第8話

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第8話

Karte ー 4 (は?今なんて言った?) 今日は本條青葉から、俺に対する話を遠ざけようとしていた。その代わり、彼の心の奥にもう少しだけ、踏み込んでみようと思ってカウンセリングに臨んだ。 (どこで間違えた?どうしてコンプレックスの話から、こんな展開になった?) そう考えてる間にも、掴まれた手首が段々と痛くなってきた。きっと、掴んでいる手に込められた力が、強くなっているんだろう。 手首は人間の急所の一つだ。短時間でもこうして強く拘束されれば、力が入らなくなり、終いには感覚も失くなる。 「本條さん、痛いんですけど」と言ったが、手の力が弱くなっただけで、離すつもりはないらしい。 「先生が刺激するような事を言うからでしょ」 「え、そんなつもりは全くありません。確かに最後に話した内容は・・・」まずかったなとは思う。俺にしてはあまりにも軽率だった。でもそれで何故、こんな事になるのか。 (あぁ、そうか・・・彼は俺に対して、恋愛感情を持っていると言ってたっけ。だからこの手の話を避けようとしたのに・・・) 「今日の先生は距離感が変でした。顔が近かったり、手を触ってきたりして。そんな事、好きな人にされたら、我慢出来なくなるじゃないですか」 「それについては本当に、申し訳なかったと思ってます。いくら癖とはいえ、俺が軽率でした」 表面上そうは言ったものの、彼のあまりの初心さに(童貞舐めてた)と、思わず心の中で本音が出た。それと同時に(なんで結局この話になるんだよ)と思った。 「本條さん、昨日も言ってましたけど、俺の事を恋愛対象としてみてるんですよね?」 「だから、そう言ってるじゃないですか」 「本條さんは同性愛者ではないですよね?」と聞いてから、またしても(そもそも彼は、恋愛経験がないんだった)と思い出した。 「同性とか異性とか関係なく、先生が好きなんです」 (ありがちな台詞だけど、そういう事言えるじゃん)と、変な所で感心してしまった。 普通なら・・・例えば、小説や漫画なら、映画やドラマなら、その言葉で相手は恋に落ちるとう、場面なんだろう。いや、世の中全ての人間がそうなるとは限らないけど、少なくとも俺はしない。 「先生の恋愛対象が、異性か同性なのか解りませんけど」そう言うと、彼は掴んでいた手首をやっと離してくれた。 「え〜と、本條さんの恋愛対象は俺であり、その中にはセックスも含まれているという事ですか?」 「あ、その・・・はい、そうです」と、耳まで真っ赤にして答える彼を見るのは、当然だが初めてだった。 俺は(可愛いな〜ってダメだ。つい悪い癖が出そうになるな)と、そう思った。 もしこの出会いが仕事じゃなく、相手が患者じゃなかったら。例えば、その手の店で出会っていたり・・・もっと違う出会い方をしていたら。そう・・・もっと早く出会えていたら、何か違っていたのかも知れない。 (いや・・・だとしても、何も変わらなかったろう。どんな出会い方をしていても、きっと俺は何も変わらず、今と同じ・・・)と思った。 「これから話す事はプライベートな事なので、本当は話したくはないし、話す義務もないんですけど・・・」と、前置きをしてから話を続けた。 「俺の恋愛対象は男性です。でも男女問わず好意を寄せられる事は、単純に嬉しいです。でも俺はその想いに応える気はありません。というか出来ません。なので、本條さんの想いにも応えられません」 「それは、本当に好きな人がいるからとか、既に付き合ってる人がいるからですか?」 本来ならここで「そうです」と、嘘でも吐いておけば、この話はもうしなくて済むのだろう。でも何故か解らないけど、彼には嘘を吐いたりしてはいけない気がした。 「好きな人も、付き合ってる人もいません。さっきも言いましたけど、身体だけの付き合いをしている人ならいます。でもあくまでも身体だけなので、そこに恋愛感情はありません」 「それは・・・いや、だから・・・」と言って、彼は言葉を詰まらせる。 本気で想いを伝えてくれている相手に対して、かなりショックで酷な話しをしている自覚はある。それでも俺は、本当の事を話した方が良いと思った。理由は自分でもよく解らないけど。 