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同人誌本 第1話分〜試し読み
Nature or Instinct?
目次
第一章 無意識と無自覚 ───3
第二章 思考と感情 ───120
第三章 Nature & Instinct ───233
書き下ろし ~ Each shape ───355
―――――
第一章 無意識と無自覚
1
「青葉くん待って下さい。そんな身体では無茶ですよ」
「大丈夫、ちょっと寝不足なだけだよ。それに、これくらいで撮影に穴を開ける訳にはいかないしね」
笑いながらそう言って玄関のドアを開けると、俺の意識はそこで途切れた。
目を覚ますと見慣れない白い天井が視界に入り、消毒液やら薬品だかの臭いがした。(ここは……病院?あぁ、俺……倒れたのか……)
どうやらあのまま、意識を失って病院に運ばれたのだろう。強がって現場に行こうとしたはいいけど、倒れてしまったら結局は撮影に穴が開く。そう思った所で(やばい、今何時なんだ?)と腕を動かそうとしたら、関節の内側に微かな痛みが走った。
痛みが走った所を横目で見ると、点滴の針が刺さっていた。そこから管が伸びていて、液体の入ったパックまで続いていた。辛うじて利き腕は動かせる様で、俺は利き腕だけで身体を起こそうとした。
少し起き上がった所で「っ……」と、思わず悶絶してしまった。それに加えて酷い頭痛。今にも頭が割れそうだし、目眩で平衡感覚が保てない。
それでも何とか手を着いて、身体を支えて深呼吸をしていると、突然ドアが開いて「青葉くん、何をしるんですか!」と血相を変えて、マネージャーの野崎さんが駆け寄って来た。
「貴方はまだ、安静にしていないとダメなんです。さぁ、早く横になってください」
「でも撮影が──」と言った瞬間、野崎さんが被せる様に「暫く仕事はお休みです」と言った。
「え、暫く?暫くって……どのくらい?撮影だって、取材だって、他の仕事だって入ってるでしょう?」
俺の剣幕に野崎さんは一瞬たじろいだものの、すぐに気を持ち直してハッキリと断言する様に言う。
「青葉くんには、最低でも一ヶ月は休養して貰います。これは医師と事務所の判断です」
「そんな、たかがちょっとの寝不足で一ヶ月の休養とか大袈裟でしょ?」
俺は鼻であしらう様に言ったが、野崎さんは大いに真面目な顔をして言う。
「青葉くん。貴方……本当は、殆ど眠れていませんでしたね?」
その言葉にドキッとした。野崎さんの言う通り、実は眠れない日が続いていた。例え眠れても、眠りが浅いのか寝た気は全くしなかった。
「それに、食欲も落ちていましたね?もしかしたら、きちんと食べていなかったのではないですか?」
「仕出し弁当は食べてたよ」とボソボソ言うと、今度は野崎さんが凄い剣幕で捲し立てた。
「殆ど残していましたよね?好きな物にも、箸を着けた様子が全くなかった気がします」
さすが長年、俺のマネージャーだけじゃなく、付き人の様な世話係の様な事までしてきただけあると、思わず感心してしまった。
「あとこれは私の注意力と言いますか、危機管理も悪かったのだと思いますが……」
そこで一旦、野崎さんは言葉を止める様に言い淀んだが、意を決したかの様に力を込めて言った。
「青葉くんは働き過ぎです!碌に休みもなく、スケジュールはいつもパンパン。しかも数年先のスケジュールまで、ギッシリ埋まってるんですよ!」
そう言って野崎さんは、手に持ったスケジュール帳を開くと、俺の顔に近付けた。俺はそれを横目に、動く手でそっと押し退けながら野崎さんに言う。
「それは俺が望んだ事だから、野崎さんが気にする必要はないと思うけど」
「それです、それ!その言葉についつい、騙されました。普通に考えたら、丸一日も休みがないなんて、おかしいんですよ!」
