですね」 野崎さんがそう言って、しゅんとした顔をした。 「でも本條さんの場合はすぐ、手元に戻って来ると思いますよ。ねぇ、元宮先生?」 関谷医師が話を振ると、すっかり無愛想に戻った元宮医師が、淡々と話をした。 「あぁ・・・まぁ、本條さんは個室ですしね。外に持ち出さないというのであれば、可能ではあります。ただ今後の治療次第では、どう変わるか解りませんけどね」 そう言うと、徐に時計を取り出した。そして、時間を確認しながら、関谷医師に小声気味に言う。 「昼食までそんなに時間がないな。どうする?」 「まだ終わってないんだろう?まぁ、こっちもまだ終わってないけどな」 「どうするかな・・・今日の午後は外来の予約が入ってる。関谷は?」 「俺も同じだな。何処か空きそうか?」 「無理だな。どの時間帯も埋まっている。大体にして、隙間時間に出来る訳ないだろ」 何やら二人で午後の予定を話しているようだった。関谷医師まで難しい顔をして、考え込んでいる。 「でも今日中に必要最低限の問診をしておかないと、明日のカンファレンスに間に合わないな・・・」 「それなら夕食後にするか。どうだ?それなら間に合いそうか?」 「ギリギリになるかも知れないけど、なんとか間に合うと思う」 「それじゃあ・・・」と呟きながら、関谷医師が俺達を振り返って話した。 「お二人共、大変申し訳ないんですが、夕食後にまたお時間を設けて貰ってもいいですか?明日までに、必要な問診を行っておきたいんですが、既にこんな時間になってしまいました。僕と元宮先生はこの後も予定があるので、都合がつくのが早くても夕食後になってしまうんです。その時間、またお話を聴かせて欲しいんですが・・・野崎さんも、お仕事が入ってると思うので、難しいとは思いますけど、どうですかね?」 すると野崎さんが慌てて、スケジュールの予定を確認した。 「19時でしたら大丈夫です。空けておきます」 それを聴いた関谷医師と元宮医師が、頷いて「すいませんがお願いします」と言った。 そして元宮医師が俺を見て話し出す。 「本條さんは、時間までゆっくり過ごして下さい。食事は出来そうですか?」 「正直、食べたい気持ちはないです。でもパウチのゼリー飲料みたいな物なら・・・」 「解りました、それらしい物と点滴を用意させます。それから、一人で病室の外に出るのはやめて下さい」 「はい・・・」そう力なく言うと、元宮医師が淡々と話続ける。 「まだ体力が戻ってない状態で、一人で出歩くのは危ないです。それに、本條さんはとても人気のある俳優さんなのだと聴きました。そういう意味でも、一人で病室から出るのは、やめておいた方が懸命だと思います」 俺は元宮医師の言葉に、再び俺は(ん?)となった。 そしてそれが、元宮先生の言葉の端々から「貴方の事は知らない」と言いたげな、関心の薄さがさっきも感じた違和感だと思った。 自惚れるつもりはないけど、これでも俺はかなりの有名人だと思っている。思っているというか実際、そう自覚せざるを得ない所でもあるけど。 テレビに映らない日はないと言っても過言ではないだろうし、かなりの頻度で雑誌の表紙も飾っている。 ドラマに限らず、バラエティー番組にも出ているし、ニュースの芸能コーナーに出た事もあった。 なので(この日本で、俺を知らない人がいるって事?)と思わず、心の中で驚いた。 「あははっ。すいまんね、元宮先生はそういう事に疎いんですよ。僕は逆にミーハーなので、今すぐにでもサインが欲しいところですけどね」 関谷医師が面白そうに、笑いながら話すと、元宮医師がムッとした顔で「疎くて悪かったな」と言った。 「でもそういう事を知らない方が、本條さんには、何かと都合が良いかも知れませんよ」 関谷医師がそう言うと、野崎さんが「なるほど・・・」と納得した様な顔で言う。 「それはあるかも知れないですね。変に知られていると、青葉くんの事だから本音は言わなくなるでしょうし」 「野崎さん、それどういう意味?」と、今度は俺が少しムッとした。 「変にカッコつけたり、見栄を張らなくて済むという事でしょう。実際、そういう風に取り繕われると、治療がし難くなります。まぁ、そういうのを取っ払って話を聴くのも、元宮先生の上手いところですけどね」 「え?」と小さい音量だったけど、思わず口に出てしまった。そっと窺う様に元宮医師を見遣ると、眉間に皺を寄せつつ、引き攣った笑いを浮かべていた。 「関谷っ・・・先生。余計な事を言うと逆に警戒されて、やり難くなるんだけど」 そんな元宮医師の顔を見て、心の中で(こういう顔もするんだ)と思った。関谷医師がにやにやしながら、元宮医師に謝っている。 (この二人って仲良いんだな)と思っていたら、俺の視線に気付いたのか、元宮医師の表情が一転して元通りになってしまった。 それを関谷医師も見てたのか、察した様に俺達の方を向いて話を始めた。 「話が逸れてしまってすみません。では改めて・・・19時にさっきの続きをします。お二人共、それでいいですか?」 「はい」と、野崎さんとハモって返事をした。 「それでは一旦、僕達は失礼します。