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vol.11 最終話
本條さんの予感通り、あの日から1ヶ月後…ボクは本條さんのネットSPをやる事になった。
何回かのお試し期間中に出た課題点を、野崎さんに報告すると、一緒になって改善策を考えてくれた。その改善策で話が進み、問題があれば都度、検討していくという。
それでも不安は残ったし、自信はまるで持てなかった。
でも、協力してくれた蓮や結人さんの思いと、野崎さんが一緒に頑張ってくれた事が、ボクの背中を押してくれている気がした。
そしてボクは、野崎さんに「やります」と告げた。
「ありがとうございます!きっと、青葉くんも喜ぶと思いますよ!」
野崎さんはスマホ越しでも解るくらい、喜んでくれているのが解った。そう言われて、なんだかボクも嬉しくなった。
そして…場所は関谷先生が、約束通り用意していてくれた。関谷病院の一室…病院の一室といっても、病室とか会議室とかではない。
スタッフルームとして使う予定だった部屋が、使われる事もなく空いてるから、そこを使うようにと言われて、使わせて貰う事になった。
診察のないある日、ボクと蓮は関谷先生に呼び出されて、2人で病院に行った。
病院に着くと入口で、関谷先生と元宮先生が待っていてくれて、関谷先生に「まずは、怜くんの仕事場まで案内するね」と言って歩き出した。
先頭を歩いていた関谷先生が立ち止まった部屋の前で、そこに取り付けられたドアプレートを見ながら「Security Room…?」と、ボクはつい口に出してしまった。
関谷先生が「この名称なら、誰も間違えて入ってくる事はないだろう?」と言った。
「逆に怪しまれませんか?」と蓮が聞くと「確かに怪しそうな気がする」と、元宮先生まで同意してしまった。
「でも他に適した名前なんてないだろう?」と、困った顔をして言う。
「関谷先生、両隣はなんの部屋なんですか?」
蓮が両隣を確認するように、一つ一つ聞いている。それに答えるように、関谷先生が部屋を開けながら説明をしてくれる。
「そっちはスタッフルーム。防音壁になってるから、職員達…看護師やスタッフ達が多少騒いでも、気にならないと思う。こっちは、全職員の更衣室とロッカーがある。更衣室が奥で、手前がロッカー。ここは見ての通り、スタッフルームより広い。ここも防音壁になってる。というか、院内の殆どが防音壁だけどね」
「二条さん、一ノ瀬さん。院内の他の場所や、看護師やスタッフの各主任と、警備員の方にも2人を紹介をします」
そうして元宮先生と関谷先生に連れられて、院内巡りをした。その後は、主な看護師さんにスタッフさんと、警備員の人達に紹介された。
「ぼ、ボク…み、皆さんの顔と名前を覚えられるか不安になってきた…。あと、どこに何があったかとか…覚えてないかも」
スタッフルームで休憩している時に、ボクがそう言うと、3人が声を揃えて「それはないでしょ」と言った。
暫くすると休憩時間なのか、他の看護師さんや、スタッフさんが何人か入ってきた。
「あれ?可愛い子がいる」「イケメンがいる〜」と言ったかと思うと、ボクと蓮を見て矢継ぎ早に「もしかして職場体験?」「ん?関谷先生か元宮先生の親戚の子達?」と質問してくる。
ボクはかつてない経験に圧倒されて、どうしていいのか解らなくなって固まってしまった。すると、関谷先生が「こらこら騒ぐな。ほらビックリして固まっちゃったでしょう」と、ふざけ半分で怒った。
「この子は二条怜さん。隣の部屋でセキュリティ担当として、明日から当院に勤務します。最初は慣れない事もあると思うので、何か困ってそうだったら声を掛けてあげて下さい」
そう言って元宮先生が言うと、誰かが「あぁ、そういえばこの前から、隣の部屋を改造してましたね」と言うと、他の人も「そういう事だったんですね」と、納得したように言った。
「女の子に歳の話は失礼だけど…まだ若いよね?なのにセキュリティ担当って…凄いんだね」
それを聴いた2人がおかしそうに笑い出した。
「デジャヴだな。元宮も間違えられる事は多いけど…そうか、怜くんも可愛い顔してるからな〜」
「おい、俺を引き合いに出すな。あの…二条さん、ちょっと失礼します…」
元宮先生はそう言ったかと思うと、他の人からは見えないようにしながら、ボクの前髪を軽く上げた。
「あぁ…確かに、美少女ならぬ美少年ですね…」
「え〜と…実は俺も、初めて怜に会った時は女の子かと思ってたんです…」
「えっ?!男の子?!」「どっちにしてもいい…」「この病院の一部の職員、顔面偏差値高すぎでしょ」と、また話が盛り上がってしまった。
「こら…見た目で判断してはいけないと、この前も話しましたよね?いくら見た目でしか解らなくても、迂闊に言葉にしてはいけませんよ。あ…そんな俺もでしたね。失礼な事を言ってすみません」
元宮先生がお説教みたいに話をした後、ボクに謝罪をすると、他の人達も次々に「ごめんね」「すいませんでした」等と、交互に謝罪された。ボクは「あ…大丈夫…です」と、ボソッと言った。