いつも冷静沈着で理性的な野崎さんが、めちゃくちゃヒートアップしている。そんな野崎さんを宥めようと、俺は正直に思っている事を話した。
「騙したなんて酷いな~。そんなつもり全然ないのに。俺は仕事が好きだし、仕事が趣味みたいなものだから、丸一日も休みがある方が、俺にとっては落ち着かない」
「本心から、青葉くんが騙しているとは思っていません。言葉の綾です。寧ろ青葉くんは演技でもない限り、嘘を吐くのが下手ですからね」
褒めてるのか貶してるのかよく解らないけど、どうやら落ち着いてくれた様だ。
「ですが青葉くん、例えそれが──」と、野崎さんが話し始めたところで、病室のドアがノックされて、白衣を着た男性と看護師が入って来た。
「あ、本條さん。起きてはダメですよ。まだ身体を休めていて下さい」と、開口一番そう言った。
俺が仕方なしにベッドに横になると、看護師が布団を掛けたりして、甲斐甲斐しく世話を焼く。
「え~と、野崎さん。本條さんに現在の身体の様子と、それに伴う入院やこの先の話はしましたか?」
「いえ、すみません。まだ話していません」と言って野崎さんは、申し訳なさそうにしている。
「野崎さんが悪い訳じゃありません。俺が勝手に起き上がった所為です。話なら俺が聴きます」
「ならもう一度お話します。本條さんの意識がない間に、幾つかの検査をしました。それらの結果と、マネージャーである野崎さんの話から、今後の治療計画を立てました」
そう言って医師は、看護師から書類を受け取ると、更にそれを俺に渡して見せた。
「検査結果から、栄養失調と過労と判断しました。それに加えて、野崎さんの話を伺った上での、総合的な結論と治療計画です」
俺は受け取った書類を見ながら、医師の話を聴いていた。
「まず一週間、この病院に入院して貰います。そして、ある程度まで体力を回復させる治療をします。内容としては主に、点滴をしながら食事と睡眠の管理です」
「体力の回復に、一週間もかかるんですか?」と、素朴な疑問を投げ掛けた。
「本條さんはまだ若いからピンと来ないでしょうが、本條さんの身体は限界を迎えつつあります。本来なら治療に、もう少し時間が必要になるんです。ですがこの病院では、緊急の患者さんも多いですし、予約の患者さんもいます。なので申し訳ありませんが、長期間の入院が必要な患者さんには、他の病院へと転院して貰う事になっているんです」
医師のその言葉を聴いて、思わず(長期間の入院?)と思ってしまった。その間にも、医師は話を続ける。
「私は内科が専門ですが、本條さんの病気の根本的治療には、もっと専門の医者が必要だと思っています。ですがその専門医が、この病院には居ません。ですから、専門の病院へと転院して貰うしかありません」
「あの……俺の病気って、栄養失調と過労なんですよね?それなら内科が専門ではないんですか?」
状況を上手く理解出来ないまま、思った事を口にすると、野崎さんが遠慮がちというか、戸惑い気味に話す。
「あの、青葉くんの場合、その……単なる栄養失調と過労ではないみたいなんだよね」
「そうです。本條さんの場合、その栄養失調と過労の原因が、精神的な所から来てる疑いが強いんです。なのでそこにも書いてある通り、此処で少しでも体力を回復をさせて、専門の病院へと転院して貰い、然るべき治療をして欲しいと思っています。それに、そこに書いてある病院なら、腕の良い専門医ばかりなので安心して下さい」
丁寧に説明してくてるんだろけど、さっきから全くといってもいいくらい、思考が追い付かなかった。俺は辛うじて「精神的……?」と、気になった言葉を呟いた。
「まぁ、まずは体力回復が最優先事項です。点滴をしつつ、少しづつ固形物が食べられる様にしましょう。寝る前の薬も用意する様に指示を出してありますので、忘れずに飲んで下さいね」