「つまり先生は、好きでもなく付き合ってる訳でもない人と、そういう事をしているって事ですよね・・・」 「そうです」 「その場のノリ・・・とかで・・・してるんですよね」 彼は言葉を区切りながら、俺の言葉を確かめるように聞いてくる。 「そうです。ノリや気が合えば誰とでもセックスします。身体だけの相手だって、一人ではありません。これが本当の俺です」 そう言うと、彼は下を向いて黙ってしまった。 (まぁ、それが普通の反応。幻滅でも軽蔑でもして、早いこと諦めてくれ)と思った。 (でも待てよ。ここまできて担当医を変えられるのは病院側に迷惑が掛かるな・・・それは困る。でも患者が拒否するなら仕方ないか) 「え〜と・・・もし希望されるなら、担当医を変える事も出来ますよ」と言うと、彼は驚いた顔をして言う。 「え、変えませんよ。灯里先生じゃないと嫌です」というその言葉に、今度は俺が驚いた。 「え、嫌じゃないんですか?」 「どうして?俺だって先生をそういう・・・その、性的な目で見てます。いや、もちろん、そういう意味はなくても、先生の事が好きで・・・だからその・・・」 本当に、純粋でバカ正直で真っ直ぐだと思う。それはきっと無意識とか無自覚とは別の、彼が本来持ち合わせている核の部分なのだろう。 「あの、でも・・・一つだけ、どうしても気になったので質問してもいいですか?」 「いいですよ」 「どうして本当の事を話してくれたんですか?先生はさっき自分でも、プライベートな事だから本当は話したくないし、そんな義務もないって言ってたのに、どうしてですか?」 それは俺にもよく解らない。患者を相手に、普段ならプライベートな事まで話さない。でも彼には、本当の事を話さないとダメだと思ったのは事実だ。 時には正面からぶつかって真摯に向き合わないとダメな相手もいる。彼はそういうタイプであり、彼の無意識な部分にも伝われば良いと思った。 「あ〜・・・それは、本條さんだからですかね」 「どういう意味ですか?」と訝しみながら言う。 「世の中には、こういう人間もいるんだって事を話しておきたかったんです。まぁ、俺がもっとクズみたいな人間だったら、本條さんの想いを逆手に取って、ゴシップ雑誌に売り付けてたかも知れないですね」 実際そういう事をして、金を稼いでる輩もいると聴く。有り体に言えばハニトラ。有名人に脅しを掛けて金を要求したり、ゴシップ誌に売り付けて、その地位を貶める。最終的には、その手の動画に出演させる輩もいる。 (まぁ、あのマネージャーが付いてれば、そんな罠に引っ掛かる事もなさそうだけど) 「本当にそういう事ってあるんですか?」 「これも男女問わず、本当にあるみたいですよ。俺は話を聴いただけですけどね」 「先生はそういう事しないですよね?」と、不安そうに聞いてくる。その不安はどこから来ているのか。 「俺はしません。揉め事は嫌いなんで。でも、そういう事をしてなくても、やってる事は充分、ゲスいでしょ」 「そうですか?少なくとも俺には、先生が好きでそういう事をしてる感じがしないんですけど」 「は?今までの話を聴いて、どこをどう捉えたらそんな事が言えるんですか?」 彼の言い分に、少しの苛立ちを込めて言った。 「話をしている時の先生の顔が、何となく苦しそうっていうか、辛そうっていうか寂しそうっていうか・・・俺には、なんか楽しくなさそうに見えたんです」 「何言って・・・俺はセックスが出来れば、相手は誰でもいいと思ってる淫乱ですよ」と言いながらも、心の中で(ふざけんな、お前みたいな身も心もお綺麗な奴に、俺の何が解るんだよ!)と叫んだ。 「先生って、俺と同じで負けず嫌いですか?それって強がりですよね?」そう聞かれて、思わず身体が強ばってしまった。 「なんで・・・」 「他の人がどうかは解らないですけど、あ、関谷先生は解るのかも知れませんけど。先生って、意外と顔や態度に出るんで解り易いですよ」 「え・・・」と、その言葉に驚いた。 遊んでる時はそれこそ猫を被ったり、良く見せようとしている。仕事中はそこまでする必要はないと思ってるけど、患者によっては都度変えてる。 関谷に対しては素だ。特に隠すつもりも、その必要もないと思っている。それこそ付き合いが長い分、言わなくても悟られる事も多い。 