何かありましたら、遠慮なくナースコールを押してください」 関谷医師がそう言ってドアを開けると、元宮医師も会釈をして病室から出て行った。 二人が出て行くと、野崎さんが「はぁ~緊張した」と言った。そして続け様に口を開いた。 「青葉くん、大丈夫でしたか?」 「大丈夫って何が?」 「こんな言い方はどうかとは思いますけど、元宮先生って、無表情でちょっと近寄り難い雰囲気ですし、話し方も少し乱暴じゃありませんか?」 野崎さんの言う通りで、俺も最初はそう思っていた。なんせ自分から「作り笑いも出来ますよ」と言い出すのだから。 でも俺は、心の中で(違うんじゃないかな)と思った。だけど、自分でも何がどう違うのか解らなかったから、あまり気にしない事にした。 「問診の時は普通だったよ。まぁ、無表情ではあったけど、近寄り難い感じはしなかったな」 「青葉くんが相手だと違うんですかねぇ」 「俺だからって訳じゃないと思うけどね。だって俺の事を知らなかった訳じゃだし」 「いくらそういう事に疎いと言っても、青葉くんくらい、トップクラスの俳優を知らない人がいるとは驚きですよね」 「あと・・・俺からすると、元宮先生の口が悪くなる原因って関谷先生じゃない?だからかも知れないけど、関谷先生に対しては遠慮がないっていうか・・・素なのかなって思ったけど」 俺が思っている事を話すと、野崎さんは少し顔を顰めてこう言った。 「まぁ、確かに関谷先生は関谷先生で、軽い感じがしますね。明るくていかにも親切そうですけど、本当に信用しても良いのか、判断に困ります」 「野崎さんって、疑い深いよね」 俺は冗談半分で言ったのに、野崎さんがムキになって反論してきた。 「青葉くんはもう少し、疑う事を覚えた方がいいです。青葉くんは、何でもかんでも真に受けてしまうんですから。ですからその分、私が疑う役目をしないと」 「そんな事・・・まぁ、気を付けます」 本当は「そんな事ない」と言いたかったけど、何故か言ってはいけない気がして、思わず黙ってしました。 するとドアがノックされて、カートを押しながら「失礼しま〜す」と、男性の看護師が入って来た。 「本條さん、点滴しますから腕を出して下さい」と言われ、おとなしく腕を出すと、看護師は手際良く点滴の針を刺した。 「点滴が終わる頃にまた来ます。あと、元宮先生に言われてこれを・・・持って来ました」 そう言うと、テーブルの上にドサッと、大きい袋を置いた。 「中を見てもいいですか?」と聞くと、看護師は「どうぞ。本條さんに渡す様に言われた物ですから」 俺は袋の中を見ると、思わず驚いて「こんなに?」と、呟いてしまった。 中身はさっき元宮医師に希望した、パウチのゼリー飲料だった。それだけではなく、他にも普通のゼリーや栄養補助食品のスティックバーも入っていた。 「これはジュース?」と、俺は手にした缶を見ながら首を傾げた。すると看護師が、俺が手にした缶を見て言う。 「あ、それ。小さい子に人気なんですよ。俺は今でも好きですけどね。それ飲む前にめちゃくちゃ振らないとダメなんです。でもどんなに振っても、最後は下の方にゼリーが残っちゃうんですよね。俺の飲み方が下手なのかも知れませんけど」 そう笑いながら話をする看護師が、付け加える様に話をする。 「それ全部、元宮先生が買ってきたんですけどね。普段そういう物を買わないから、購買のおばちゃん達も、ビックリしたんじゃないかな。ナースステーションのスタッフ達もビックリしてましたしね」 「え、わざわざ?元宮先生が?」と聞くと、看護師が頷いて答え始める。 「そうです。ナースステーションに来て、俺に点滴の指示を出した後、この袋を差し出して「よく解らないから、それらしき物を買ったけど大丈夫かな?」って聞かれました」 「よく解らないって・・・」 「先生こういう物を好まないから、何が良いのか解らなかったんだと思います」 「あぁ、そういう事ですか・・・あ、そうだ。お金を払わないとダメですよね」 慌てて俺が言うと、看護師が「それは多分、後から請求書に載ってくると思いますよ」と言った。 「青葉くん、そういう事は私がやりますから、気にしなくていいですよ」と野崎さんが言うと、気付いた様に「今食べられそうな物以外は、冷蔵庫に入れておきますね」と言った。 すると今度は、それを聴いた看護師が指示を出す様に言う。 「あ、出来れば常温でお願いします。あまり冷やし過ぎると胃に負担が掛かるので」 「そういうものですか」そう言う野崎さんに、看護師が色々とアドバイスをしている。 俺は二人の会話を余所に、袋の中をもう一度見た。すると、さっきとは違うスティックバーの箱に、付箋が貼ってあるのを見付けた。 付箋には走り書きで「食べられそうな物を少しづつ。無理して食べようとしない事」と書いてあって、最後に「元宮」と書かれていた。 俺は何故か、心が暖かくなる気がするのと同時に(やっぱり何か違うんだよな〜)と思った。でもそれが何なのかは、やっぱり解らなかった。
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