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第9話
Action ― 5
ダメ元で言った事が現実になると、それはそれで現実味がない気がする。
(夢でも見たのか?夢だったのか?って感じになるのはこういう事か)と実体験を通して、一つ勉強になった気がした。
(だって本当にキスしてくれるとは思わないじゃん。いくら先生が遊び人だって言っても、俺には何の興味もなさそうだったし。なのにキスしてくれた!)
俺があまりにも我儘を言うから、仕方なくしてくれたのかも知れない。
(それでも嬉しい。ん?でもこんな我儘、普通聞き入れてくれるか?)そう考えていると、心のどこかで(キスがどうのこうのっていう前に何かこう・・・)と思った。
前にも何となく先生の様子がおかしいと思った事があったけど、今日の先生も何となく様子がおかしかった。
(俺ってば気付かないうちに、先生の地雷踏んでんのかな・・・)と思ったけど、先生の地雷なんか知らない。でも、傷付けてしまったのなら謝りたい。
(いや、謝るってのも変だな。ん~・・・また、あんな顔をさせたり、自棄になったりしている所は見たくないし。かといって、どうしたらいいか解らない)
そんな事を考えたり、灯里先生の顔を思い浮かべたりしているうちに、気付いたら起床時間を告げる音楽が聴こえてきて、いつの間にか朝になっていた。
(また寝落ちしてたんだ)と思ってから「あっ」と、思わず声に出してしまった。
(昨日よく寝れた事、先生に言ってない。ついでに今日もよく寝れた事を話したいけど、今日はきっと会えないよな・・・)
俺はとりあえず、ベッドから出て顔を洗いに洗面所に行った。顔を洗って何気なく鏡に映った自分の顔を見る。
(そういえば先生は芸能人にあまり詳しくないっていうか、興味ないみたいだけど、どういう系の人が好みなんだろう?あれ?俺って何系だ・・・?)
改めて思い返してみると、自分が何系に当て嵌るのか、意識した事がないと気付いた。それこそ子役からやってる所為か、年齢や役ごとに付けられるキャッチフレーズも違う。
(そりゃあ自分でも解らくなるよな。ナルシストでもないし)と思ったけど、役者の中には当然の如くナルシストは存在する。
(確かに、役を演じる事には自信はあるけど、顔・・・容姿か〜。でも、好みっていっても見た目だけだけとは限らないよな・・・)
「本條さん?本條さ~ん」
誰かの呼ぶ声が聴こえて、慌てて洗面所から出た。
「すいません、顔を洗ってたので」と言って顔を上げると、スタッフさんが「朝食を持ってきました。今日から普通食だそうです」と言った。
「ありがとうございます」
「ではまた後で下げに来ますね」と言い残して、スタッフさんは病室を出て行った。
声を掛けられるまでずっと、洗面所であれこれ考えてた自分が恥ずかしくなってきた。
(ダメだな最近、先生の事を考え始めると止まらなくなる。仕事以外で夢中になる事なんて・・・)
最初は本当に無愛想で、話し難い先生なのかと思っていた。それがそうじゃないって事に気付いて、何気なく先生の表情や仕草を目で追うようになった。
先生にも言ったが、共演相手のコンディションを見るような、そんな癖がついていたから、先生の何気ない表情や仕草の変化に気付いたんだと思う。
でも共演相手のそれを見るのと、先生のそれを見るのとは違うって事に気付いた時には、きっともう先生の事が好きになっていたんだと思う。
(だからって・・・はぁ〜俺どんだけ先生の事が好きなんだろ)
そんな事を堂々巡りで考えているうちに、食事も済ませ、空いた食器を片付けに来たスタッフさんと、天気の話になった。
「天気が良くても外に出れないからな~」と俺が言うと、スタッフさんが「先生にでも聞いてみたらどうですか?」と言われた。
「さすがにそれは、許可してくれないと思うな〜」
「でも、人気のない場所なら許可が下りるかも知れませんよ」と言うので、思わず「人気のない場所なんてあるんですか?」と食い付いてしまった。
