vol.1

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※ このお話は拙宅の『Nature or Instinct?』と、相方の『好きと幸せの倍数』のクロスオーバー作品になります ※ 時系列でいくと、Nature or Instinct?本編終了後のお話になります ※ 下記の登場人物一覧と併せて、大丈夫な方のみお進み下さい ーーーーー 登場人物紹介 二条 怜 17歳。無職。本條青葉の追っ掛け(害のないストーカー)と結人の動画編集をしている。趣味は本條青葉の追っ掛けとゲームとネット徘徊(趣味というよりは日課)。コミュ障で陰キャだがネット上での知り合いは多い。蓮とは結人の動画編集の際に訪れた一ノ瀬家で知り合った。蓮とは恋人同士。 ※ 作品内での特殊設定→極度の不安やパニックに陥ると台詞がひらがなになります。 一ノ瀬 蓮 17歳。有名進学校に通う成績優秀なDK。兄の結人の前では猫を被っているブラコン。なので結人がいる時は一人称が「僕」になる徹底ぶり。趣味はお菓子作りで料理は簡単なものしか作れない。怜と知り合ってからは少しづつ兄離れし始めた。怜とは恋人同士。 一ノ瀬 結人 20歳。美術系の専門学校。同性の恋人がいる。趣味はゲームと配信(するのも見るのも好き)と推し活と料理と支部周回。基本的に結人が料理担当。ブラコンで意外と抜けてて大雑把。隠れ腐男子だが怜には色々バレてるので怜には色々話す。 本條 青葉 22歳。俳優。子役から芸能界活動を始め仕事大好きで仕事にしか興味がなかった。極度の疲れと寝不足とストレス(無自覚)から倒れ入院した。転院した先で灯里と出会い一目惚れし(無自覚)猛アタックの末晴れて恋人同士になった。 野崎 奏汰 28歳。独身でフリー。青葉専属のマネージャーでお世話係。青葉が弟のようで可愛くて仕方ない青葉信者。頭も良く常に笑顔で人当たりがいい敏腕マネージャーだが物凄く裏がありそうな人。プライベートも謎多き人である。 関谷 遼 28歳。独身でフリーのノンケ。精神科医。父と兄で開業したのを機に灯里と共にその病院に勤務している。切り替えが早く順応性も高い。周りからは温厚な人と見られがちだが深く考えていないだけというタレコミ有り。仕事以外は割りとルーズ。 元宮 灯里 28歳。心療内科医でカウンセラーの資格もある。パッと見は無愛想だが実は面倒見が良く優しい。趣味は読書と料理。たまにお菓子も作る。紆余曲折を経て目出度く青葉と恋人同士になった。 ――――― (今日の本條さんは……9時から雑誌の撮影と取材。13時からは新ドラの打ち合わせ。撮影スタジオが渋谷だから、本條さんはその前にスタジオに入る。ボクはその前にスタジオの近くに……) 夢中になって今日の予定を考えてた時、LINEの通知が鳴って、ハッとしたボクは慌ててスマホに手を伸ばした。 『怜、おはよう。ちゃんと朝ごはん食べた?』 『おはよう蓮!ご飯はとっくに食べたよ。そろそろ出掛けようと思ってた』 『あぁ……いつもの?』 『そう、いつもの!』 『くれぐれも気を付けて。俺も学校頑張るから、怜も頑張って』 『ありがとう蓮!大好き♡』 LINEの相手は、半年前から付き合っている恋人の蓮。いつもボクの事を1番に考えてくれて、ボクの事を大切にしてくれる。 ボクはLINEの返信を打ちながら、靴を履いて家を出た。そして(よし、今日も本條さんの追っ掛け頑張る!)と、心の中で気合を入れた。 本條青葉さんは、超売れっ子の人気の俳優さん。子供の頃から芸能界でずっとトップを走っている。ボクの人生の最推しで、憧れの人で命の恩人みたいな人。 憧れているとはいえ、本條さんみたいになりたいと思った事はない。少しでも本條さんを見ていたいからといって、芸能界に入りたいとも思わない。 (そりゃあ、もっと近くで見たいけど……それはそれで、心臓が止まるかも知れない。大体、ボクみたいな陰キャが、芸能人になんてなれる訳ないしね。遠くから眺めて、拝んでいられるだけで充分) そんなボクの追っ掛けも容認して、応援してくれる蓮は世界で1番、大好きで大切な人。たまに心配し過ぎじゃないかって思う時もあるけど。 (蓮のお兄さんの結人さんも、心配性のブラコンだしな……兄弟だから、そういう所も似るのかな?