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〜 Bonus track 〜
⚠ この話には虐めに関するシーンが少し出て来ますのでご注意ください。
―――――
ー 真っ直ぐ前を向いて、照り付ける太陽にも負けない程の眩しさと、隠し切れない程の熱量…あの時の姿が、今でもボクの目に焼き付いて離れない ー
それは中学2年生の夏休みを目前に控えたある日。
日陰でじっとしていても汗か滴り落ちてくる…そんな真夏の暑い日だった。
学校内では大掃除が一斉に行われていて、ボクは皆が嫌がるトイレ掃除を、1人で黙々とこなしていた。
そこへ、同じクラスの男子が3人やって来た。本当なら、この3人もトイレ掃除をするハズだった。でも始まるとすぐに、どこかへと行って戻って来なかったのだ。
「あ〜ぁ、まだ掃除終わってないのかよ~」
「ご、ごめっ…」
「トイレ掃除で居残りする気かよ」
「早く終わらせてくれないと、俺達の給食の時間がなくなるだろ」
「あの、すっ、すぐに終わらせるから…」
ボクがそう言うと、バシャンという音と共にバケツが倒されて、中に入っていた水が床一面に広がった。そして個室トイレのドアを思い切り蹴る音が聴こえて、ボクの身体は硬直した。
「ほんと、お前のそういうとこがムカつくんだよ!」「なんか言い返してみろよ」
「ごめっ…んなさい…」
人の怒鳴り声と、ドアが蹴り上げられた時の音で、心臓がバクバクして、呼吸がどんどん苦しくなってくる。ボクはパニックで発作が起こりそうになるのを、必死に堪えた。
その時、4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴って、1人が「もう教室戻ろうぜ」と言った。
そこへ、担任の先生がやって来て「なんだこの水溜まりは。どうしたんだ?」と、解り切ってる事を聞いてきた。
「二条くんが、バケツを倒しちゃったんですよ〜」
「全く…。これじゃあ他のクラスにも迷惑が掛かかるな。二条。ちゃんと拭いて、片付けておくように」
「あ…は、はい…」
「ほら、お前達は教室に戻れ」と言いながら、3人を連れてトイレから出て行った。
こうなる事は解っていた。クラスメイトも先生達も、見ざる聞かざる言わざるだったから。
(ボクは結局、どこに居ても要らない存在なんだろうな…。どうせ要らない存在なら、早く消えて失くなりたい…)
小学生の頃はまだマシだった気もする。だけど、中学に入って1ヶ月も経たないうちから、ちょっかいを出されたり、無視される事は日常茶飯事になった。
それがどんどんエスカレートしていくのに、たいして時間は掛からなかった。直接的な暴力を受けなかっただけマシなのかも知れないけど、これはこれで辛い日々だった。
この話をしたり…学校を休むと、お爺ちゃんも、お婆ちゃんも心配するんじゃないかと思うと、誰にも何も言えなかった。
かといって、学校に行くフリをして家を出ても、どこにも行く所がない。万が一にでも警察に見付かったら、補導されてしまうだろう。そんな事になったら、心配どころか迷惑を掛けてしまうと思った。
(とりあえず早く終わらせて、さっさと帰ろう)と思いながら、なんとか給食後の終学活、更にその後の下校時間までには、終わらせる事が出来た。
(まぁ、居残りにはならなかったからいっか。あぁ…教室にカバン取りに行くのが…)と思っていたら、さっきの3人が目の前に現れた。ボクは咄嗟に視線を逸らした。
「トイレ掃除、ご苦労〜さん」
「ほら、お前のカバン」と言って、1人がボクの足元にボクのカバンを放り投げた。
ハッとして顔を上げてその3人の顔を見た瞬間、物凄く嫌な予感と、全身が強ばるのが解った。
「俺達めっちゃ優しくね?」
「自分で言ったらダメじゃね?」と、彼等はそんな事を言い合いながら笑っている。
ボクは「あ、ありがとう…」と言って、カバンを拾おうとした時、また誰かが「なんか臭くね?」と、言い出した。
