第5話

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第5話

Action ― 3 転院して数日が過ぎた頃、いくつか気付いた事がある。 一つは今までの自分が、どれだけ自分の事を疎かにしていたかという事。 自分では普通で当たり前だと思っていた事が、一般的にはどうやらそうではなかったらしい。 もうずっとこの仕事をしてきたから、睡眠や食事などの生活が、不規則な事はごく普通で、当たり前なのだと自然と思っていた。 (でもこの業界じゃあ、これが普通なんだよな〜)と思う時点で、感覚が麻痺しているのが今なら解る。 そしてもう一つ気付いた事。それは、自分でも気付かなかった自分について。 (カウンセリングのお陰って訳じゃないんだろうけど・・・) そもそもカウンセリングは、まだ二回しか受けていない。そのうちの一回はカウンセリングと言えるのかどうか。 カウンセリングを担当しているのは、元宮灯里先生。灯里先生は第一印象とは違って、話してみると意外と優しい。 未だに無愛想なのは変わらないが、たまに覗く素顔や、笑顔に何故か嬉しくなる自分がいる。その所為なのか、他の表情も見たいと思うようになった。 例えばわざと怒らせるような事や、我儘を言って困らせては、その度に垣間見せる表情に、嬉しさと楽しさを覚えた。 考えてみたら今まで、家族や野崎さん以外の誰かに、甘えるって事がなかったから、この感覚は自分でも不思議だった。 (いや、家族や野崎さんにも、わざと怒らせるような事や、我儘を言った事は殆どなかった気がする・・・) カウンセリング前に決まって、灯里先生は「答えたくない事には答えなくていい」と「気付いた事や気になる事があれば言って欲しい」の二つを、確認するように言う。きっと、マニュアルか何かで決められている事なんだろう。 俺は(だからなのかな・・・先生相手だと、つい好き勝手言っちゃうな~)と思った。 だが、もう一人の担当医である関谷先生には、当たり障りのない話しかしない。あくまでも、こうして甘えて好き勝手言ったりするのは、灯里先生にだけだ。 どうして灯里先生なのかは、自分でもよく解らない。 (やっぱりカウンセリング専門の先生が相手だと、本音も言いやすいのかな?)と思ったが、それならやはり灯里先生でなくてもいい気がする。 だからって、他に理由になりそうな心当たりは見付からない。ふと(もしかして、気を引きたいのかな?)と思って、そんな事を思った自分に驚いた。 誰かの気を引きたいという感情を、仕事以外で思ったのは、これが初めてだった。 この仕事は人気商売だから、人気を得ることは必須だったし、得た人気を維持させる事に必死な部分もある。 前のカウンセリングで「周囲から嫌な事を言われたり、僻まれたりしませんでした?」と聞かれた時、今一つピンとこなかった。 だって俺のファンだという人達もいれば、その逆に、アンチだという人達もいるだろう事は、もうとっくの昔から知っていた。それが例え、同じ俳優仲間であってもだ。 (でもどうして、灯里先生の気を引きたいんだろ?) 「・・・さん・・・本條さん?」 急に名前を呼ばれて、ビックリして目を見開いた。どうやら目を瞑ったまま横になっていたら、意識がどこかに行っていたらしい。 「あ、灯里先生。おはようございます」そう俺が言うと、先生は少し困ったような顔をして言った。 「一応ノックしたんですが・・・起こしてしまってすいません」 「大丈夫です」勢いよく言うと、先生は明らかに「うるさい」という感じの顔をした。 「ただの回診なんで、起こす必要はなかったんですが、この後カウンセリングの予定が入ってるので、声を掛けさせて貰いました」 「大丈夫です。起きてたんですけど、考え事をしていたらウトウトしてたみたいです」 「あまり考え込まないようにして下さいね」 事務的に言う先生に「今貴方の事を考えていたんですよ」なんて、ドラマの台詞みたいな事を言ったら、どんな顔をするんだろう。 (まぁ・・・眉間に皺を寄せて、呆れたような顔をするんだろうけど)と思った。 「今朝は食べれました?」 「少し残してしまいました・・・」と、情けない思いで言うと、先生はカルテに何か書きながら、これまた事務的に言う。 「いつも言っていますけど、入院中は絶対に無理はしないで下さい。