あ、これ、蓮に言ったら拗ねるかも……黙っておこう) 蓮はよく、結人さんの過保護さに愚痴を言うけど、心の底から嫌がっているようには見えない。そんな2人を見ていると、兄弟がいないボクには、蓮と結人さんの関係が羨ましくもある。 そんな事を考えていたら、目的の駅に着いた。すると、待っていたかのようにLINEが届いた。見ると、噂をすればなんとやらで、送り主は結人さんだった。 『怜〜助けて〜!』 『編集作業ですか?』 『もう、訳が解らない!』 実は結人さんとは、蓮よりも先に知り合っていた。でも結人さんと出会ってなければ、蓮とは付き合っていなかったと思うと、人生って何があるか解らないと実感する。 蓮のお兄さんの結人さんは今、人気急上昇中の配信者さんで、デザイン系の専門学校に通っている。ボクは、配信開始からずっと好きで応援していた。 好きで応援はしていたけど、正直(編集が雑で下手だな)と思っていた。 そんなまだ駆け出しの頃の結人さんが、凄く些細な事だけど、編集でとても重要なミスをしていた。ボクは慌てて、DMでそれとなくアドバイスをした。このまま消えて欲しくなかったから。 その事を凄く感謝され、それが切っ掛けで結人さんと仲良くなり、ボクは編集のやり方を教えるようになった。 でも必要最低限の操作しか出来ない結人さんには、少し難しかったようで、結局は動画編集の殆どを任される事になってしまった。 『ゲーム実況ですか?』 『そうそう。いま人気の○○○ってゲーム。怜はやった?』 『買った次の日に全クリしました!』 『流石!』 『その次の日に予定があったので、気合いで終わらせましたw』 『あ〜推し活か』 『そうです!』 結人さんも、ボクが本條さんの追っ掛けをしている事を知っている。そして蓮と同じように、応援してくれるけど、心配もしてくれる。 (やっぱり兄弟だな)と、ちょっと可笑しくなった。 『もしかして現在進行形?』 『そうです。でも、終わりが予測出来ないので、今日は早く切り上げるつもりです。なので、夕方には行けますよ〜』 『それは助かる。俺も今日の講義は午後イチの1コマだけだから、夕方には帰れると思う』 ボクはLINEの返信をしながら人混みを避け、目的地の撮影スタジオの近くに着いた。 『終わったらまた連絡するよ』 『了解です。学校、頑張ってください!』 『ありがとう。怜も気を付けろよ』 『はい!』 LINEが終わると、改めて(兄弟だな〜)と思った。特に最後の部分は、数時間前に蓮と遣り取りした内容にそっくりだと思う。 (きっとこれ、結人さんに話しても、蓮と同じ反応するんだろうな。あ、そろそろ本條さんが来る時間だ。え〜と……うん、誰もいない。先に出待ち対策でも仕掛けておくかな……) そう思ったボクは、バッグから小型のノーパソを取り出して、カタカタとキーボードを打ち始めた。 今どき追っ掛けなんてする奴いるのかと、聞かれる事がある。 ナマモノならどの界隈にも、一定数は追っ掛けする人達はいる。何処の現場にも現れてはほぼ1日中、その人の後を着いて回る。 中にはガチめのリアコという存在がいて、更にその中には、対象の住所まで特定しようとする人もいる。 実は去年、本條さんは危うく刺されそうになった。その時は、SPの人が素早く取り押さえて、大事にはならなかった。でもその事は報道される事もなく、その場に居合わせた人達しか知らない。 その半年後には別の人に、とうとう住所まで特定されてしまった。拡散される前に証拠は消された。特定した人がその後、どうなったのかは知らないけど、すっかり見掛けなくなった気がする。 刺されそうなった事と、住所が特定された事が立て続けに起こった所為か、本條さんは暫くホテルに泊まっていたが、半月もしないで今のタワマンに引っ越した。 どうしてボクがこんなに詳しいかと言うと、どっちの現場にも居たから。そしてその、一部始終を見ていたから。 ボクが持っている本條さんに関する情報源は秘密。住所の特定についても秘密。とはいえ、全ての情報が手に入る訳ではないから、限られたチャンスを活かしてるだけ。 そしてこの本物の情報を元に、あんな怖い事がもう起こらないようにしようと思った。ボクがやっているのは、追っ掛けの人達に嘘の情報を流す事。 その嘘の情報で、出来るだけ本條さんに近付こうとする、害悪ファンを減らす。