「二条じゃね?ずっとトイレに居たから、トイレ臭くなったんじゃん?」
「なら、二条も掃除してやんないとな」と言って、水道の蛇口にホースを取り付けると、勢いよく蛇口を捻ってボクに向かって水を掛け始めた。
「え、わっ…や、やめて…」
「え?なんか言った?声がちっさくて聴こえないんだよね~」
ボクはあっという間に、ずぶ濡れになった。心の中で(もう嫌だ)と思うと同時に、無我夢中でカバンを拾って、廊下を走って昇降口まで行った。
けれど奴等が、追い掛けて来るんじゃないかと思うと、立ち止まれなくて、靴も履き変えずにそのまま校舎を出た。
本当に無我夢中だった。あとは多分(逃げなきゃ)という、意識が勝手に働いたのかも知れない。
気付いたら家から少し離れた、大きめの公園まで来てしまっていた。でもここなら、近所の人や学校の人達に会う確率は低い。
ふと見ると、少し奥の方に見慣れない人達が沢山居た。それに…大きな機材みたいな物や、窓の黒い大きな車が何台か停まっていた。
(何してるんだろう?)と思いながらも、そんな事より(制服が乾くまでどこかに隠れてよう)という気持ちが大きくて、キョロキョロと周りを見渡した。
(あっちは人が居ないな…行ってみよう)と、隠れる場所を探して少し歩くと、ちょうどいい高さの茂みを見付けた。その後ろを見ると、これまたちょうどいい広さの空間があって、隠れるにはもってこいだと思った。
確認の為と手にしたカバンもびしょ濡れで、中に入ってる教科書やノート、ファイルやペンポーチも、微かだけど濡れていた。
(カバンもカバンの中身もどうでもいいや。それより問題なのは、制服が乾くまで…って思ったけど…)
ご丁寧な事に頭から足の爪先まで、しっかりと水を掛けられていて、下着…パンツまで濡れているのが解った。
(パンツまで濡れてると、さすがに気持ち悪い。でもこのまま帰ったら変に思われる。でもこのままじゃ気持ち悪い…。でも乾くまでに結構、時間掛かりそうだな…どうしようかな…)
隠し事や嘘を吐くのは、特に下手じゃないと思う。小さい頃から、そうやって生きてきたから。それは、お爺ちゃんやお婆ちゃんに対しても変わらない。
でも、お爺ちゃんやお婆ちゃんに嘘を吐くのは、罪悪感が凄い。それに、この状態でそれらしい嘘を吐くとなると、内容を考えるのも大変だ。
(あぁ…もう本当…今すぐ消えて失くなりたい…。楽に死ねる方法はあるけど、それだと今よりもっと迷惑掛けちゃうしな…)
ボクは嘘を考えるのも嫌になって、死ぬ方法を考え始めた。すると背後の茂みが、ガサガサっと音が聴こえた。振り返って見ると特に何もなくて、すぐに音は止んだ。
一瞬ビックリしたけど、ボクは猫か何かだと思ってあまり気にしないようにした。だから次にまた音がして振り返った時、まさか人が現れるなんて思ってもいなかったから、心臓が止まるかと思うくらいビックリした。
ボクより歳上だという事はすぐに解った。ボクは(高校生かな…大学生?)と思った。それによく見るとカッコイイ。女子が良く騒いで使っている、イケメンてやつなんだと思う。
黙っていても、その人の周りだけ雰囲気が違って見える。その人が持つ…俗にいうオーラみたいな物も、普通とは違う感じがする。
(でもそんなイケメンさんが、どうしてこんな所に居るんだろう?えっと…迷子…なハズないよね…)
「驚かせてごめんね。って、実は俺も驚いてるんだけど…」
そう言って引き攣った笑顔で、小声でボクに話し掛けてきた。ボクは咄嗟に(まさか不審者?)と思ったけど、そうじゃない事は何となく解る。
「迷惑じゃなければ、少しの間ここに居てもいい?他に隠れられそうな場所が見付からなくて…」
「えっ、あ…別に、ここは…ふ、普通の公園で…。こ、この場所も、ボク専用って訳じゃ…ないから」
「良かった」と、安心したようにその人は言った。
(なんで隠れるんだろう?なにか悪い事でもしたのかな?誰かに追い掛けられてるとか?)