食べられた事が進歩なんですから。睡眠はどうですか?昨日は眠れました?」 検温や脈拍を測りながら、テキパキと先生が質問してくる。その光景を見ながら「そういえば、今朝は先生だけなんですね」と、聞いた。 「あぁ、ちょっとバタバタしていて・・・何人かの先生や看護師が、そっちの対応に行ったので・・・」 手を動かし、途切れがちに言いながらも、話を続けた。 「午前の外来などに影響が出ないように、俺や他の看護師が診て回ってます」 「大変ですね」と、当たり障りのない事を言ってから、さっきの質問の返事をした。 「それでその・・・睡眠はまだなんて言うか・・・短時間で目が覚めてしまう感じです」 「ん~長年の習慣なのか、元から・・・」と言って先生は、ある一点を見て言葉を切った。 そんな先生を見て(何だ?どこ見て・・・)と思いながら、その視線の先を追うと、俺の息子が元気に直立していた。 俺は慌てて隠しながら「あ、いや、これはその・・・」と、挙動不審に言ってしまった。 「気にしないで下さい。まだ若いんですからごく普通の事ですよ。まぁ・・・そっちは健康そうで何よりです」 「あぁ~もう・・・本当、恥ずかしい・・・」 俺は本当に恥ずかしくて、先生の顔がまともに見れなくて、空いてる手で顔を隠した。 「自然現象です。俺の方こそ、不躾にすいませんでした。では次があるのでもう行きますが、カウンセリングの時間になったらまた来ますね」 いつもの無表情に加えて淡々と言うと、何事もなかったかのように、先生は病室から出て行ってしまった。 (タイミング悪過ぎ・・・あれ?でも・・・朝勃ちなんていつぶりだろう?) すぐには思い出せないくらいだから、この現象は自分でも驚くくらい、久し振りなんだと思う。とそこで、最初のカウンセリングの時の事を思い出した。 先生はごく当たり前の事の様に「最後に性欲処理をしたのっていつですか?」「自慰行為くらいはするでしょう?」という質問や、疑問を投げてきた。 あの時は突然の質問内容だったから、なんて答えていいのか解らなかった。 (まぁ・・・恥ずかしかったといえば、恥ずかしかったし、嘘は言ってないけど。ん〜今思うと、あの質問って治療に何か関係あるのかな?) そんな事を考えながら、俺はこの現象が収まるのを待った。 だけどいくら時間が経っても、一向に収まる気配がない。 (抜くしかないのか・・・)と思いながら、トイレに行くと、ズボンと下着を下ろして自分のソレを握って、上下に動かし始めた。 でもここで問題が発生した。俗に言う「オカズになるモノ」が何一つないのだ。かと言って、思い出せるような経験もない。 なので、前に誰かに押し付けられた、AVの内容を思い出す事にした。 (確か、色白で胸が大きくて・・・髪はそんなに長くなくて・・・そう、灯里先生くらい・・・前髪も耳に掛けてて・・・んっ・・・) 何となく思い出しながら、少しずつ興奮してきたのが、自分でも解った。 (目は切れ長で泣きボクロがあって・・・そう言えば先生に似てるかも・・・)と思った瞬間、灯里先生の顔が浮かんで(やば・・・ぅん”っ・・・)と、射精してしまった。 (え?俺いま・・・灯里先生の顔・・・)そう思うと同時に、激しく動揺した。 (え、つまり俺は灯里先生を、オカズにしたって事?) 矢継ぎ早に頭の中に浮かぶ疑問に、頭の中が混乱した。俺は手を洗いながら(いや、ちょっと落ち着こう)と思った。 (そう、きっと遊び慣れてないとか、恋愛経験がないからとか・・・そういう・・・って、それで灯里先生で抜くとか有り得ないだろ・・・) 確かに灯里先生は、男性にしては身体つきは小柄で華奢だし、顔も綺麗だし笑った顔も可愛いと思う。 こういう業界にいるから、同性愛者に対しての偏見はない。 (あ、そういえば灯里先生も、職業柄そういう偏見はないって言ってたな・・・)と思いながら、トイレのドアを開けて「いや、だから、そうじゃないだろ・・・」とつい、溜息と共に声に出してしてしまった。 (この後カウンセリングがあるのに、どんな顔をして、灯里先生に会えばいいんだ・・・) そんな気持ちを抱えながら、天気が良かったので部屋の換気と一緒に、気持ちも切り替えしようと窓を開けた。 そして何気に下を見ると、灯里先生と関谷先生が向かい合って立っていた。二人とも難しい顔をして、何か話しているようだった。 