それをきっと関谷も解っているから、あえて口に出す時と、そうでない時があるんだと思っている。それは恐らく、関谷なりの優しさだろう。 (なのになんでコイツが、そんな事言うんだよ・・・) 「先生と会ってまだ一ヶ月くらい?回診やカウンセリングの時くらいしか、ちゃんと話した事ないですけどね。でも前にも話したと思うんですけど、よく窓から先生の事見てました。いや、それだって毎日じゃないし、見れたとしてもその窓から見てるだけ。なので、先生の本当の性格や本心は解りません」 確かに負けず嫌いだし、我慢して強がりを言う事もある。それをいかに、相手に悟られないようにするかというのは、子供の頃からの習慣だった。その事に関しては、悔しいけど認める。 (あぁ・・・彼と同じだ。それを自覚しているか、してないかの違いだけだ) でも、寂しそうとか楽しくなさそうというのは、お前に何が解るんだとしか思えない。 (はぁ・・・こうして腹が立つのは、痛い所を突かれてるからなんだろうな) 「今日は俺よりも本條さんの方が、カウンセラーみたいですね」と、ちょっと嫌味っぽく言う。 「いや全然そんな、恐れ多いです。でもあれかな・・・仕事中って、常に相手の表情やコンディションを見る癖みたいなのがついてるので、その所為かも知れないです」 彼の言う相手の表情を読み取る癖は、恐らく俺のそれとは違う。けれど、そういう世界で生きてきた彼には、それが当たり前で、意味は違えど、俺にとってもそれが当たり前だった。 (似てるのか・・・?) 「あと俺、そのくらいで先生の事を、嫌いになったりしませんよ。先生が本当の事を話してくれた・・・それが嬉しいです。それに先生がゲイなら、もしかしたら俺にもチャンスがあるかもって思いました」 「そんなチャンスありません」 (どうしてこうもポジティブなんだ。そもそも・・・) 「俺は恋愛はしません。特定の相手を作るつもりもありません」 (こう言えば諦めるかな?)と思ったけど、彼は俺の予想を超えた発言をした。 「この先の事なんて、いくら先生でも解らないじゃないですか」 「いやだから・・・なんて言われても、そういう予定はありません」 (意外と粘るな)そう思っていたら、彼は突拍子のない事を言い出した。 「可能性がゼロじゃないなら、俺は諦めません」 「えっ、はぁ〜。諦めの悪い男性は嫌われますよ」と溜息混じりに俺が言うと、彼は平然とこう言った。 「ん~・・・嫌われるのは嫌ですけど、それだけ先生の事が好きなんです。だから覚悟しといて下さいね」 (意外だな。仕事以外で何かに執着するとか無縁な気がしたのに。確か本人もそんな事言ってたし) いやもしかしたら、彼は元々そういうタイプで、これもやっぱり、押さえ付けられていた反動なのかも知れないと思った。 「覚悟って・・・」と言った時、病室のドアがノックされて、看護師が「あれ、先生まだカウンセリング中ですか?」と聞いてきた。 そう言われて時計を見ると、消灯時間はとっくに過ぎている。俺は看護師に「もう終わります。電気は俺が消しておきます」と伝えた。 「じゃあ、お願いします」と言って、看護師はドアを閉めて行ってしまった。 「どうやら時間になってしまったので、今日のカウンセリングはここまでにします。次は来週のいつもの時間です。電気は消して行きます、ゆっくり休んで下さいね」 そう言って立ち上がると、彼はまた突拍子もない事を言い出した。 「先生がキスしてくれたら良く寝れるかも」 「はぁ?」と、素が出てしまった。 (何を子供みたいな事を・・・)と、心の底から呆れた。 「誰とでもそういう事するなら、おやすみのキスくらい出来るでしょう?」 (まただ)と思った。目が笑ってないって言うか、いつもは見せない、彼の心の奥底に潜む本性を表したような目。怖いとも違う。でもゾクッとする何か・・・それは、俺の中の何かを刺激し惹き付ける。 (その本性を知って暴きたい。そうすれば、どうしてこんなにも、彼の事が気になのか解る気がする・・・)とは思うものの、具体的にどうしたらいいのかは未だに五里霧中だ。 (初めて会った時から、手が掛かりそうな相手だとは思ってたけど、ここまでとは思ってなかった) そう色々考えながらも、彼に向かって「バカな事を言ってないで、早く布団に入って下さい」と言った。 