「あっ、別に不審者じゃないよ。ただ…ちょっと1人になりたくて…君は?」
「えっ、あ、その……ボクも1人になりたくて…」
「ふふっ…同じだね」と言って笑った顔が、とてつもなく素敵だと思った。
なんとなくお互い何も話さないまま、蝉の鳴き声だけを聴いていた。茂みの裏の木陰に居るとはいえ、じっとしていても暑くて、汗が流れ落ちてくる。
(濡れた制服が乾く前に、汗でまた濡れちゃいそう)
そんな事を考えていたら、不意に話し掛けられた。
「ところで、どうしてそんなに濡れてるの?」
(えぇ…普通そういう事聞く?!びしょ濡れで、こんな所に居たら、普通は解りそうな事じゃん。もしかして空気読めない人?)
「あっ、変な事聞いてごめんね。でも気になったんだよね。つい相手の事を観察したり、考察とかしちゃうんだよね。昔からの俺の…たぶん悪い癖。悪気はないんだけど…でもたま~に、ウッカリ口に出ちゃうんだよね。休憩中とかも気を付けてはいるんだけど、それで相手に嫌な思いをさせちゃうみたいで…」
(そりゃそうだ。そんなあからさまに痛い所を突かれたら、誰だって嫌だと思うんだけど…)
「勿論、空気は読むけど…それは仕事の時や仕事相手にだけ。それに…察する事は出来ても、それが本当の事かは解らないでしょ?」
「えっと…確かにそうだとは思いますけど…」
「そうだ。何があったか話してみない?知ってる人より、知らない人に話した方がいい時もあるって聴いた事あるよ」
(そんな事、だれに聴いたんだ…)と呆れてしまったけど、何故だか(この人なら二度と会う事もないし…話してもいいかな)と思ってしまった。
そんな感じでボクは、学校での事を…今日の事も、全て話してしまった。
その人はボクが話をしている間、ずっとボクの顔を見たまま無言で聴いてくれていた。
「あのっ、す、すいません。なんか…へ、変な話を聴かせちゃって…」
(ほんとボクは、見ず知らずの人に何を話してるんだろう…)
「ううん、俺は大丈夫。それより、君は凄いな~っと思ったよ」と、感心するように言われた。
「へ?」
「だってそんな事があったら、学校に行かない人も居るでしょ?なのに君はちゃんと行ってる」
「だ、だって、お爺ちゃんとお婆ちゃんに、その…心配かけたくないから…」
「それは、君が優しいからでしょ。自分が凄く辛くて嫌な思いをしていたら、普通は周りの心配なんて出来なくない?」
「そう、ですか…?」
「少なくても俺には出来ないかなぁ…。だから今ここに隠れてるんだけどね…」
そう溜息混じりに言って、少し憂鬱そうな顔をした。その顔が、次の瞬間には笑顔になってボクに向けられて、ボクはちょっとドキッとした。
「優しいのは凄く良い事だと思う。だけど君は、もう少しワガママを言ったり、好きな事をしてもいいんじゃないかな?」
「え…?」
生まれて初めて言われた言葉に、ボクは戸惑いを隠せなかった。だってそんな事は許されない…そう思って生きてきたから。
「嫌な事は嫌って言っていいと思うし、無理にやらなくてもいいと思うんだ。生き方なんて人の数ほどあるんだよ。その為の選択肢だっていっぱいある。君はもっと自由で良いんだよ。無責任かも知れないけど、俺はそう思う」
ボクはその言葉に心を動かされた。何故か救われたような気がした。今まで堪えてきた涙が、溢れて止まらない。
「あ、ごめんハンカチ……あぁ、置いてきちゃった。どうしよう…カッコ悪い…」
「ふふっ…」と、ボクはおかしくて思わず笑ってしまった。
知らない人を相手にとはいえ、全てを吐き出して、ずっと堪えて来た涙を流したからか、少し心が軽くなった気がした。
