vol.10

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vol.10

「でも怜くん…絶対、この仕事やると思うよ」 真剣な顔で…声で、本條さんはハッキリとそう言い切った。 「ったく…また何を根拠にそんな事を…。二条さんが本條さんのファンだからですか?」 「違いますよ〜。う〜ん…ファンだとか、そういうの関係なくそう思ったんです。あと、根拠はないですけど…良い予感はします!」 「はいはい…。本條さんがそう言うなら、きっとそうなるでしょうね」 そう言って元宮先生は、呆れつつも笑っていた。その顔を見て(その予感って当たるんだろうな…)とボクは、何となくそう思った。 「それより二条さん。一つ確認しておきたい事があります」 「えっ、は…はい、な、なんですか?」 ボクは焦ってしまって、たどたどしく返事をしてしまった。 「仮に…仕事を受けなかった場合でも、うちの病院に通院する気はありますか?」 「えっと…はい。出来るならそうしたいです…」 「解りました。では早速ですが、初診の予約を入れましょうか」 笑顔でそう言った元宮先生につられて、ボクも笑顔で「はい」と返事をした。 元宮先生に教えて貰いながら、スマホから初診の予約を入れた。すると「待ってますね」と、先生が笑顔で言う。 (ぅう~笑顔の暴力…!本條さんとは違う意味で破壊力が凄い!先生の笑顔はきっと、超ウルトラSSR!超レア!ん~もっと笑えばいいのに…) そんな事を考えていたら、不意に「ねぇ…お腹空かない?」と、本條さんが皆の顔を見回しながら言い出した。 すると…ちょっと前までは笑顔だった元宮先生が「また急に…」と、再び呆れた顔をして言った。 「言われてみればもう、6時過ぎてますね〜。どうしますか?」 関谷さんが腕時計を見ながら言うと、野崎さんが軽く咳払いをして話し始めた。 「では簡単に纏めて、今日は解散にしましょう。二条さん、お試しの件についてはお任せします。でも、そうですね…結果が出なくても、1日に1回は連絡して下さい」 「はい」 「関谷さんは二条さんの仕事場の確保と、元宮先生と一緒に、二条さんの診察をお願いします」 「了解です」と関谷さんが言うと、元宮先生も「解りました」と言って、頷いた。 「一ノ瀬さんも何かあれば連絡なり、相談なりして下さい。裏に私の私用の番号が書いてあります」と言いながら、野崎さんは蓮に名刺を渡した。 「解りました」 「それで…青葉くんはお腹が空いたんでしたね。元宮先生と一緒に送ります」 「そうですけど…せっかくだから、皆で一緒にご飯食べたいです!」 「お、それいいですねぇ〜。親睦を深める為にもいいと思いますよ」 「えっ?!いや…ぼ、ボクは…これ以上…」 ボクはこれ以上、無理だと思った。こうして、いつもより近くに…至近距離に推しが居て、こうして話をしているだけでも、心臓が止まりそうなのに…。 ボクの様子を察した蓮が、本條さんと関谷さんに向かって言う。 「誘ってくれてありがとうございます。とても嬉しいんですが、家で兄が夕食を作って待っているので、今日は帰ります」 「そっか〜残念…。でも次は一緒にご飯食べようね」 笑顔でそう言ってくれて、ボクは今度こそ本当に心臓が止まるかと思った。 「じゃあ…怜くんと蓮くんは、僕が責任を持って送っていきます」 「あ、ボク達なら電車で大丈夫です」 「でも時間帯的に電車は混んでるでしょ。渋滞に引っ掛かるかも知れないけど…満員電車よりはマシじゃない?」 ボクは蓮に(どうする?)と、目で訴えた。すると蓮は、関谷さんに「お願いします」と言った。 「了解。じゃあ…野崎さん、2人を送り届けたら連絡しますね。本條さんと灯里もまた病院で〜」 ボクは「し、失礼します」と3人に向かって言い、蓮は無言で頭を下げた。そして2人で、関谷さんの後を追うように歩き出した。 何気なく振り返ると、本條さんが元宮先生に話し掛けていて、先生はそれを微笑みながら聴いていた。 (ふぁ〜っ、まさしく美男美女!あ、いや…先生は男の人だから美男美男かな?それにしても…あぁ…眼福…ありがとうございます!) そんな事を考えつつ、ボクはいつものように心の中で拝み倒して、今度こそ本当に会議室を後にした。 その日を境に、ボクの生活は一変した。という程、大きく変化した訳ではないけど、少しづつ変わっている気はした。 呼び出された日の一部始終は、その日のうちに、ボクと蓮で結人さんに話をした。仕事というか頼まれた事や、通院先を先生達の病院で変える事も話した。 病院を変える話には「それがいい」と、安心したような顔で頷いた。 例のお試しに関して話をすると、結人さんは「面白そうじゃん。俺もやる〜」と、快諾してくれた。 その勢いでやはりその日のうちに、2人それぞれの時間に合わせて、行って貰う場所や時間を決めた。 そして今まさに、蓮に何回目の実況をして貰ってる訳だけど…。 