それでも0人にはならないし、あわよくば近付こうとする人達も居るから、遠くから見ていて、ハラハラする事がよくある。 この事を、蓮から告白された時に話したら「付き合わなくてもいいけど、危ないからそういう事は止めて欲しい」と言われた。 それでもボクにとっての本條さんは特別だった。だから蓮には、正直に「ボクから本條さんを取ったらボクじゃなくなるよ」と言った。 「怜にとって、本條青葉ってなんなの?」 「ん〜と……簡単に言うなら、ボクを救ってくれた人で、ボクに光をくれた人で……つまり、命の恩人みたいな人」 「付き合いたいとか思ってる?」 「ううん、それはない。住む世界が違い過ぎるもん。それでもボクは、本條さんが生きてるこの世界で、少しでも近くで本條さんを見ていたいんだよ」 「それって、恋愛感情での好きって意味じゃない?」 「だから違うってば。本條さんに対する好きって気持ちは、恋愛とは違う意味の好き。恋愛としての好きって意味なら、蓮の方が好きだもん」 「え……」 「あっ……」 ボクはキーボードを打ちながら、半年前の出来事を思い出していた。 懐かしい気がしたけど、まだ半年前の事だ。結人さんに会うよりも最近で、本條さんに会うよりも、もっと最近の出来事だ。 (それだけ蓮との時間も、ボクの中では大切になってるって事かな。よし、情報の改竄完了。後はスマホからポチればいいだけ) その時、1台の車がスタジオ前で停まった。ボクはすぐに(本條さんの車だ)と解った。ほぼ毎日のように見てれば、必然的に覚えてしまう。 (あ、本條さんが降りた。そっか、このスタジオって駐車場がないのか。窓越しじゃない生本條さん!久し振りに見た!やっぱりカッコイイな…でもちょっと眠そうかも。今だ!心のシャッターを切るんだボク!) 追っ掛けはしているけど写真は撮らない。本條さんがオフの日は追っ掛けもオフ。何があっても話し掛けない。これがボクなりの追っ掛けマイルール。 どんなに好きでも、やって良い事と悪い事がある。それはきっと、ファンだから許されるって問題じゃないと思う。例えば相手が蓮や結人さんだとしても、2人の嫌がる事はしない。 でもこの、追っ掛けに対する想いだけは譲れなかったから、渋々認めて貰ったけど……きっと、本当は嫌な思いをさせてるんだろうな、今でもやめて欲しいって思ってるんだろうなって思う。それを考えると、たまに罪悪感でいっぱいになる。 こんなボクなのに2人は、ちょっとした意地悪をしたり言ったりするだけで、本気でボクの嫌がる事はしない。だから2人と居ると安心する。 (あ〜本條さん、中に入ってっちゃった……。そりゃあ、仕事なんだから仕方ないか。それにいつまでも外にいたら、人集りが出来て大変だし。それじゃあボクは本條さんが終わるまで、此処で昨日の続きをやろうっと) ボクはバッグの中から、今度はSwitchを取り出して起動させると、昨日やっていたゲームの続きをやり始めた。 それから1時間くらい経った頃、ボクはもう1台のスマホを取り出して、さっきの嘘の情報ファイルを開いてSNSに投稿した。 (まぁ今日はあまり人もいないし、新ドラの打ち合わせの事は、どのSNSにも流れてないから大丈夫だと思う。ん~それなら…この撮影が終わったら、ボクは結人さんの手伝いに行こうかな。でもな……) 欲を言えば、仕事を終えた本條さんが自宅に着くまで見ていたい。物陰から(お疲れ様でした)と、心の中で言いたい。 だけど、今日の本條さんは打ち合わせ後のスケジュールがない。今日は打ち合わせが終わったら、仕事は入ってないんだろう。 そう考えると、結人さんに言った通り、終わりが予測出来ない。その、結人さんからSOSがあった以上、ボクも今日は早々に引き上げた方がいいと思った。 (それに、結人さんの手伝いに行くって事は、蓮にも会えるって事だしね。よし、撮影が終わって本條さんが出て来て、あのご尊顔を拝んだら帰ろう) それからまた1時間くらい経った頃、マネージャーさんが先に出て来て、その後ろから本條さんが出て来た。その時、気の所為かも知れないけど一瞬だけ、マネージャーさんと目が合った気がした。 (いやいや、この距離で目が合うなんて気の所為だよね?それより心のシャッターを切らないと!今日はこれが見納めなんだから。