「全くない訳じゃないですけど、滅多に人が来ない場所はあります」
「え?それ、何か曰くありげじゃないですか?幽霊でも出るんですか?」
「あはは・・・違いますよ。そういうんじゃないです」
笑いながら言うスタッフさんに、その話をもっと詳しく聴こうとしたら、スタッフさんは「すいません、時間がないんでこの話はまた今度」と、言うだけ言ってさっさと病室から出て行ってしまった。
「え~、そんなのあり〜?」と、ドアを睨み付けながら声にしてボヤいた。
(人が滅多に来ない場所か・・・いやいや、病院でそんな場所って言ったら絶対、心霊スポットとかじゃん。あの人、笑いながら違うって言ってたけど、もうそれしか頭に浮かばない)
決してそういう話が苦手な訳じゃない。普通にホラー映画も見るし、その手のバラエティ番組も見る。幽霊がいるとかいないとか、信じてるとか信じてないとか、そういう訳でもないけど、そこまで興味はない。
(そういう話って、ネタにしかならないよな)と、暢気な事を考えていた。
換気がてら窓を開けて、何気なく下に視線を送ったが、まだ時間が早い所為か誰も居なかった。
(そういえば、この下によく患者さんらしき人や、病院関係者さんらしき人達もよく見掛ける。きっと庭になってるんだろうな・・・)
さっきの話をまだ引き摺っているのか、今まであまり気にしていなかった事が、急に気になり始めて(俺が芸能人じゃなければ、自由に外に出れたのかな?)と思ってしまった。
(あ、これはダメな考えだ。芸能人だから特別な訳じゃない。うん、しかもこれ野崎さんに言ったら泣かれるやつ)
すると、病室のドアをノックする音と共に「本條さん、回診の時間です」と言って、関谷先生が看護師さんと一緒に入って来た。
俺が「おはようございます」と言うと、関谷先生も「おはようございます」と笑顔で言った。
「どうですか?今日もよく眠れましたか?」
「はい。今日も気付いたら朝でした」と笑いながら言うと、関谷先生も「良いことですよ」と笑顔で言う。
「食事は・・・確か今日から普通食の小でしたね。食べれました?」
「あ、はい。全部食べました」と言うと、これまた笑顔で「良い調子ですね」と言った。
その時ふと(灯里先生の事、関谷先生に聞けばいいんじゃないか?)と頭に浮かんだが、すぐに(いや、でもプライベートな事だから教えてくれないよな)と考え直した。
「どうかしました?僕の顔に何かついてますか?」
「え、あ、すいません。何でもないです」
「そうですか?何でもないって感じには見えませんけど?」
(そうだった。関谷先生もこの道のプロなんだった。嘘吐いてもバレるよな)
「え~っと・・・関谷先生と話がしたいなって・・・」と言いながら、バイタルチェックをしてくれてる看護師さんをチラッと見た。
そんな細かい事すら見逃さないのが、プロってやつなんだろう。何かを察したように、関谷先生が看護師さんに「先に次行ってて」と言って、看護師さんを病室から退散させた。
看護師さんを見送ると、関谷先生が「元宮先生ではなく、僕と話がしたいなんて珍しい申し出ですね」と言うので、見透かされてる感じがした。
「まぁ、僕で良いなら話くらい聴きますけど。でもそれって、診察と関係ない話なんじゃないですか?」
「え、どうして・・・」と思わず口を滑らせた。
「ん~やっぱり聴いてた通り、本條さんは嘘や隠し事が苦手なようですね」
「俳優って仕事をしてるのに恥ずかしいです」
「今は仕事中じゃないですから、ありのままでいいんですよ。でもそうすると困ったな・・・」
「あ、忙しいのに迷惑ですよね。何か変な事言って、すいません。気にしないで下さい」
「あぁ、違いますよ。そういう困ったじゃなくて、まだ回診も残ってるし、今日は外来もあるので、仕事が終わった後じゃないと時間がないんですよ」
当たり前の事だけど、誰だって、仕事が終われば早く帰りたいに決まってる。プライベートな時間を割いてまで、患者の相手はしてられないのが普通だろう。