「怜〜、こんな感じ?」 「もうちょっと右…あ、その辺に立って周りを写してみて」 「ぁ、すいません。えっと…ごめん、この辺でいいんだっけ?」 「蓮、大丈夫?」 「まぁ…なんとか…」 蓮はこういう事に慣れていない所為か、毎回こんな感じでだった。 時折、通りすがりの人にぶつかったり…ちょいちょいカメラのアングルが変な方向に行ったり…何故か画像が真っ暗になってしまったり…。 (蓮はこういうの苦手なのに…。いくらボクの為とはいえ、よくこんな提案したな…)と思ってしまう。 それに引き換え、結人さんはやっぱり慣れていて、ボクが欲しい画像を伝えるだけで、確実にその画像が写し出された。 「この動画って何かに使えないかな〜?」 「結人さん、野外ロケしないじゃないですか」 思わずマジレスすると「背景にも使えない?」と、聞いてくる。 「背景には合わないんじゃないですかね…。それなら実況内容に合うやつを切り取って、挟む方が良いかも知れないです」 「なるほど…さすが怜くん!いや…怜様!」 「おだてても何も出ませんよ」 毎回そんな内容の話をしながらも、結人さんはさり気なく、周辺をくまなく写し出してくれた。 (撮るだけならホント、上手いんだけどな…なのになんで、編集になるとおかしくなるんだろう?そこは未だに謎…) ボクがそんな失礼な事を考えていると、不意に「そうだ…」と結人さんが、何かを思い出したかのように話し出した。 「これさ〜、蓮の分も入れると何回かやってるけど…結果はどうなの?」 「慣れとかも関係してくるとは思いますけど…出来なくはないと思ってます…」 「ふ〜ん…撮ってる方は割りと、変な目で見られるけどね」と言って、結人さんは笑った。 ボクは(確かにそれはありそう…)と思った。しかも毎日のように、同じ人が同じ事をしていたら、勘のいい人なら気付いてしまいそうだ。 「通話しながらの動画撮り自体は、慣れだと思うんです…後はボクが、上手く指示を出せるかですね。それと…結人さんの言葉で、えっと……課題?問題点?が解った気がします」 その日のお試しを終えると、ボクはレポート用紙を取り出して、蓮に教えて貰ったように、改善するべき問題点を書き出していた。 暫くするとスマホからアラームが鳴った。病院へ行く時間だった。 (そうだ…今日から先生達の病院に行くんだった)とボクは思い出して、慌てて出掛ける支度を始めた。 いつものバッグに(保険証と…紹介状。念の為、このレポートも入れておこう…あっ、薬手帳も忘れずに持って行かないと)そう考えながら支度していたら、今度は着信音が鳴った。相手は蓮だった。 『あ、怜?これから病院でしょ?俺も一緒に行くよ』 「え、でも学校は?」 『早退した。初診だから、一緒に行った方がいいかと思って…』 「病院くらい1人で行けるもん。ほんっと、蓮は結人さんと同じくらい、過保護なんだから〜」 『兄さんと一緒にしないで欲しい。ていうか、俺が心配になるから、一緒に行きたいってだけなんだよね』 ボクは(いや〜、どっちも同じくらい過保護なんだけどな…)と思いつつも、確かに緊張はしてるから、一緒に行って貰えるのは助かる。 「だからって、早退はダメだと思うよ?結人さんにバレたら怒られちゃうよ」 『あ、兄さんにはもう言った。そしたら「一緒に行ってやれ」ってさ』 (揃いも揃って過保護…) でも、それだけ心配してくれて、大切にしてくれてるんだと思うと嬉しくなる。 「じゃあ…病院近くの駅前で待ち合わせね」 『解った。また後でね』 「は〜い」と言って通話を切った。 それから1時間も掛からずに、待ち合わせ場所に着いた。 (え〜っと…蓮はどこだろう?)と、ボクがキョロキョロしていると、駅からちょっと離れたコンビニから蓮が出て来るのが見えた。 ボクは走って蓮の所まで行くと「お待たせ〜」と言った。蓮はビックリした顔をして「怜?!も〜、ビックリさせないでよ…」と言う。 「え、ビックリさせるつもりはなかったんだけど…。蓮を発見したから走って来たんだよ」 「あの位置から見付けられるって、ホントどんな視力なの…」 「えへへ〜。あ、何買ったの?」 「怜の好きなエナドリと、俺はジュース」 「蓮がジュース?!珍しいね」 「俺だってたまには飲みます〜。というか、そういう気分だったの。それより病院に行かないとね」 「そうだね」 そう言うと、2人で病院に向かって歩き出した。歩きながら、蓮が学校であった話を聴かせてくれた。ボクは学校に行ってないから、蓮が学校での話を聴かせてくれるのが、実は楽しみだったりする。 話をしているうちに、あっという間に病院に着いてしまった。意外と駅から近いというのと、話を聴いているのが楽しかったからだと思う。 「これ病院?」と蓮が言うので、ボクは「こう見えて病院なんだよね~」と言った。 