彼は「は〜い」と、渋々といった感じで返事をして布団に入った。 「じゃあ電気消しますね。ベッドのライトは点けておいてもいいですけど、薄暗い程度にして下さい」 「あ、はい」と言いながら、ベッドライトを点けた。 「目を閉じて、呼吸を楽にして下さい。そして一番最初に頭に浮かんだモノを、繰り返し見続けて下さい」 「あの、これは一体何ですか?」と聞くので、俺は「一種の睡眠方法ですかね。科学的根拠がないので、ほぼ民間療法というか、自己暗示みたいなものです。なので効くか効かないかは、人それぞれですけど」 これは看護師の一人から聴いた方法だ。俺には効かなかったが、多少のリラックス効果はあると思った。 「薬だけではなく、こういう方法を取り入れてもいいんじゃないかと思ったんです」 「なるほど・・・」 「睡眠薬に限らずですけど、薬が効かないからと言っては、薬の量を増やす事や、より強い薬を望む患者さんは多いです。その要望に応えるのは簡単ですが、今度はそこから抜け出せなくなる・・・要は、手放せなくなる。そんな生活を送らなければならないのは、辛いと思うんです」 「え〜と・・・薬物依存ってやつですか?」 「平たく言うとそうですね。特に本條さんのような仕事をされている方は、仕事に復帰して早々、薬の副作用でミスはしたくないでしょう?」 「あ〜それは嫌ですね」と、眉間に皺を寄せた。それだけは本当に嫌だと、言わんばかりだ。 「なので、物は試しじゃないですけど、こういった方法も取り入れてみるのも良いんじゃないかと思ったんです」 すると彼は、少し不安気に「効きますかね?」と聞いてきた。 「最初から上手くはいかないと思います。でも何度か繰り返していく事で、効果が現れる事もあるかも知れません」 「ん〜なるほど。確かに、何でも最初から上手くいく事ってないですよね」 「それじゃあ、俺は行きますね。本條さんはその方法を試してみて下さい」 「はい、頑張ります」と元気に言うので、俺は「そんなに頑張らなくてもいいんですけどね」と、苦笑いしながら言った。 「まずは目を閉じて・・・」とぶつぶつ言いながら、素直に目を閉じた。そんな彼に近付いて「おやすみなさい」と、頬にキスをした。 「え”っ?!」 「この程度なら誰にでも出来ますよ」と言って、病室を後にした。 (流石にやり過ぎたかな?きっとまた調子に乗るだろうな・・・)と考えながら、俺はスタッフルームへと向かった。 スタッフルームに入って行くと、 帰ったと思っていた筈の関谷が居て、ちょっとビックリした。 「なんだ、帰ったんじゃなかったのか?」と聞くと、関谷がウンザリした顔で報告書を見ながら言った。 「そのつもりだったんだけどな。例の患者がまた一暴れしたんだよ」 「またか。でも、回診の時は普通だったけどな」 「看護師もそう言ってたよ。俺が帰り支度を始めて、着替えようと思ってたら、看護師が慌ててロッカー室に助けを求めに来たって訳だ」 (ホントその手の患者って、どこの病院にも一人はいるよな)と、俺までうんざりしてきた。 「それより灯里、何か良い事でもあったのか?」 「ないけど。カウンセリングしてたんだから、良い事も何もないだろ」 「そうか〜?その割りにいつもより、顔が緩んでる気がするけどな」 (良い事っていうより、揶揄ったらちょっと面白い反応が見れたってだけなんだけどな)と、そんな事を思っていたら、関谷が「その後の診察はどうなんだ?」と聞いてきた。 「相変わらずバカ正直で素直だよ。でも気になる事もある。そうだ、時間があるなら聴いてくれないか?」 「時間なら別に大丈夫だ。それにその話の方が、面白そうだ」 そう言う関谷に俺は、ずっと黙っていた事を話し始めた。あまり関係なさそうな所は端折ったけど。 相槌を打ち、時折唸り、ちょっとした質問を挟みながらも、関谷は根気よく話を聴いてくれた。そして全部を話し終わった頃には、軽く一時間は経っていた。 「なるほどね・・・早い話が、灯里は本條さんに惚れられたという訳だ」 「俺が言いたいのはそこじゃない」と睨みながら言うと、関谷は「でも今の話の流れからすると、結果的にそうなるだろ」と笑いながら言った。 「そんな単純な話か?」 「でもそこだけはハッキリしてる」 「そうだけど・・・でも、それが本当の彼の本心なのかは解らないだろ」 俺が否定的にそう言うと、関谷は「灯里、これは仕事だぞ」と、宥めるように言って話を続けた。 