誰がサナギを殺すのか

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「そ、そんなの、反対されるに決まってるじゃん! なにそれ!」  思ったことがそのまま口から出てしまった。それを水沢君は鼻で笑って、 「なんでダメ? 植物には光合成もしないで周りに頼ってばかりのものもいるよ」 「水沢君は植物じゃなくて人間じゃん!」 「生き物っていう意味では大して変わらないと思うけど。僕のやりたいことは否定されて、両親の押しつけは許される?」 「内容によるでしょ。ニートと医者じゃ、さすがにさぁ……」 「そうかな」 「そもそも、本当にそれが水沢君の夢なの? なんか嘘くさい」 「鋭いね。たしかに、夢っていうのは嘘。でも、そうしてやりたいとは思ってるよ」 「ほんとの夢は?」 「教えない」  そりゃそうか。訊いといて何だけど、込み入った話ができるほど私達は仲良くない。それは別にいいけど、なんか胸がモヤモヤする。 「もう帰るけど、まだそこにいるの?」  手際よく用具を片付け、キャビネットに鍵をかけた水沢君は、何をするでもなく佇んでいた私に一応、といった感じで声かけた。 「待って、あの……。また、ここに来てもいい?」  胸のモヤモヤは、形容しがたい強烈な不安に変わっていた。水沢君は少しだけ考える素振りをした後、いつもの淡々とした口調で、 「勝手にしたら」  と、言った。  それから、私は屋上へ頻繁に通った。水沢君は黙々と作業をしていて、他に人がいる時は『こっち来んなオーラ』を出すから、仕方なく私は適当な場所で時間を潰した。あれ以降、将来の話はしていない。私だってそれくらいの配慮はできる。当たり障りのない会話や面白い動画を教え合ったりしながら、私達はサナギが羽化するのを待った。  でも、結果的にサナギは羽化しなかった。代わりに、虫かごの中には別の虫が入っていた。 「なに、この虫」  赤褐色で羽のある細長い虫が、長い触角を小刻みに動かしながらカゴの底で居心地悪そうにしている。 「寄生蜂だ。ほら、サナギに穴が空いてる」  見ると、たしかに破ったような大きな穴が空いていて、私は思わず飛び退った。 「寄生って……。でも、カゴの蓋はずっと開いてなかったのに。いつ寄生されたの?」 「幼虫の時に寄生されてるから蓋は関係ない。サナギの『中身』はこの蜂に食べられちゃったんだね」  淡々と説明しながら、水沢君は虫かごの蓋を外して寄生蜂を外へ逃がした。そして、遠くを見るような目で、 「よくあることだよ」 「でも、酷くない? せっかく羽化しようと頑張ってたのに、勝手に寄生してきた蜂に食べられちゃうなんて」 「別に。こんなの、ただの生存戦略だし。どこの世界でも普通にあることでしょ」 「冷めてるなぁ……」  水沢君はちょっとムッとして顔を背けた。とはいえ、水沢君の言ってることはなんとなく理解できる。でも、だからといって簡単に割り切れるわけでもなく、蜂の栄養になってしまったこの子が可哀想で、私は虫かごを再び覗き込んだ。 「お墓作りたいね」 「良い場所がある」  水沢君が案内してくれたのは、外周を取り囲んでいるツツジの花壇だった。今が見頃の時期で、ピンク、赤、白など色とりどりの花が咲いている。その根元にサナギを埋めた。 「ツツジの蜜はアゲハチョウの好物なんだ。羽化していたら、きっとここに来たと思う」 「アイスの棒か何か差さない?」 「そんなの差したら目立つでしょ」 「そっか、残念。……ていうか、寄生蜂なんて初めて知った。水沢君って虫のことに詳しいんだね」 「本を読んでたら自然とそうなっただけ。……そうだ。ちょうど似たような本を持ってきてるから、興味があるなら貸そうか?」  そう言って彼がスクールバッグから取り出したのは、虫ではなく菌類の本だった。新書サイズのその本を受け取り、パラパラとめくっていると、唐突に蟻の死骸が大写しで現れて思わず息が止まった。 「ビッ……クリした~。なにこれ、キモ」 「あぁ、それ。凄いよね。菌がその蟻を操ってるんだ」 「菌が?」 「うん。舌噛みそうなくらい長い名前の菌で、たしか……」 「待って待って! ネタバレしないで!」 「わかった。じゃあ、黙っとく。返すのはいつでもいいから、ゆっくり読んでよ」  水沢君の楽しそうな笑顔を見るのはこれが初めてで、ちょっと驚いたけど、それ以上になんだか嬉しかった。  菌類の本は小難しいものかと思っていたけど、語り口が軽妙で意外と読みやすかった。自室のベッドの上で軽く数ページ読んでいると、進化に触れた一文に目が留まった。生物の進化というのは、目的に合わせて体や機能を変化させることではなく、偶然に起こった遺伝的変異が生存に有利なら生き残り、不利なら淘汰されるという、それだけのものなのだ、と。そして、ある環境下で生きるのに適した形質を持っていることを『適応』というのだ、とも。重要なのは、場所に自分を合わせるのではなく、合う場所を見つけることなのだ。不思議と胸がドキドキして、そこの文章だけ何度も何度も読み直していると、側に置いていたスマホが軽く震えた。いつもはゆっくり進むグループのフィードが賑わっている。 『凜々花、一組の水沢君とつきあってるの?』  優愛ちゃんの投げた言葉を見た瞬間、胃がギュッと苦しくなった。混乱しながらも、震える指でなんとか文字を入力して、返信。
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