「仕事が終わった後、消灯時間までの間で良ければ、話を聴きますよ。そうだな・・・夜の回診も、今日だけは僕が診るって事にすれば、その分も話をする時間が作れるな。夜でも良いですか?」
「えっ?本当に良いんですか?」
「僕は構いません。寧ろ僕も、本條さんと話がしたいと思っていたので、グッドタイミングです」
笑顔でそう言いながら、関谷先生は「あ、すいません。次に行かないといけないので、夕食が終わった頃にまた来ますね」と言って、慌ただしく病室から出て行った。
俺は呆気に取られて、何を言われたのか今一つ解らず、頭の中がパニックになった。
(えぇ~?灯里先生もだけど、関谷先生も俺に甘過ぎじゃない?俺が芸能人だから?)と思ったけど、すぐに違うと思い直した。二人ともそういうタイプじゃない事は、何となくだけど解る。
関谷先生も、最初の印象と違った。野崎さんが言うように信用ならないって感じはしない。場を和ませようと冗談を言うけど、不真面目な訳じゃない。仕事に対しては真摯で、至って真面目だ。
ただなんというか、関谷先生がプライベートな時間を割いてまで・・・とういのが正直、意外だった。
(それはどっちかというと、灯里先生の方だよな。比べたら良くないんだろうけど、先生の方がより仕事熱心な気がする)
そんな失礼な考えをしていたら、俺は(ちょっと待てよ・・・関谷先生さっき、僕も話がしたいと思ってたってような事言ってなかったか?)と、ある疑問が湧いてきた。
関谷先生が俺と話をしたい事と言えば、思い付くのは退院の事か、灯里先生の事しか思い付かない。
もし退院の話なら、野崎さんが一緒に立ち会うか、灯里先生が一緒に立ち会うだろう。それか、入院した時のように、四人で話をするだろう。
「そろそろ退院の目処について話し合いましょうね」と、あの場でそう言って終わったハズだ。でもそういう感じではなかった。
つまり関谷先生も、灯里先生の事を話す気でいるのだろうか。それはそれで願ったりだけど。
(でも一体何の話だろう?)と思って気付いた。
カウンセリング中の話なんかは、灯里先生と関谷先生は共有しているはず。だとしたら・・・(あっ・・・)と、頭を抱えてしまった。思い当たる事が一つある。そう、先生を押し倒した時の事だ。
(あぁ〜怒られるかな。それとも強制的に退院させられるとか?)そう思い始めたら、もう悪い事しか思い付かなくなった。
(先生の事を聞く前に退院になったら・・・いやでも、いつかは退院するんだよな。そうなったらもう先生に会えないのか・・・)等と、自分でも驚くくらい、ネガティブな考えが止まらなくなってしまった。
前にも思ったけど、特定の誰かの気を引きたい、という気持ちも初めて感じた事だ。更にいうなら、こんなに興味を持った事も、もっと仲良くなりたいとか、もっと深く知りたいと思った事も初めて。
そして今は恋愛として、触れたい、抱き締めたい、キスしたいとまで思うようになった。恋愛自体も初めての経験だから余計、どうしたらいいのか解らない。
(病気で入院してるはずなのに・・・あ、そういえば俺の病気って何なんだろう?って、前にも思ったな)なのに、診察やカウンセリングの度に聴き忘れている。
俺は(野崎さんなら知ってるかな?)と思い、忘れないうちにと、野崎さんにメールを送った。すると、五分とかからずに返信がきた。
(忙しい状況で、返事が早いのは嬉しいけど・・・長っ)
よくこの短時間で、これだけの長文メールが打てたなと感心する程、とにかく長かった。忙しくてなかなか面会に来れない事に対する謝罪から始まり、事務所の現状を伝える文章が連なっている。
肝心の病名については『うつ病と聴いてます。診断書にもそう書かれていました』とあり、これからは健康管理も・・・と続いている。
(うつ病・・・ん?でも先生は「これはまだ仮説ですけど」って、よく言ってるけど・・・あれって、どういう意味なんだろう?)