言うだけ言って、医師は看護師を連れて、さっさと病室から出て行ってしまった。
「あ……青葉くん、ごめんね」
「別に野崎さんの所為じゃないでしょ。体調管理がなってなかったのは、俺の落ち度だしね。でも精神的なものって何だろう……?」
確かに野崎さんの所為ではない。単なる自分の落ち度だ。だけど、精神的なものが原因と言われても、全く心当たりがない。
「それは、そこに書かれてる専門の病院に入院すれば、解る事なんじゃないですか?」
「関谷総合メンタルクリニックね……野崎さん、時間があったら調べておいてくれる?」
「解りました」と言って、野崎さんは手帳にメモを取っている。
「入院に必要な物は、明日にでも持って来ます。何か欲しい物はありますか?」
そう聞かれて、咄嗟に台本と言いそうになったけど、きっと今の俺では反対される気がして言うのをやめた。俺は少し考えてから「いつものドリンクかな」と、返事をした。
(あ、そうだ……)と、目が覚めてからずっと、気になっていた事を聞いてみた。
「そういえば、今やってる撮影や仕事はどうするの?」
「撮影に関してはまだ決まっていません。今頃きっと、社長が先方と話し合いをしていると思います。他の仕事は、延期が出来そうな物は延期にして貰ってる筈です」
俺は(映画の話は白紙に戻るな)と思った。他の仕事に関しても、半分は断わざるを得ないだろう。
「記者会見って社長がやるの?」
「そうです。もしかしたら、私か広報の誰かが、同席する事になるかも知れないですけどね」
自分の落ち度で事務所の人達や関係者の人達に、迷惑や損害や心配を掛ける事になる。当然の事ながら、ファンの人達にも無駄な心配を掛けてしまうだろう。下手をしたら不安を煽ってしまうかも知れない。
最悪、仕事に戻れなくなるかも知れない……という可能性だってなくはない。そう思うと不安と焦りが込み上げてきた。
それを感じ取ったのか、野崎さんが話をすり替える様に言う。
「さて今日はもう遅いし、青葉くんはゆっくり寝て休んでくださいね」
「もうそんな時間なんだ」と言うと、野崎さんは慌てて自分の腕時計を外すと、ベッドサイドのテーブルに置いた。
「この部屋には時計がないんです。明日、時計も持ってきます。位置は此処で見えますか?」
「うん見える、ありがとう。あと……ダメ元で聞くけど、テレビやスマホは禁止だよね?」
「ごめんね、許可は出来ません。退屈だとは思うけど、今は何も考えずにゆっくり休んで欲しいんです。それはさっきの先生も言っていました」
いくら何でも退屈過ぎるのではないかと思ったが、今それを言っても仕方がないだろうと諦めた。
(まぁ、早く治せば済む事だしな)と、その時は軽く考えていた。
入院した翌日の朝イチに、野崎さんが必要最低限の荷物を持って来てくれたが、色々な対応に追われているのか、早々に帰ってしまった。
野崎さんが帰ってしまうと、検温や点滴の交換に食事の配膳をする時だけ、看護師さんが来る……という程度。俺が「風呂に入るか、シャワーを浴びたい」と言ったら、看護師さんは怪訝な顔で「先生に聞いてみますね」と素っ気なく言った。
芸能人とはいえ、相手にとってはただの患者に過ぎないんだろう。まぁ、あまり煩く詮索されたくないから構わないが、愛想が全くないのもどうなのだろう?と思ってしまう。
そんな感じで、入院した翌日は特に何事もなく、時間は過ぎて夜になった。運ばれて来た夕食に、少し口は着けたものの食べる気にはなれず、横になって目を閉じていると、看護師さんが食事を下げに来たのが解った。
それと入れ違う様に、両親と兄と妹が見舞いに来た。少し驚いたが、野崎さんが連絡したんだなと、俺はすぐに察した。
「わざわざ皆で来てくれたんだ。嬉しいよ、ありがとう」と、極力明るく振舞って言った。
「お兄、TVで凄い騒がれてるよ~」