どうせ仕事の話をしているのだろうと思って、俺はその場から離れようとした時、二人の笑い声が聴こえてきて、俺は再び窓から下を見た。 灯里先生が口元に手を当てて笑っている。そんな灯里先生に、関谷先生が面白がるように、ちょっかいを掛けていた。 そんな二人を見て(仲の良い友人ですっていう範囲を、超えてる気がするんだよな〜)と思った瞬間、胸の奥の方がモヤッとした。 (なんだ?あっ、ていうか関谷先生、灯里先生に触り過ぎ。しかもさっきより距離が、近くなってないか?) それを見ていたら、なんだかイラッとしてきた。そして俺は意味もなく、わざと大きな声で「灯里先生〜!」と叫んだ。 すると、灯里先生は目をまん丸にして、驚いた様にこっちを見上げた。同時に関谷先生もこっちを見上げる。 関谷先生はすぐに周囲を見渡して、灯里先生に何か言っている。灯里先生は頷くと、慌ててその場を走り去った。 それを見て(なんだよ、やな感じだな)と、心の中で悪態を付いた。 そんな俺の素振りに気付くハズもなく、関谷先生がジェスチャーを混じえて「早く部屋の中に戻って下さい」と言った。 (言われなくても戻るよ!)と、勢いよく窓を閉めると、カーテンも全部閉め切った。 そして勢い良くベッドの端に座ると、廊下から慌ただしい足音が聴こえて、続け様に病室のドアをノックする音が聴こえた。 俺が返事をするより先にドアが開かれ、灯里先生が勢いよく入ってきた。 「ほ、本條さん・・・一体何を・・・」と、息を切らしながら言った。 「え?あぁ、灯里先生の姿が見えたので、思わず呼んでしまいました。仕事中なのに、すいませんでした」 「そうではなく・・・」 灯里先生が呼吸を整えるように、何回か深呼吸をすると、一気に捲し立てた。 「本條さん貴方、有名人なんですよね?それ以前の話なんですけどね。我々、病院関係者は患者さんの情報は、外部は勿論、他の患者さん達にも解らないように、可能な限り配慮してるんです」 「だって・・・」と、俺は小さく呟いた。 その声が小さかった所為だろう、先生には聴こえなかったらしかった。 「さっきは、俺と関谷先生しか居なかったので、大事にならずに済みましたけど、今度からは気を付けてください」 それを聴いてまた、胸の奥がザワザワして(だからっ・・・)と、何故だか解らないけどイライラした。 俺は立ち上がって灯里先生に近付くと、その細い腕を掴んで、ベッドに叩き付けるように投げ飛ばした。 「ちょっ、本條さん、何するん”っ・・・」 そして、イライラする気持ちをぶつけるように、先生の上に覆い被さってキスをした。先生は俺の身体を押し退けようと、懸命に腕に力を込める。 「ん”ん”っ・・・」 そんな先生の暴れる腕を掴んで、俺は先生の口の中に無理矢理、自分の舌を入れた。その瞬間、口の中に痛みが走った。 「い”っ・・・」 咄嗟に口を手で押さえると、口と舌の端から薄く血が滲んでいた。先生はその隙に俺の身体から離れて、急いでベッドから降りた。 「はぁ、はぁ・・・本條さん。これは一体、なんの真似ですか?」 「・・・なんか・・・頭に血が上って・・・」 我に返った俺は、何と言い訳をしていいのか解らず、しどろもどろに言った。 「は?どういう事ですか?」 「さっき・・・灯里先生が関谷先生と、仲良く話している所を見た時から、自分でもよく解らないけど・・・なんか変で・・・」 何とか上手く言葉にしようとしたけど、上手く出来ずにいたら、先生は壁の時計を見て言った。 「少し早いですが、カウンセリングがてら話を伺う事にします。いいですか?」 「はい・・・お願いします・・・」と、俺はボソッと答えた。 (でもこの気持ちが何なのか、自分でも解らないのに、ちゃんと答えられるのか・・・)と、緊張と不安が膨らんだ。 「そうだな・・・今日は普通の会話形式にしましょう」 「会話形式?」と、思わず首を傾げた。 「質問はしますが、いつものような型に嵌った感じではなく、さっきの・・・普通の会話みたいな感じで話をしましょう」 (何が違うんだ?)と思ったが、それは聞かないでおいた。 「それと、一つだけ先に言っておきたいんですが・・・」 「はい、なんですか?」と、心臓をバクバクさせながら答えた。 「前にも言いましたけど、俺と関谷先生は幼馴染で、友人以外の何者でもないです。子供の頃から関谷先生のご家族にも、お世話になっていたので、関谷家の皆さんには、家族に近い感情は持ってます」 「え、じゃあ・・・医院長さんや、副院長さんとも仲が良いという事ですか?」 