誰がサナギを殺すのか

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『は? なにそれ。違うよ』 『でも、最近よく二人で屋上にいるんでしょ? 見たって人いるよ?』 『すご~い。凜々花ちゃん、初彼だよね?』 『凜々花って、あーいうのがタイプなんだ』  次々と返信が来る。違うって言ってるのに。 『水沢君は美化委員長だから花壇の世話をしてるの。屋上に行けば、そりゃ会うよ』 『へ~、詳しいじゃ~ん。つか、なんで屋上に行ってるの?』 『一人で考えたいことがあるから』 『考えたいことって?』  グイグイ来る。思わず溜息が出た。ジワジワと追いつめられているような、嫌な気配。たまに優愛ちゃんはこういうことをする。私に白状させたいんだ。 『進路とか』 『受験なんかまだ先でしょ』 『言い訳とかいらないよ。良い感じなんでしょ、彼と』 『だから違うって』 『はいはい。じゃあ、放課後、水沢君に直接確かめてみようか』  は? 『屋上に呼び出して、いつも二人で何してるか聞くの。凜々花が恥ずかしがって本当のことを話してくれないから仕方ないよね?』 『わー、楽しみー』 『私もドキドキしてきた!』  次々と会話が流れていくフィードを眺めているうちに、私の心は冷えていった。この流れは止められない。ここで私がマジギレしたところで、『冗談なのに』とか『嘘だよ』とか白々しい言葉が洪水みたいに押し寄せるだけだ。それで納得しないと、空気を読まずにキレてる私が悪いみたいな感じになって、最悪の場合はグループから追い出される。 『ごめんだけど、凜々花が呼び出してね。話したことないウチらじゃ怪しまれるからさ』 『昼休みなら誘いやすいんじゃない?』  卒業までの間、私はこのグループにいなきゃいけない。合同体育や行事でペアを組んだりグループ活動をする時に便利だからだ。それ以外に一緒にいる理由なんて、本当は無かったのかもしれない。 『そうだね、いいよ。別に聞かれて困ることなんか何も無いし』  返事を見ずにフィードを閉じてベッドに寝転がった。何度目かの溜息を思い切り吐き出す。三人は私と水沢君をオモチャにしてる。つきあってる疑惑なんて本当はどうでもいい。面白がってるだけ。それが余計に腹立たしい。  机からノートとペンを取り出し、今の気持ちをひたすら書き殴ってはビリビリ破ってゴミ箱に捨てる。それを繰り返しているうちに、だんだんと気持ちが落ち着いてきた。優愛ちゃん達は飽きたのか、いつの間にかフィードは静かになっていた。考えてみれば、私は水沢君と大して繋がってない。たまに屋上で話すだけの人だから連絡先の交換だってしていない。だけど、そういうのが良かったのだ、と今更ながらに気付いた。水沢君はどうかわからないけど、あの場所は私にとって心地良い居場所だ。その場所を面白半分に壊されたくない。考えなきゃ。  水沢君を呼び出す時は、優愛ちゃん達がどこかで覗いているはずだから、その場で計画をばらすことはできない。でも、暗号みたいなものでバレないように警告を出せたら……。  と、その時、読みかけだった菌類の本が視界に入った。私と水沢君だけが知っているもの。ふと、水沢君の言葉を思い出し、急いで該当するページを探して開く。オフィオコルディセプス・ユニラテラリス――この、舌を噛みそうな名前の菌に賭けてみるしかない。  昼休みはすぐにやって来た。朝から緊張で吐きそうだったくせに、いよいよとなると妙に高揚している自分がキモい。これから一組のみんなに『頭おかしい奴』って思われるのに、どうかしている。振り返ると、遠くで優愛ちゃん達がニヤつきながら「行け行け」とけしかけている。この光景は正にアレだな、と密かに苦笑して、私は水沢君の席に直行した。 「水沢君、大変!」  一瞬だけ教室が静まり返った後、含み笑いのような囁きがあちこちで湧き上がった。水沢君は読みかけの本を音を立てて閉じ、大きな溜息をついてから小さな声でボソリと返した。 「……なに?」 「オフィオコルディセプス・ユニラテラリスが暴れて大変なの!」  ひと息で言ったから、聞き取れた人は水沢君以外にはいないはず。水沢君は顔をしかめて、 「何言ってんの? あれは……」 「うん! だから、一緒に来て!」  腕を引っ張って、無理やり水沢君を廊下に連れ出した。途端に背後が騒がしくなる。野次馬が増えるのは嫌だから、私は前だけ見て全速力で走った。 「ちょっと、ほんとに何?」  ひとけの無い階段の踊り場で手を離すと、水沢君が肩で息をしながら迷惑そうな顔で睨んできた。 「オフィオコルディセプス・ユニラテラリス。凄いでしょ、ちゃんと言えるの」 「……覚えたんだ」 「うん。昨夜、ひと晩で。おかげで、頭に棲みついたみたいに離れない」 「それが言いたかっただけ? 他に用が無いなら教室に戻るけど」  声が苛立ってる。マズい。想像してた以上に水沢君が怒ってる。 「用ならあるよ! でも、まだ……。あ、あの菌って何をする菌だっけ?」 「何って。あれは昆虫寄生菌でしょ? 覚えたんじゃなかった……の」  途端に水沢君が真顔になった。そして、 「頭から離れないんだっけ?」  私は期待を込めて何度も頷く。すると、水沢君は嫌悪感に満ちた険しい顔をしてから踵を返した。 「やっぱり、教室に戻る」 「待って待って! ごめん、ふざけてるわけじゃなくて、これからが本題なの! ……今日の放課後、屋上に来て」  ひきとめる私を水沢君が無言で見つめる。目には相変わらず光が無くて、戸惑いも不審も見当たらない。でも、少しは信頼してもらえてると信じたい。 「話があるの」
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