それに、その人の言葉に嘘がなさそう所や、たまに子供っぽくなる所に好感を持った。何よりも、その優しい眼差しと笑顔に、どこか安心感を持った。
「実は俺ね…ほら、あそこ。今ドラマの撮影してるんだけど、自分の演技に納得いかなくて…皆は褒めてくれるけど、それはお世辞だって解ってるから…。あ、仕事は大好きだよ。天職だとすら思ってる。でもだからこそかな…たまにこうして逃げたくなる」
「えっと…その、芸能界の人…なんですか?」
「あっ、やっぱり俺の事、知らなかったんだね」と言って笑った。
「あの、す、すいません…ボク、あんまり…テレビとか、み、見ないので…そういうの解らなくて…」
ボクはそこでやっと、あの人だかりがドラマの撮影をしているのだと解った。そして、目の前の人がドラマに出るような、有名人だという事にも納得した。
「別に気にしてないよ。でもそうだな…これからは、少しでも気にして見ててくれると嬉しいな?」
「はい…頑張ります…」
「あはは…頑張るのは俺だよ。君に覚えて貰えるように、これからも頑張るね」
「そんな、ボクなんか…」
「う〜ん…そうだな…。じゃあ、君は君の人生を頑張る。俺は俺の人生を頑張る…っていうのはどう?」
「ボクの…人生…」
「人生ってのは大袈裟かな〜。でもそのくらい、お互い頑張ろうって事。そう思うと、今よりは頑張れる気がしない?」
確かに大袈裟だとは思ったけど、言おうとしてる事は解るし、なんとなくだけど…こんなボクでも頑張れるんじゃないかと思えてくる。
(不思議な人だな)と思った。すると、どこからともなく、誰かが「青葉く〜ん、どこですか〜?!」と呼ぶ声が聴こえてきた。
「あ、まずい…そろそろ行かなきゃ…」
「えっと…青葉…さん?」
「俺の名前。本條青葉っていうんだよ、覚えておいてね。それと…また会おうね」
「え、会うって…」
「こうして会ったのは偶然じゃない。君とはきっと、また会う予感がするんだよね…じゃあまたね!」
そう言って本條青葉さんは、撮影している人だかりの中へと歩いて行った。
「やっぱり怜くんは、あの時の子だったんだね。あんなカッコ悪くて、情けない姿を見られたのは、怜くんだけだよ…」
「は、はい。でも、あの…まさか本條さんが、お、覚えててくれてるとは…光栄です!」
「そんな…俺の方こそ嬉しい。それに俺も、記憶力は良いんだよ」
そう言って、ちょっとドヤ顔をした本條さんが可愛いと思った。
「確かに2人とも、記憶力が凄いですよね。でも、本條さんは役から抜けるとコレですからね…本性を知ってガッカリしませんでした?」
「灯里さん?!そんな…ハッキリ言わなくても…」
「ふふっ…もっとファンになりました。でも本條さんの予感って、えっと…本当に当たるんですね」
ボクが感心したように言うと、先生は微笑みながらも淡々と言う。
「ほぼ本能ですよ。野生動物の勘のような物だと思って下さい」
「酷い!もっとカッコ良く言って下さいよ〜」
「それなら二条さんの方が適任だと思いますよ」
「確かに!怜くん、もっと褒めて!」
「あはは…えっと…どうしようかな…?」
「何その対応!絶対、灯里さんの影響でしょ?!素直な怜くんに戻って〜」
本條さんのその言葉に、ボクと先生は大笑いした。
ふと窓の外を見上げると、今日もまた…あの日と同じような青空と太陽があった。
ー ボクもこれからは真っ直ぐ前を向いて生きる ー
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