「少なくとも俺は、灯里の立てた仮説はあながち間違えじゃないと思ってる。抑圧された無意識の自我が、何らかの形で表に出るのは、特に珍しい事じゃない」 「そうだよ、人間は誰だって二面性を持ち得てる。だからこそ、誰にでも起こり得る事でもある。それが病的か否かの違い」 「彼を人格障害と診断するには、決定打に欠けるってのには俺も同意する。けど、潜在的に抑圧された無意識が、表面化し始めてるのも事実だ。これじゃあ、灯里じゃなくても、判断に手こずるだろうな」 きっとアレに気付かなければ・・・俺がそこに拘らなければ、とっくに診断結果は出ていた筈だ。 「あ〜、俺が気にしなけりゃ良かったんだ。そうすれば、こんな面倒臭い事にならなかった」 「それは何に対して?」 不思議そうな顔をして聞く関谷に、俺は「何って、それは・・・」と、思わず言い淀んだ。 「灯里。さっきも言ったけど、これは仕事だ。彼のいう恋愛感情とやらも、彼を診察する上で欠かせない判断基準の一つだ。その矛先が自分に向けられたからって、目を背けるなよ」 「解ってる・・・」そう言って視線を逸らした俺に、関谷は「解ってないだろ」と、容赦なく言った。 「いや、ちょっと違うな。灯里の場合、解ってるのに認めようとしない、が正解か」 「認めるも何も・・・ん?それ恋愛の事言ってる?」 「他にあるか?」と、しれっと言う関谷にカチンと来て、思わず「だからそれ、この話と関係ないだろ!」と大きな声を出してしまった。 「じゃあ聞くけど。他の患者の恋愛絡みの診察や、カウンセリングは割り切って出来るのに、なんで彼に対してはそれが出来ないんだ?」 「それは・・・」 「拘るからには、そういう所も含めた上で、彼の深い部分にまで踏み込む必要が出てくる。それを解っていながら、何でそこを割り切れない?」 そこまで言われても、俺には返す言葉が出てこなかった。単なる興味本位や好奇心ではない。彼が隠し持つ・・・あの奥に潜むそれを知りたいと思った。それがどうしてなのかは、自分でも本当に解らないけど。 「確かに灯里にとっては、彼の告白は迷惑なのかも知れない。いや、迷惑というより不要か。それでも、そこを割り切らない限り、灯里が求めてる真相には届かないぞ」 「う~ん・・・難しい」と言って、頭を抱えた。 「別に俺は、告白を受け入れて付き合えって言ってる訳じゃないぞ?」 「まぁ、そうだけど」 「でも灯里。お前、ああいうのタイプだろ?」 「なっ・・・いや、全然違います〜」 「ふ〜ん。まぁ、別にいいけどさ。とにかく、そこはちゃんと割り切れよ」 「解ってるよ・・・」 彼の想いに応えるつもりはないし、告白を受け入れるとか、付き合うつもりもない。でも、それだと彼の深い部分に手が届くのかが解らない。 (どっちにしろ、そこは避けて通れないって訳だ。なら上手く躱すとかして、受け流すしかないんだな) 「面倒臭い」とボヤくように言うと、関谷が「おいおい、医者がそれを言ったらダメだろ」と言う。 「二言には面倒臭いって言う、お前が言うなよ」 関谷の言葉に突っ込みを入れると、二人で顔を見合わせて笑った。 「もうこんな時間か。じゃあ俺は帰るか。灯里も、休める時に休んでおけよ」と言って、関谷は立ち上がって鞄を手にした。 「解ってるって。気を付けて帰れよ」 「おう。あ、俺が言うのも何だけどさ。あんま考え込むなよ?」 「散々言っといてそれか。まぁ、程々にしとくよ」 「程々ね・・・灯里らしいな。そんじゃ今度こそ、お先に〜」そう言って関谷は、手をヒラヒラさせながらスタッフルームから出て行った。 関谷が居なくなったスタッフルームが、静寂に包まれると、俺は置いておいた鞄からMP3を取り出して、音楽を再生し始めた。 椅子に座って背凭れに身体を預けて目を閉じると、脳裏に本條青葉の顔が浮かんでは消える。 (まぁ、さっきまで彼の話をしていた所為なんだろうけど) 関谷の言う通り、割り切らなければ仕事にならないのは解っている。なのに、それが出来ないのはどうしてなのか。 (あ~訳解んない。ほんと何なんだよ本條青葉・・・)
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