「うちの会社でも、若い女の子達が騒いでたなぁ」
「野崎さんに聞いたけど、ちゃんと休みを取ってなかったんですって?」
「俺ですら有給はちゃんと、消化してるぞ」
矢継ぎ早に話をする家族に、上手く軽く相手をしながらも、胸の奥が少し熱くなるのが解る。
(こういう時に、家族の大切さを実感するんだな)と思った。
すると、ドアの向こうから面会時間終了を告げる、無機質なアナウンスが流れてきた。
「またゆっくり来るわね」
「とにかく今は養生するんだぞ」
そう両親が言うと、妹が「早く元気になってね」と言い、兄は黙ったまま俺の肩を軽く叩いた。そして三人は病室を後にし、残された俺はベッドに横たわった。
(急に静かになったな~)と思った。
いつもならこの時間はまだ仕事をしている。たまに早く終わると、誰かと一緒に食事をしている時もあった。そういう事がない限り、家で一人その日の反省をしたり、翌日の仕事について考えたり、台本を読み込んで過ごしていた。
そう思い返すと(確かに高校を卒業してから、何もしない日なんて殆どなかったな)と気付いた。それと同時に(もし仕事が出来なくなったらどうしたらいいんだろ……)とまたしても、漠然とした不安と焦りに駆られた。
ウトウトしながらも意識はハッキリしていて、考えても仕方ない事ばかりが、頭に浮かんでは消えた。そして結局、いつもと同じ様に碌に眠れないまま朝を迎えた。
その日も野崎さんは朝イチでやって来たが、差し入れを置いて早々に帰ってしまった。ただこの日は、入れ代わり立ち代わりで、俳優仲間が見舞いに来てくれた。一人で来た奴もいれば、何人かで来てくれた奴らもいた。
同じ事務所じゃなくても、こうして見舞いに来てくれるのは、素直に嬉しかった。後輩達が来てくれたのも単純に嬉しかった。
その翌日は、事務所の社長やスタッフさん達が来てくれた。
「社長、本当に迷惑を掛けてすみません。一日も早く治して、遅れを取り戻してみせます」
俺がそう言うと、社長は少し困った様な顔をして言った。
「役者は身体が資本だ。後の事は俺達に任せて、とにかく今は治す事だけに専念しろ」
「でも……」と俺が言うと、社長は「たまには、俺の言う事も聴いてくれ」と、懇願する様に言った。その言葉に、俺は黙って頷く事しか出来なかった。
その日を境に人足は少しづつ途絶えていき、退屈な時間だけが増えた。野崎さんや、仲間達が差し入れてくれた本も、半分は読み終わってしまった。やる事も、出来る事もないので、数日間は退屈な日々を送る羽目になった。
気付けばとうとう転院の前日になり、俺が回診を受けている間、野崎さんは転院の準備をしていた。
「やはり、これといった大きな回復は見られませんね。まぁ、本当に少しですが、食事の量が増えた事だけは良い傾向だと思います」
「すいません。頑張ってはみたんですが、どうしても食べる気になれなくて」
俺がそう言い訳すると、医師は「転院しても、最初は今と同じ様な治療がなされると思います」と言った。
「ただし専門医が診ますから、他にも違うアプローチで、治療が行われると思います」
「そうですか……」
「大丈夫ですよ、青葉くん。治らない病気ではないそうですから、ちゃんと治療すれば、すぐに元気になります」
そう言って野崎さんは励ましてくれたが、何故か俺にはピンと来なかった。寧ろ、不安が増した様に感じた。そんな不安を抱えていた所為なのだろう。いつも以上に寝付きが悪く、眠りも浅かった。
転院当日の朝。ボーっとしながら着替えと荷造りを済ませて、野崎さんが来るのを待った。
「青葉くん、おはようございます。その様子だと、あまり眠れなかったみたいですね」
そう心配そうに言う野崎さんの方が、心配になる様な顔で言った。
「柄にもなく緊張してるのかも」と誤魔化す様に言う。