すると今度は「え〜と、隣の子は…」と、また別の誰かが言った。
「俺はただの男子学生で、一ノ瀬蓮と言います。今日は、怜の付き添いで一緒に来ました。これからも、何かと顔を出すと思いますので、宜しくお願いします」
蓮がそう言うと、皆がそれぞれに「爽やか〜」「王子様だ」等など言い、皆が「宜しくね」と言った。それに対してファンサのように、挨拶を返していく蓮。
ボクはそんな蓮を見て(ぅわあぁ〜。蓮めっちゃカッコイイ!久し振りの優等生モード!こんなの、何回でも好きになっちゃうよ〜!)と心の中で叫んだ。
「君達、その辺で解放してあげて。それに早くしないと、休憩時間なくなっちゃうよ?」
関谷先生がそう言うと「はーい」と全員が返事をした。そして、皆がスタッフルームから出て行った。
「怜くん、煩くてごめんね。ビックリしたよね」
「はい…こういうの…慣れてないから…」
「でもパニックにならなくて良かったよ」
蓮に言われて(そういえばそうだな…)と思った。
「それは多分…蓮や先生達が、居てくれたから…」
「こういう場に馴染む事や、色んな人達と話をしたりする事は、良い刺激になります。何より良い経験になると思いますよ」
「荒治療な気がしなくもないけど…まぁ、確かに一理あるな。でも…無理はしなくていいからね。無理な事や嫌だと思う事は、断っていい。言い難かったら僕か元宮に言ってね」
「はい、解りました」
ボクは(でも皆、優しくて良い人達って感じ…これならなんとかやっていけそう)と、少し緊張がほぐれてきた。
「あ、そうだった…」と言って、元宮先生は立ち上がると「ちょっと待ってて下さいね」と、スタッフルームから出て行った。
戻って来た先生は、手提げの紙袋を持っていた。
「これを皆で食べようと思ってたんです…。昨夜、時間があったので作ったんですけど…良かったら食べて下さい」
そう言いながら先生は、紙袋からマフィンやスコーンといったお菓子を、次から次へと出し始めた。
「凄っ…。これ、元宮先生が作ったんですか?」
「そうです。なので口に合うかは解りませんけどね」
「元宮の作る料理やお菓子は、プロ並だからね。味の保証は僕がするよ」
「それは言い過ぎだろ。あくまでも、趣味が高じた程度ですよ」
ボクは(仕事も出来て、料理もお菓子も作れるなんて凄い…)と思いながらふと横を見ると、蓮が目を輝かせながらマフィンを食べていた。
「ん…美味しいです。甘過ぎないから、いくらでも食べれそう…」
「蓮にしては珍しいね」
「だってこの適度な甘さは、甘いものが苦手な俺でもいける…」
蓮がここまで褒めるなんて滅多にないから、ボクも興味が湧いてきて、チョコマフィンを1つ手に取って食べた。
「あ…本当だ…凄く美味しい…」
「ん〜、どうやったらこの味になるんだろう?」と、蓮がマフィンを見ながら唸っていた。
「口に合ったようで良かったです。一ノ瀬さんも、お菓子作るんですか?」
「はい、怜も兄もお菓子好きなので、時間があると作ります。俺自身はその…あまり甘いのは苦手なんですけど…」
「良かったら、レシピを書いて二条さんに渡しておきますよ」
「本当ですか?!よろしくお願いします!」
蓮はそう言って、元宮先生に頭を下げながら、お願いをしている。これはこれで珍しい光景…。結人さんにも、こんなお願いの仕方をしている所は見た事がない。
その時、スタッフルームのドアをノックする音がして、スタッフさんが「失礼します」と入ってきた。
「元宮先生、関谷先生。予約の患者さん達が来ましたけど…どうしますか?」
「あ〜もう、そんな時間か…どうする?」
「俺はカウンセリングルームに行く。お前は2人を連れて、隣の部屋か応接室に居て」
2人の遣り取りを聴いていて、ボクは(帰った方がいいんだよね…?)と思ったけど、どうも少し違うらしい。
「1番のカウンセリングルームに通して。付き添いの方は、取り敢えずここに連れて来て」と、元宮先生が指示を出した。
スタッフさんは「解りました」と言って、スタッフルームから出て行った。
「二条さん、一ノ瀬さん、すみません。患者さんがみえたので、俺は1時間ほど抜けます。その間、関谷と一緒に行動して下さい」
元宮先生の指示に、ボクと蓮もさっきのスタッフさんと同じように「解りました」と答えた。
「ではまた後で」と言って元宮先生が出て行くと、暫くして再びノック音が聴こえた。
「失礼します」と言いながら入ってきたのは、野崎さんだった。
ボクはビックリして「えっ…」と、思わず声に出してしまった。
「二条さん、一ノ瀬さん、こんにちは」
「こ、こ、こんにちは…」
「こんにちは」
驚きのあまりキョドってしまったボクを見て、野崎さんが関谷先生に、呆れながら「もしかして、また話してないんですか?」と言った。
「院内を案内したり、職員達の紹介をしていて、話しをしている時間がなかったんですよ」