専門家の言う事は、一般人の俺には解らない。野崎さんがそう聴いて、診断書にもそう書いてあるなら、それでいいのかも知れない。どうせ専門的な病名を聴いた所で、それが何なのか解らないだろう。
(それよりも、関谷先生との話の方が重要だな。関谷先生の話の内容が気になる・・・早く夜にならないかな)と、思いながら俺は日中を過ごした。
ドアをノックする音と共に、ドアが開いて「こんばんは、本條さん」と、関谷先生が入って来た。つられるように、俺も「こんばんは」と挨拶をした。
「先に回診させて下さい。一応ここまでを仕事扱いにして貰いました」
「え、あの、本当にすいません」と、本当に心の底から申し訳なくなった。
「気にしなくて大丈夫ですよ。僕も話したかったって言ったでしょ」
そう言いながら、関谷先生はバイタルチェックを始める。体温やら何やらを、カルテに記入しながら「夕食は食べれました?」
「はい、夕食も完食出来ました」と言うと、関谷先生は「最近、本当に良い感じですね」と言って、カルテをテーブルの上に置く。
「はい、終わり。じゃあこれからの時間はプラべートモードって事でいいかな?」と聞いてきた。
(プラべートモードって?)と思っていたら、関谷先生が「こっから先は診察じゃないから、俺は素で話しするけどいい?って事」と言った。
「あぁ、そういう事ですか。俺はそういうの気にしないので、関谷先生の好きなようにして下さい」
「あまり大差ないとは思うけどね」と、おどけてみせる。それだけだと、確かに大差ない感じはする。
「それで、本條さんの話って・・・元宮先生の事?」
「あ〜はい・・・やっぱり、灯里先生から色々聴いてますよね」
「大まかな事はね。というか、珍しく診断結果について相談されてね」
「ん?俺の病気ってうつ病なんじゃないんですか?」
俺は、野崎さんから貰ったメールに書かれていた、病名を出した。
「うつ病だよ。でも、うつ病にも色々あってね。それを細分化させると、うつ病以外の病気が解るんだ。本條さんはカウンセリングを希望したでしょ?」
「はい、しました」
「病気の細分化・・・特にこの手の病気は、カウンセリングを行う事で、普通に診察するより細分化し易いんだよ。血液検査やレントゲンじゃ、心の中は解らないからね」
(なるほど、そういうものなのか。というか俺もそれ思ったな・・・レントゲンじゃ心の中は解らないって)
「でも確か、希望しなくても良いんでしたよね?」
「そうだよ。重度の患者さんじゃない限り、カウンセリングは強制力を持たない。自分の病状をより詳しく知りたいと思う人もいれば、そうじゃない人もいる。単に、話を聴いて欲しいって人もいるね」
それは最初の頃に言われた。だからなのか、俺も灯里先生に「どうしますか?」と聞かれた。
「その、カウンセリングの内容って全部、関谷先生にも報告されるんですか?」
「時と場合によるかな。さっきも言ったけど、本條さんの事は、大まかな話しか聴いてないよ」
「そうですか・・・」と呟きながらも、俺は(大まかって、どんだけ大まかなんだろう?)
「俺はアイツの診断を信用してる。でも本当に、珍しく悩んでてさ。言い方悪いけど一人の患者相手に、ここまで拘るアイツ自体も珍しいと思った。後は本條さんが、アイツに惚れたって事しか解らなかったけど」
そう言って、関谷先生は面白そうに笑った。それを見て俺は、ちょっとムッとした。
「俺が灯里先生に惚れたら、おかしいですか?」
「違う違う、本條さんの事じゃなくてさ。アイツの反応が、相変わらず過ぎて・・・それが面白くてさ」
「灯里先生の反応?」
「アイツから何か聴いてる?もしかして、それも込みで話がしたいって言ったんじゃない?」
(まぁ、恋愛も絡む内容ではあるけど・・・まぁ話してみないと解んないしな・・・)と思って、俺の素直な気持ちと、恋愛話になった時の灯里先生の反応を話した。
「う〜ん。本條さんにとってはショックかも知れないけど、アイツが言った事は本当。昔から性には奔放でね。でも、それはアイツが持ってるトラウマの反動かな〜って気もする」
「トラウマ?」
「本條さんが今言ったでしょ。話をしている時のアイツの態度」
(恋愛に対する、頑なまでの拒絶反応。あれがトラウマによるもの?)