「う~ん……。演じるのと実際に経験するのでは、感じ方も受け止め方も、全く違うでしょう。そう考えると、緊張するのかもしれませんね」
野崎さんのその言葉を聴いた瞬間、胸の奥底や頭の隅っこの方で、何かがチカチカする様な、モヤモヤする様な変な感じがした。
(ん?今なんか……)と思った所で、野崎さんに声を掛けられた。
「青葉くん、退院手続きは済ませてありますから、そろそろ行きましょうか」
俺は「はい」とだけ言って、野崎さんの後ろを着いて行った。
そして車で移動する事、約一時間と少し。着いた病院は、俺が想像していたイメージとは反対に、明るくて広々としていた。
院内も、廊下や壁や柱は白を基調に、淡く優しい様々な色が、点々と散りばめられていて、所々に観葉植物などが置いてあった。全体的にとても明るくて、落ち着いた雰囲気だ。
「なんかもっと、鬱蒼とした暗いイメージがあったけど……」
俺が思った事をうっかり口にすると、野崎さんが「あ~、それは解ります」と、クスクスと笑いながら言った。
「何故かこの手の病院と言ったら、そういうイメージがありますね。それに、よく見るとあちこちに防犯カメラがあるんですよ。監視も兼ねているんですかね」
言われてよく見ると、院内にも関わらず、防犯カメラがあちこちにあった。野崎さんの言う通り、監視目的にも思えてくる。実際、何の為のカメラなのか解らないが、本当に監視が目的だとするなら、さっきまで抱いていた印象が、一気に覆りそうだった。
受付に行くと「待合室でお待ちください」という様な、よき聴く言葉ではなく、いきなり「病室へと案内します」と言われた。
(そういうもんなのかな?)と思いながら、事務員さんらしき人の案内で、その後をついて行くと、個室になった病室に着いた。中に入ると、先生が来るまで着替えて待つ様にと言われ、案内をしてくれた人は病室から出て行った。
着替えている間、何となくお互い無言になった。さっきは冗談とも誤魔化すともなく、思い付きで緊張するとは言ったけど、これは本当に緊張してるのかも知れない。
(オーディションを受けるのとは全く違う緊張感があるな)と思った。初めての経験だから、余計そう思うのかも知れない。
着替えが済んで二十分程待たされた頃、ドアのノック音が聴こえた。
「失礼します」の声と共に入って来たのは、白衣を着た笑顔の男性と、白衣ではなく、スクラブを着た中性的な人だった。
(うん?いや、綺麗だけど多分……男性だよな?違うかな?)と、かなり失礼な事を考えてしまった。
すると、野崎さんも同じ事を思ったらしく、耳元で「後から入ってきた人、先生かな?綺麗だねぇ」と言った。
俺は黙ったまま頷いたが、その人と目が合った瞬間、露骨に嫌な顔をして視線を逸らされた。
(なっ、感じ悪っ)と、いつもなら心の中で思うだけで、顔に出す事もないのだが、この時は何故か顔に出てしまったようだ。白衣を着た男性が、それを察したかの様に、俺に笑い掛けながら言う。
「すいません愛想のない奴で。でもこう見えて、腕も評判も良いんですよ。同じ医者から見ても、優秀ですので安心して下さい」
「あ、いや……こちらこそ、不躾にすいませんでした。今日からお世話になる本條青葉です」
「マネージャーの野崎と申します」
そう言いながら、野崎さんは名刺を差し出した。それを受け取りながら、白衣の男性は胸ポケットからネームプレートを取り出し、俺と野崎さんにそれを見せながら、自己紹介を始めた。
「初めまして本條さん。貴方を担当させて頂く精神科医の関谷です。そして……ほら、お前も挨拶しろ」と、最後の方はもう一人の男性を見て、叱る様に言った。
もう一人の男性はニコリともせずに、胸ポケットからネームプレートを取り出しながら、渋々といった感じで自己紹介を始めた。
「心療内科医で、カウンセラーの元宮です。関谷と一緒に、貴方の担当になります」