「そうです。副院長は兄のような存在で、医院長は父のような存在ですね。関谷先生に関しては・・・」 そこで話を止めると、先生は言葉を選びながら話を続けた。 「一番の理解者であるとは思ってます。そういう存在が居てくれて、助けられたり・・・時に救われたりもしました。その所為かも知れませんが、確かに他の友人達と居るより気は楽です。だからと言って、彼をそういう対象で見た事はありません」 (なるほどね、家族も同然で一番の理解者か)と色々と納得はしたが、スッキリはしない。 すると先生は、少し嫌そうなウンザリしたような顔をして言う。 「しかも何かにつけて、俺を弟扱いというか子供扱いするんです。それが鬱陶しいと思う時はありますけどね」 俺はそんな先生を見て、思わず笑ってしまった。 「え、何か変な事を言いました?」 「いや、先生でもそういう事を思ったりするんですね」 「俺の事なんだと思ってるんです?俺だって医者である前に一人の人間です。人並みに不快に思う事や、嫌だと思う事もあります」 そう言った灯里先生の顔が、拗ねた子供みたいだった。 「そうですよね。何の感情も持たない人間なんていませんよね。じゃあ・・・言葉に出来ない感情って、どう表せばいいんですか?」 俺はこの、自分でもよく解らない気持ちについて、聞いてみる事にした。 「ん~確かに、言葉にならない感情を、相手に伝えるというのは難しいですね。出来るだけ、その感情に近い言葉を見付けるとか・・・ですかね?」 先生はそう言うと、しばらく考えてから、渋い顔で言った。 「う〜ん・・・わかり易く態度や顔に出すとかかな・・・」と、言った後「あまり、褒められたやり方ではありませんけどね」と付け加えた。 それはさっき俺が取った行動の事を、さり気なく指摘しているのだろうと思った。 「さっきは本当にすいませんでした」 そう言って頭を下げると、先生は再び考えながら話し始めた。 「あぁ・・・もしかして、本條さんが知りたいのは、ご自分のさっきの行動というか、あの時の感情についてですか?」 「そうです。自分でもなんであんな気持ちになったのか。どうしてあんな事をしたのか解らなくて・・・凄く変な気持ちです」 初めての感情と行動。改めて思い返すと、あの時の自分は別人のようだった。 「気持ちを上手く言葉に出来ず、態度や表情に出すというのは、本来なら、幼少期または思春期や、反抗期によくみられます。見方によっては甘えとも捉えられますけどね。でもそれらはある意味、正しい成長の一つでもあります」 「え、つまり俺は・・・」と言った所で、先生が手で制した。 「結論を急がないで下さい。本條さんの言いたい事は解りますけどね」 「けど今の先生の話だと、俺は子供だって事でしょ?」と食い気味に、ちょっとムッとして言った。 「落ち着いて下さい。それが悪いと言ってる訳ではありません。本條さんの場合、その歳頃に経験し得なかった事が、今になって反動のように現れているのだと思います。それにそういう症例は、特に珍しくないです」 「そう、なん・・・ですか?」と、半信半疑で聞いた。 「大人になってから、そういう傾向が現れるケースの大半は、俗にいう「良い子」と言われて育った方に多いんです。聞き分けがいいだとか・・・そう言われる子ですね」 「思春期や反抗期・・・ですか・・・」そう言いながら、自分の過去を振り返ってみた。 「思春期や反抗期って、中学生や高校生・・・の頃ですよね?」 「大体そのくらいの年齢ですね。今は少し低年齢化していて、早い子だと小学校の高学年くらいから、そういう言動や行動が現れるケースが増えています」 「俺その頃にはもう、学校行きながらこの仕事してたな〜」 俺がそう言うと、先生は軽く頷いてから言った。 「子役から既に、この仕事をされていたんですよね。これから話す事はまだ仮説なんですけど、俺が考えている事を話しますね」 先生が、あまりにも真剣な顔で言うので、緊張と不安が再び襲って来た。 「本條さんは今まで無意識に、自分の気持ちを抑え付けていたのではないか、と考えています。前に行ったカウンセリングでも、本條さん自ら、あまり難しく考えないように、引き摺らないようにしていた、と仰っていましたよね?」 「あぁ〜小学生の頃の話ですね。