「アイツのプラべートな事だから、あまり詳しくは話せないけどね。でも強いて言うなら、アイツは無償の愛情を欲してるクセに、それを素直に受け取る事が怖いんだよ。そして、トラウマの所為で過剰反応する」
(ちょっと難しくて、きちんと把握出来ないけど・・・)と思いながら、もう一つの疑問にも関係している気がした。
「そのトラウマの中に、家族の愛情も込められてますか?さっきの恋愛話の時以外にも、様子が変だった事があったんです」
俺はそう言うと、その時の事を話した。
「え、アイツが?カウンセリング中だよね?」
「そうです。だから俺ビックリして、どうしていいか解らなくて、関谷先生を呼びましょうか?って言ったんですけど・・・」
「それは珍しい。いや、珍しいなんて言葉じゃ、済まないよ・・・」
「そんなに珍しい事なんですか?」
これにもビックリした。てっきり、関谷先生にはそういう所も、見せていると思っていたから。関谷先生もそう言うと、一呼吸してから話を続けた。
「確かに俺の前では、弱音を吐く事もあるよ。家族みたいなものだし。まぁ、それも殆どないけどね。でもそれって逆を言うと、俺以外の奴には見せないって事じゃん?」
「まぁ・・・そうですね」
「なのに、本條さんの前では見せた。それがもう珍現象」と言って、何かを考え始めた。そして、暫く経って口を開いた。
「ここだけの話にして欲しいんだけど・・・」
「勿論、誰にも言いません」
「本人にも言わないでね?」と念を押すように言うので、俺は無言で頷いた。
「アイツは本條さんの本性を知りたいと思ってる。それがどうしてなのかは、本人にも解らないらしい」
(俺の本性?あ・・・もしかして、押さえ付けられてるとかいう、俺にも解らない部分の事かな?)と思っていたら、関谷先生は俺にこう言った。
「これはお願いみたいなものなんだけど・・・本條さんには、アイツの心を受け止めて欲しいって思ってるんだよね」
「え、俺が?!」俺はビックリし過ぎて、思わず大きな声を出してしまった。
「本條さんさ、純粋にアイツの色んな表情が見たいとか、無意識で傷付けてたかも知れないって、本気で心配してたでしょ?」
「そりゃ、あんな顔させたくないし・・・笑った顔がもっと見たいって思ったから。だから地雷があるなら出来るだけ避けたいと思って。そういうの、関谷先生なら知ってるかなって思ったから・・・」
「うん、知ってるよ。だけど、その話を聴いた後でも同じ事が言えるかなって思ったんだよ。でも本條さんなら、きっと大丈夫なんじゃないかって確信した」
「俺、灯里先生が少しでも多く、笑っててくれるなら何でもします。あ、何でもは言い過ぎかな」
我ながら、何でもするって言うのは軽率過ぎた。俺には、俺の出来る事しか出来ない。
「素直だね。そういう所に皆、惹かれるんだろう。じゃあ、話せる範囲で話すね。それでいいかな?」
「お願いします」と頭を下げて言うと、関谷先生は笑いながら「きっとそういう所かな・・・」と呟くように言って、灯里先生の話を始めた。
関谷先生の話を聴き終わった後、正直どういう反応をして、何を言えばいいのか解らなかった。でも一つだけ確信して言える事がある。
「俺が絶対に、灯里先生を幸せにします!」
すると、関谷先生はいつもとは違う感じの笑顔をしながらも、真剣な眼差しで言った。
「やっぱり本條さんだな〜。うん、本條さんならアイツを変えられるかも知れない」
「それは褒めてます?」
「褒めてる、褒めてる。そして期待してる」
「でも、期待に応えられなかったら・・・」と、いつになく弱気な事を口にした。
「まぁ、その時はその時でしょ。アイツの事で何かあったら、また俺に話してよ。出来る限りの協力はするから」
「ありがとうございます」
「アイツの事だから、一筋縄とはいかないと思うし」
確かにそんな感じはする。難攻不落の要塞ってイメージ。それ以前に、俺の事を恋愛対象として見てくれるのかも謎だけど。
「あ、そうだ。灯里先生の好きなタイプって、どんな人か知ってますか?」
「ん〜・・・知ってるけど・・・それは言えないな~。それこそ話のネタで、聞いてみればいいんじゃない?」
「なるほど、話のネタか・・・」
「と、まぁ長くなったけど。今の段階だと、俺が話せる事も、言える事もここまでかな」
「いえ、充分です。ありがとうございました」
「それじゃあ、俺はそろそろ帰るから。本條さんは、ゆっくり休んで下さいね」
そう言って、関谷先生は席を立った。そして、テーブルの上のカルテを持つと、病室から出て行った。
一人になった病室で、ベッドに移動してその上に座ったまま、関谷先生の話を思い返していた。
灯里先生は恋愛を拒否する。でも愛情は欲しい。寧ろ、愛情に飢えている・・・か。なんか、解りそうで解らない。
それはきっと、俺が家族や事務所の皆、応援してくれるファンから、常に与えられてきたから。だからそういう、苦しみも痛みも解らないんだろう。
(無償の愛か・・・そもそも、愛情に無償も有償もあるのか?あ、写真集の有償特典的な?いや、違うな。それは物理的な事であって、感情のそれとは、たぶん違う。あ〜も〜解んない・・・でも、可能性があるなら諦めない・・・)
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