(綺麗だけど、無愛想で能面みたいな顔して……なのに、医者でカウンセラー?)と思っていたら、俺を見て「作り笑いで良ければサービスしますよ」と言って微笑んだ。その顔を見て、俺はドキッとした。思っていた事を見抜かれたというドキドキと、作り笑いとはいえ、その微笑みがとても綺麗だったからだ。
(いやいや、相手は男性。なのに綺麗だとかドキドキするとかないだろう。う~ん、いやでも……)
「患者さん相手にやめなさい。では……始めたいと思います。お二人ともいいですか?」と、関谷先生が言った。そして、返事を待たずに「どうぞ座ってください」と、ソファの方へと手で指し示した。俺と野崎さんは黙って頷いて、勧められるがままにソファに座った。
個室だからだろうか。ベッドの他にもソファとテーブルが置いてある。他にもドアがあるので、そこはきっとトイレと、バスルームもしくはシャワー室になっているのだろう。そんな事を考えていたら、関谷先生が話を始めた。
「今回この病院に来た経緯は、紹介状に書かれていました。どの検査でも数値に病的な……所謂、大きな病気になりそうな異常は見当たらなかったんですね……」
紹介状を見ながら関谷先生が納得した様に言うと、野崎さんが食い気味に話し始めた。
「そうです。それで療養を兼ねて、こちらの病院に転院する事を勧められました」
「ではこの病院に入院する事は、本條さんご自身も承諾されているんですね?」
「青葉くんも私も、ちゃんと納得してます」
すると、手に持っていた紹介状を机の上に投げながら、元宮先生が野崎さんに向かって言う。
「関谷は、本條さんに質問してるんです」
「すみません……」と謝ると、野崎さんはそのまま縮こまってしまった。そんな野崎さんを見て、元宮先生に反論しようと口を開く前に、元宮先生が口を開いた。
「関谷。野崎さんを連れて別室で話を聴いて。まぁ、俺が本條さんを別室に連れて行ってもいいけど」
「はぁ……解った。じゃあ、隣の応接室に行くから、ちゃんと診察してくれよ?」
関谷先生が溜息混じりにそう言うと、元宮先生は無言のまま威圧した。
「では野崎さん。悪いんですけど、応接室でお話を聴かせてください」
「解りました」と言った野崎さんは、俺を軽く振り返ってから、元宮先生に会釈をして部屋から出て行った。
取り残された俺は、黙ってそっぽを向いている元宮先生が話し始めるのを待った。数分が経った頃、やっと元宮先生が口を開いた。
「じゃあ……改めてまして、担当医の元宮です。心療内科医で、必要に応じてカウンセリングを行います。どうぞよろしく」
「本條青葉です。よろしくお願いします」
改めて自己紹介されたとこで、愛想も何もない医師に、嫌味なくらい愛想良く挨拶を返した。しかしそれにすら無反応で、俺は一体、誰と何をよろしくすればいいのか解らなかった。
(俺ちゃんと治るのかな……)そんな不安を抱えたまま、最初の診察が始まろうとしていた。
※ 試し読みはここまでになります
―――――
以下詳細になります。
同書には目次に記載されている通り書き下ろしがあります。
書き下ろしはお墓参りに行く話ですが青葉がいるので、重くなったり暗くなったりしません。
オマケで「Twitter SS log 纏め」の本(未掲載含む&Loves it !!のキャラが出てきたりします)が付きます。
▶ BOOTHのみでの販売になります。ショップはこちら→https://saku-398.booth.pm/items/4514832
※加筆修正されている為、既出掲載の一話とは微妙に違いがあります。
※本編は340P、オマケの本は54Pになります。
※匿名で遣り取りできる「あんしんパック」にしたので送料が掛かります
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