「ボクも1回見に来たんだけど、看板見るまでは解らなかったよ~」 「とりあえず時間になっちゃうから、中に入ろうか」 「うん」 ボク達は大きく開かれた門から中に入ると、左右に道が分かれていた。その真ん中に、案内板が出ていて『正面入口』と、書かれた矢印の方向に向かって進んだ。 自動ドアから中に入ると、受付の所に関谷さん…関谷先生が居て、ボク達を見付けると笑顔で手招きをした。 「良く来てくれたね。もしかしたら来ないんじゃないかと思って、ちょっと心配だったんだよね」 「あ、えっと…元宮先生と約束したので…」 「え〜アイツの為なの〜?いや、まぁ…アイツはああ見えて人たらしだからなぁ…。あっ、この受付で保険証を出しておいてくれる?」 ボクは言われた通り受付で保険証を出す。すると受付の人が「紹介状やお薬手帳は直接、担当の先生に見せて下さい」と言った。 「は、はい」と言ってお辞儀をすると、関谷先生と蓮が少し離れた所に移動していたので、ボクは2人の所へ向かった。 2人は何か話していたらしく、ボクが戻ると蓮が笑いながらボクに話を振る。 「ねぇ怜、関谷先生の白衣姿って違和感あるよね?」 「え〜そんなに〜?」 「そ、それは…見慣れないから…じゃないかな?」 「初めて会った時も思ったけど、医者です!って感じがしなかったからかな」 「あぁ…言われてみればそうかも…」 ボク達は関谷先生に促されるまま、歩きながら話をしていると、面談室と書かれたドアの前で関谷先生が止まって言った。 「確かにそれはよく言われる。これでもれっきとした医者なんだけどね。そうだ、今日は初診だから面談室で話を聴かせて貰うね」 「解りました。あの、蓮も一緒でも…だ、大丈夫ですか?」 「大丈夫だよ。とはいえ、特別というかまぁ…例外だから、そこはオフレコでお願いね」 「はい」「解りました」とボクと蓮で答えた。 関谷先生がノックをしながらドアを開けると、元宮先生が居た。関谷先生と違って、元宮先生は白衣を着ていなかった。 「二条さん、よく来てくれましたね」と、笑顔で元宮先生に言われて、ボクは(ホントその笑顔ヤバい…推せる…)と思った。 「一ノ瀬さんも、一緒で良かったです」 「血縁者でもないのにすみません…」 「いいんですよ。寧ろ、一ノ瀬さんが一緒の方が、二条さんにとっては安心だと思いますから」 「じゃあ早速始めようか。たまに、蓮くんにも質問するかも知れないけど、その時は正直に答えてね」 関谷先生がそう言うと、蓮は「解りました」と返事をした。 それから1時間くらい…家族構成や、学歴、通院歴、服薬履歴を聞かれたり、答えたりした。不思議だったのが、あまり深く質問されなかった事だった。 ボクは子供の頃の話とか、もっと深く質問されるかと思ってたから、不思議というか…意外に思った。 「ちょっと休憩を挟んでから、治療方針の話をしようか。何か飲み物持ってくるけど、何がいい?」 「ボク達、その…自分達の分は持ってきてるので、えっと…大丈夫です。それにさっき、蓮が買ってくれたジュースもあるので…」 「そう?なら…」 「関谷、俺はコーヒーがいい」 「ったく…解ったよ」と言いながら、関谷先生は部屋から出て行った。 それから数分が経って、関谷先生が戻って来ると、今度は治療方針とかという話をした。 ボクは話の内容が、あまりよく解らなかったけど、週に1回の診察を関谷先生がやるという事は解った。関谷先生が対応出来ない時は、元宮先生がやるらしい。 「二条さん、あくまでもこれは提案なんですけど…カウンセリングを試してみませんか?」 「カウンセリング…ですか?」 「二条さんが抱える物を、薬以外でも…少しづつ、軽く出来たらいいと思ってます。その1つがカウンセリングです。勿論、強制ではありません。カウンセリング中に、話したくない事が出て来たら話さなくても大丈夫です。そうですねぇ…都合のいい話し相手、くらいに思ってくれればいいと思います」 ボクはその、カウンセリングというのがよく解らない。でも、元宮先生ならちゃんと話を聴いてくれるんだろうと思った。でもそれ以上にボク自身が、先生に話を聴いて欲しいと思った。 「じゃあ…あの、お願いします…」 「解りました。カウンセリング資格を持つ医師は、他にも居ますけど…」 「元宮先生がいいです!」と、ボクは食い気味に言ってしまってから、我に返って恥ずかしくなった。 「あはは…デジャヴだなぁ、元宮先生?」 「関谷、それ以上言うなよ」 「はい…」 そう言って、関谷先生を黙らせた元宮先生は、やはり怒らせると怖いんだろうなと思った。でも、関谷先生の言った「デジャヴ」というのも気になった。でもそれは、聞かない方がいいんだろうなと思った。 そして再び…この日を境に、ボクの生活は一変する事になる。 それは決して悪い日々の訪れではなく、毎日が楽しくて幸せな日々の訪れを運んで来てくれるものだった。
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