「はぁ…これからは私が、前もって話しをしておきます。それとこれは、青葉くんからの差し入れです」
そう言って野崎さんは、いつものお店の紙袋を、2つテーブルの上に置こうとした。
「あ、今片付けます」と言って、関谷先生が片付け始めた。
「あぁ…元宮先生が作ったお菓子ですね。朝から青葉くんが、ず〜っと話していましたよ。でも、持って来ているとは知らず…」
「大丈夫ですよ。ここに置いておけば、誰か食べますから。この隣が怜くんの仕事場です。見ますよね?」
「当たり前じゃないですか。早速、拝見させて貰ってもいいですか?」
「良いですよ」と関谷先生が言って、4人で隣の部屋へと向かった。
出会ってからそんなに経ってないけど、この2人のパワーバランスが今一つ掴めない。元宮先生と関谷先生は、解りやすいくらい解るけど。
「あぁ…なかなか良いですね。光も入りますし…電波もちゃんと入りますね」
「院内はどこに行ってもWi_Fi使えますよ。特に制限はないので」
確かにどこに行ってもWi_Fiは繋がっていた。前に来た時もスムーズにネットに繋げる事が出来たから、仕事をするには良いと思った。
「必要な機器類は、二条さんが選んだんですよね?」
「そうです…」と言った後に(好きなようにしていいって言われたから、そうしたんだけど…何かダメだったかな?)と思った。
「最新式にしなかったんですか?費用の心配はしなくていいと話したと思うんですが…」
「いえ、費用とかの問題ではなくて…。あっ、モニターは最新にして貰いました。画像解析が凄い綺麗なんです。でも、パソコンは…その…家で使ってる物に近い型にしておいた方がいいかと…。えっとですね…互換性の問題とかもあって…」
「怜、話がマニアック過ぎて解らない…」
「あっ、す、すいません、ボク…」と、自分でも気付かない程、夢中になって話してたらしい。
「謝らなくていいですよ。なるほど…私は、こういう物には詳しくないので解りませんが、必ずしも最新式が良い訳ではないんですね…」
「勿論、最新型も良いんですけど…」
ボクはさっきみたいに喋り過ぎないようにと、言い淀んでいると、野崎さんは「二条さんが使う物ですから、二条さんの使い易い物で大丈夫ですよ」と、笑顔で言った。
「因みに…実際に使って、試してみましたか?」
「やってみました。えっと…野崎さんが考えてくれた方法も試してみました」
「どうでした?」
「大丈夫そうです。あとはもう、慣れるしかないかなって…。あ、えっと…明日から、よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いします。私達も一緒に、頑張りますからね」
野崎さんがそう言うと同時に、突然ドアが開いたと思ったら「俺も頑張る〜!」と言いながら、誰かが入って来た。
にこにこしながら、そこに立っていたのは本條さんだった。その後ろに元宮先生が立っていた。
「すみません。2人が来ていると口を滑らせてしまって。そうしたら今すぐ会いたいと言ってきかなくて…本当にすみません」
元宮先生が本当に、申し訳なさそうに謝る。だけど本條さん本人は、全く意に介さないようで「だって早く会いたかったんだもん」と言って拗ねた。
「子供じゃないんですから…」と困った顔をして、元宮先生が言う。
「あはは…本條さんらしいですね〜」
「青葉くん…ご機嫌なのは解りますが、少しは慎んで下さい」
「解ってますよ」と本條さんが言うと、元宮先生が「解ってないだろ…」と、本條さんを睨み付けながらボソッと呟いた。
「あ〜ここじゃあ狭いですから、応接室にでも移動しましょうか」
関谷先生の提案で、皆で応接室へと向かった。歩きながらふと外を見ると、綺麗な青空が見えた。
ボクを取り巻く環境が、急激に…大きく変わって行こうとしてる。なのに、今までみたいに大きな不安を抱く事はなかった。
全く不安がない訳じゃないし、自信も相変わらずない。それでも、今までと違うと感じるのは、きっと…先生達や、本條さんや野崎さんが居てくれるから。何より、蓮と結人さんが応援してくれるから。
蓮と結人さん以外の人達も、優しくて暖かい人達が沢山いるのだという事にも気付けた。
そういう暖かさや光に気付かせてくれるのは、いつだって目の前に居るこの人だ。遠くて遠いい存在だったこの人が、ボクをここまで導いてくれた気がする…。そういうのはただの気の所為で、全てが単なる偶然なのは解ってる。
でもボクは初めて、心の底から(生まれてきて良かった)とさえ思った。
「蓮、ボク…本当に頑張るからね」
「ふはっ、急に…。じゃあ…俺も負けずに頑張るよ」
どちらからともなく笑い合って、手を繋いで真っ直ぐ前を向いて歩いた
これからは1人じゃない。こうして応援して、支えてくれる人達がいる。
もうあの頃の、ただ泣いて…隠れて…殻に閉じこもってるだけのボクとは違う…。
ー だってボクは1人じゃない! ー
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