お疲れ様でした!この後の打ち合わせも頑張ってください!) ボクは心の中でそう叫びながら、立ち去る後ろ姿を見守った。その時またしても、後ろを振り返ったマネージャーさんと、目が合った気がした。 (そういえば…ボクがこうして嘘の情報を流すようになった頃から、マネージャーさんとたまに目が合う気がする。いや、これは自意識過剰か…気配を消すのはボクの得意技。だからこれはあくまでも、気の所為なんだ。でももし気付かれていたら……) ボクはこの考えに段々、不安になってきて落ち着かなくなってしまった。 (あ……薬。薬飲んで落ち着こう)と、バッグにSwitchやスマホを入れて、代わりに薬入れとタンブラーを取り出した。手の平に薬を出して、タンブラーに入った水と一緒に流し込む。 「ふぅ…」 薬を飲んで深呼吸をして、ボクは(大丈夫、大丈夫)と自分に言い聞かせた。そして荷物を纏めると、駅へと向かった。 ***** 「ぃ…怜。どうかしたのか?」 「えっ、あ…何か間違ってました?」 結人さんに声を掛けられて、ハッとするように我に返った。 そして、結人さんの話を聴いてなかった事に気付いた。それどころか、編集中の画面がさっきの場面から変わっていなかった。 「……いや、間違ってないよ。でも、手が止まってるから、どうかしたのかと思って。体調悪いのか?」 「いえ、大丈夫です、すいません。ただその……此処に来る前に、ちょっと落ち着かなくなって…あ、薬の所為かも知れません」 「それ、余計に心配になるって。まぁいいや、蓮もそろそろ帰って来るだろうから、休憩にしようか。俺もちょっと疲れた」 ボクは、結人さんに気を遣わせてしまった事を反省した。 「すいません……」 「気にすんなって。あ、でも蓮の過保護が発動するかもな」 「あ~……」と曖昧な返事をしたけど、心の中では(すでに結人さんの過保護も発動してます)と思った。 結人さんの部屋を出てリビングに行くと、タイミング良く蓮が「ただいま」と帰って来た。 「蓮、お帰り」 「ただいま怜。兄さんもただいま」 「ついでみたいに言うなよ〜」そう言って結人さんが拗ねる。 それを宥めるように蓮が「先に声を掛けてきたのが怜だったんだから仕方ないでしょ」と言った。 「2人は休憩?」 「そうだよ。あ、ボクお土産買ってきたんだ」 「蓮が帰って来たら食べようと思って待ってた」 「じゃあ着替えて来るから、もう少し待ってて」 蓮はそう言い残して、自分の部屋へと行ってしまった。ボクは蓮に、体調の事がバレてないか不安になってきた。 「そんな顔してたら、嫌でもバレるよ」 「あ、そんなに…顔に出てますか?」 「他の奴は知らないけど、少なくても俺達には解る」 (2人には嘘も隠し事も出来ないな〜)と思った。でもそれはきっと、2人の前だと安心できるから、つい甘えて素が出ちゃうからだろう。 「ホント、怜はわかり易いよね」と、急に蓮の声が近くに聴こえてビックリした。 「もう、蓮!急に…ビックリするじゃん!」 「あはは……隠し事しようとした罰。一体何があったのか、お茶でも飲みながら聴こうかな?」 蓮は笑いながら、イタズラっ子みたいな顔をして言った。ボクは何も言い返せずに、ただ黙っていた。 すると、結人さんまで「賛成〜。あ、俺は紅茶ね」と、満面の笑顔で言った。 「はいはい。怜も紅茶で良い?」 「うん。あ、ボク手伝うよ」 「怜はおとなしく座ってて」 そう言うと、蓮はお茶の用意を始めた。結人さんはスケブに何かを描いている。 ボクは(また2人に心配掛けちゃう。でも、言わないと余計に心配させちゃうし……)と考えると、再び落ち着かなくなってきた。 (薬…薬飲もう)そう思って立ち上がると、結人さんがボクの腕を掴んで、ソファに引き戻した。 「怜。大丈夫だから、おとなしく座ってな。じゃないと蓮がキレ出すよ〜」 「で、でも……」 「はいお茶とお菓子だよ。怜、落ち着かないなら手繋いでるから、ね?」 「うん…ありがと……」 結人さんの優しさと、蓮の優しさと手の温もりが心地良くて、ボクは少しづつ落ち着きを取り戻した。 そして「ボクの気の所為かも知れないけど……」と前置きをして、今日感じた不安を2人に話した。
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