確かに、その頃からあまり、難しく考えたり気にしないようにしてましたね」 俺は昔から、仕事や勉強の事以外で、難しい事を考えるは苦手だったし、好きではなかった。 「仮説な上に、極論になってしまいますが、あえて言います」と、そこで先生は一旦、言葉を切ると、一息吐いて言った。 「その無意識の感情というのが、こうして入院するまでに至った、そもそもの原因ではないかと思っています」 「無意識の感情・・・ですか?」 (そういえば、入院と転院までしといて、こうして言われるまで、病気の原因を考えた事がなかったな)と、今更ながらに思った。 「恐らくは自分・・・というか、自分の心を守る為に、自然と身に付いたのではないかと思います」 「あの、無意識の・・・って事は、本当の自分がもう一人いるって意味ですか?」 「それは今の段階では何とも言えないです」 (う〜ん・・・)と悩んで、俺は入院してから気付いた事を話す事にした。 「これもまた、変な事を言うかも知れないんですけど・・・」 「いいですよ。何か気になるなら、話して下さい」 「え〜と、ここに入院してから気付いた事なんですけど。自分でも気付かなかった自分に気付いた気がするんです。特にその・・・さっきみたいな、感情を持ってる自分とか、そういう行動を取る自分にも気付きました」 先生は相槌を打ちながら、黙って話を聴いていた。 「あと、さっき先生が話してくれた、思春期や反抗期に現れるって話を聴いていたら、俺が気付いた「灯里先生に甘えてる気がする」って思った事に、似てるなって・・・」 「え?甘え・・・あぁ、なるほど」と言って、納得したような顔をした。 「他には・・・自分では普通だと思っていた事が、実は普通ではなかったとか」 そう考えながら話すと、先生は「普通ではなかった事?」と、首を傾げて言った。 「それはきっと、この仕事をしている人達に共通する事だと思うんですけど・・・」 「ん?なんですかそれ?」 「食事や睡眠を疎かにしていた事です。身体が資本の仕事なのに、忙しさを理由に後回しにしていたな〜って思いました」 先生は相槌を打ちながら「医者も大差ないですけどね」とおかしそうに、笑いながら言った。 そしてその笑顔を見て(可愛いな〜)と、思っている自分に気付いた。 (いや、だからそうじゃなくて・・・) 思わず気持ちがまた、変な方向に行きそうになった俺は、わざと「えぇっ?そうなんですか?」と、大袈裟に言った。 「その分野にもよりますけどね。よく、医者の不養生って言葉を聴きませんか?」 「聴いた事くらいありますよ。でもあれって本当なんですか?」 「本当です。でも、医者が全員そういう訳ではありませんよ。顕著なのは、救急救命ですかね・・・いつ何時呼び出されるか解りませんから。逆に、開業医はそういう事はありません。どちらが良い悪いではありませんが、前者の方が圧倒的に不摂生になりがちです」 俺は先生の話を聴きながら(ならこの手の病院はどうなんだろう?)と、いう疑問が湧いた。 「ドラマで見た事のあるイメージそのものって感じですね。でもこういう病院はどうなんですか?」 「ここまで大きくなると、やはり色々あります。ただ、ここは救急外来や夜間受付はやっていないので、そういう意味では楽ですよ」 (なるほど。医者によっては本当に大変なんだな・・・) 「あの・・・本條さん。言い難いようだったら無理に答えなくてもいいんですけど・・・俺からも、一つ聞いてもいいですか?」 そう言いながら、先生は視線を泳がせながら、質問を投げ掛けてくる。先生にしては珍しい反応だった。 「え〜なんですか?」 「・・・なんで俺なんですか?」 「はい?」唐突な質問に、なんの事かよく解らず、気の抜けた返事をしてしまった。 「本條さんの言う所の、甘えたりとかてああいう行動を取るのに、その・・・俺でなくてもいいと思うんです。なのにどうして俺なのかなって・・・」 先生にしては本当に歯切れも悪く、最後には口篭るように聞いてきた。だからって、特に照れている、という訳ではないようだ。 そして、そんな質問をされた俺は俺で、答えに困ってしまった。 (だってそれこそ無意識ってやつで・・・どうして灯里先生なのかなんて・・・俺の方が知りたいんだけど・・・)と思った。
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